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2022.09.29
11月13日(日)~15日(火)サントリーホール アンドリス・ネルソンス指揮で待望の来日公演!

ボストン響CEOのゲイル・サミュエル氏にきく 現代に求められるオーケストラの使命とは

来る11月13日(日)~15日(火)、サントリーホールにて、アンドリス・ネルソンス指揮ボストン交響楽団の来日公演が行なわれます。これまで3度もグラミー賞の栄冠に輝いた、世界を席巻するコンビによる2017年以来5年ぶりの来日。協奏曲プログラムにはピアニスト内田光子が登場する、まさに必聴の公演です。

アメリカ5大オーケストラの一つとして140年を超える歴史をもち、小澤征爾が30年あまり音楽監督を務めたこと、そして世界的に有名なタングルウッド音楽祭のレジデント・オーケストラとしても知られるボストン交響楽団。このようなビッグ・オーケストラにさえ、パンデミックは大きな傷跡を残しました。

パンデミックによって、よりいっそう問われることになったオーケストラの存在意義や聴衆との絆の維持・発展について、世界の一流オーケストラはどのような考えをもって運営されているのでしょうか。

来日を前に、ロサンゼルス・フィルの要職を歴任後、昨年ボストン交響楽団のプレジデント兼CEOに就任したゲイル・サミュエル氏に、メール・インタビューを行ないました。

小林伸太郎
小林伸太郎 音楽ライター

ニューヨークのクラシック音楽エージェント、エンタテインメント会社勤務を経て、クラシック音楽を中心としたパフォーミング・アーツ全般について執筆、日本の戯曲の英訳も手掛け...

ボストン響プレジデント兼CEOのゲイル・サミュエル氏。ボストン響の本拠地であるシンフォニーホールにて©Ken Richardson

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ボストン交響楽団の元プレジデント兼CEOのマーク・ヴォルピ氏が引退を表明した2020年1月、その後のパンデミックによる苦境を予期した人は、ほとんどいなかったはずだ。

米国クラシック音楽団体として最大規模の寄付基金を擁し、アンドリス・ネルソンス音楽監督の下、芸術的にも人気の面でも高く評価されるボストン響といえどもパンデミックが残した傷跡は深く、パンデミック中に失った収入だけでも5,100万ドル(約73億円)に上るという。

現在のボストン響プレジデント兼CEO、ゲイル・サミュエル氏の就任が発表されたのは、昨年2月、まだまだ先行きが見えないパンデミックの真っ只中のことだった。

そんな難しい時期に米国最高のオーケストラの一つであるボストン響を率いることになったサミュエル氏への期待は高い。

この度パンデミック後初の日本ツアーを前にして、サミュエル氏にボストン響の現在とこれからについて、Eメールでお話を伺う機会を得た。

サミュエル氏 ボストン響ではオーケストラからスタッフ、ボランティア、理事会まで、関係するすべての人々が、パンデミックの難しい時期をナビゲートするために最善の努力を払ってきました。

観客も、デジタルパフォーマンスなどを通じて、ボストン響をサポートし続けてくださいました。オーケストラメンバーやスタッフが払った(給与削減などの)犠牲のおかげもあって、組織として再び海外ツアーが可能なレベルに回復できたことに、深く感謝しています。

2021年10月3日、シーズン・オープニングの最初の週に、パンデミック後初めて観客をシンフォニーホールに迎えて無料コンサートが行なわれた。その舞台から観客に語りかけるゲイル・サミュエル氏©Winslow Townson

「誰もが歓迎されている」と感じる素晴らしい演奏でコミュニティに仕える

ネット配信など、文化的選択肢がますます多様化する中、米国オーケストラは全般的に、コミュニティとの関係性維持に苦闘していると言われている。経済的に守りの姿勢が世の中を支配する中、維持管理が決して安価ではないクラシック音楽団体は、その価値をコミュニティに訴え続けなくてはならない。そんな中、何がボストン響をユニークな存在にし続けるのだろうか?

サミュエル氏 ボストン響は、2つの世界的に有名なオーケストラから成っています。ボストン交響楽団と、ボストン・ポップス・オーケストラです。私たちにはタングルウッドという素晴らしい夏の本拠地があり、若い音楽家のためのアカデミーであるタングルウッド・ミュージックセンターもあります。

そして、革新的なプログラムにより、業界リーダーおよび学生や一般聴衆を、示唆に富む対話を通じてガイドすることに注力したタングルウッド・ラーニング・インスティテュートも2019年に設立されました。

タングルウッド・ラーニング・インスティテュートのために建てられた“The Linde Center”

私たちは、ボストンのシンフォニーホール、バークシャーのタングルウッドという、アイコニックな音楽施設を2つも所有する、米国唯一のオーケストラでもあります。

両方のロケーションで、ボストン響は影響力の強い存在を維持しており、とりわけタングルウッドは地域経済の主要な促進力となっています。

私たちは、ボストンとバークシャーの活力あるコミュニティに献身的に仕え、地域および世界の観客をインスパイアし、誰もが歓迎されていると感じる素晴らしい演奏を提供することにコミットしています。

「誰もが歓迎されている」という言葉は重要だ。米国オーケストラは、そのほとんどが民間寄付に依存する非営利団体であり、コミュニティに広く仕えることが要求されるからだ。

ところがクラシック音楽は、少数のエリートの娯楽のために非課税のステータスを利用し、公共資金を使っているとしばしば批判されている。経済が苦境に陥ると、最初に資金削減の憂き目に遭うものの一つが、文化芸術に向けられる資金だ。

タングルウッド音楽祭における若い音楽家のためのアカデミー、タングルウッド・ミュージックセンターの参加者で構成されるオーケストラを指揮するネルソンス

クリエイティヴィティと芸術性がコミュニティ・メンバーへの新たな扉を開く

サミュエル氏  過去40年から50年にわたり行なわれた、米国の学校システムにおける音楽を含む芸術プログラムの削減は、米国オーケストラが格闘しなくてはならない大きな課題を作り出してきました。

各都市、各オーケストラにとって重要なのは、ミッションを通じてコミュニティに仕えるにあたり、その役割を見極めることです。

私たちは、ボストン響のクリエイティヴィティの素晴らしい遺産とブリリアントな演奏を、幅広い観客と共有することを大切にしています。そして、私たちの街、地域、それらを超えたところの社会的および文化的な営みの、不可欠なリソースであると信じています。

サミュエル氏はボストン響の前、エサ=ペッカ・サロネンやグスターボ・ドゥダメルといった音楽監督の下、革新的なプログラミングや多様な地域活動で知られるロサンゼルス・フィルハーモニックでCOO他の要職を歴任してきた。

そのキャリアとともに、彼女が140年を超えるボストン響の歴史において、初の女性トップであることも、ダイバーシティ(多様性)を求めるクラシック音楽団体のリーダーとして期待されている要因であることは否めない。

サミュエル氏 ロサンゼルスフィルは私の在職中、ウォルト・ディズニー・コンサートホールを開場し、ハリウッド・ボウルの活動を拡大、フォード劇場の運営を傘下に収め、ロサンゼルスのアーティストおよび聴衆の多様なコミュニティを祝福するというミッションを遂行してきました。

これらの革新的な経験を含むロサンゼルスでの28年間は、ボストン響でリーダーの役割を担うにあたり、最大のインパクトを与えてくれました。

ゲイル・サミュエル:ボストン交響楽団、ボストン・ポップス・オーケストラ、タングルウッド、エデュケーション&アウトリーチ・プログラムを統括するプレジデント兼CEO。前職は、野外音楽堂ハリウッド・ボウルのプレジデント、およびロサンゼルス・フィルのCOO(最高執行責任者)。ロサンゼルス・フィルではエサ=ペッカ・サロネンとグスターボ・ドゥダメルの任期にリーダーシップをとり、その間にウォルト・ディズニー・コンサートホールを開場、ハリウッド・ボウルの活動を拡大し、フォード劇場の運営をロサンゼルス・フィルの傘下とした。また、アーティストと観客からなるコミュニティの多様性を祝福するという組織のミッションを遂行した。
ボストン響がタングルウッド音楽祭を再開し、2020年3月以来初めてライブパフォーマンスに戻ってきたタイミングの2021年6月20日に、現職に着任 ©Ken Richardson

私の最も重要な仕事の一つは、深いかかわりを持つボストンのコミュニティを知り、ボストン響の人々と共にコミュニティを拡大し、シンフォニーホールを訪れるあらゆる人にとって歓迎されていると思える場所にすることだと考えています。

クリエイティヴィティと芸術性は、常に重要な存在です。それは私たちの心を和らげ、癒すと共に、私たちに問いかけ、要求もします。

クリエイティヴィティは障壁を崩します。かつてなく範囲が広がり続けるアーティストとコミュニティ・メンバーを、オーケストラの現在そして将来に参加するように歓迎する、その新たな扉を開けるためのオーケストラの努力を、クリエイティヴィティが増大させるのです。

私たちは、ボストン響の音楽をできるだけ幅広いコミュニティと共有し、誰もがクラシック音楽のスペシャルなギフトにアクセスできるようにしたいと考えています。

伝統的なシューボックス(靴箱)型のコンサートホールとして広く知られるボストン交響楽団の本拠地、シンフォニーホールの外観(上)と内観(右)©Marco Borggreve

パンデミック後初の日本ツアーにかけるアンドリス・ネルソンスの思い

オーケストラにとって海外ツアーは、コストも嵩む一大プロジェクトである。2017年以来となる今回の日本ツアーは、パンデミック後初の日本ツアーということでも大きな意味を持つと言えるだろう。

サミュエル氏 ボストン交響楽団のツアーの歴史は、初めて欧州の音楽都市をツアーした1952年のインターナショナル・ツアーに遡ります。

小澤征爾氏はボストン響のツアーの発展に大きな役割を果たされ、これまでの28ツアーのうちの15ツアーを率いられました。

日本はいつも温かく、熱狂的にボストン響を迎えてくださいました。アンドリス・ネルソンスもツアーを非常に大切に考えており、音楽を通じて地域、そして世界のコミュニティに共に奉仕し、融合するオーケストラのパワーを信じています。

ボストン響を指揮するアンドリス・ネルソンス。ネルソンスは2014/15シーズンよりボストン交響楽団の第15代音楽監督に就任、18年2月にはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター(楽長)にも就任した。ボストン響とは、ショスタコーヴィチ交響曲全曲録音のプロジェクトを行なっており、これまでに3つのグラミー賞を獲得。20/21シーズンはパンデミックの中で、ボストン響の配信プラットフォーム「BSO NOW」を通じて配信された、シンフォニーホールにて収録の15公演のうち、6公演で同楽団を指揮。20年1月にはウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを指揮し、その様子は世界中に届けられた

そして今回のツアーは、私がボストン響のプレジデント兼CEOとなってから初めてのツアーでもあります。

ツアーは私たちの芸術を前進させ、新しい出会いを築き、より幅広いコミュニティとさらに絆を深める機会です。

ボストン響桂冠音楽監督の小澤征爾氏が率いた数多くのツアー、そして現音楽監督のアンドリス・ネルソンスが2017年11月に率いたツアーに対して、日本のお客様の深く素晴らしい反応についてのストーリーを数多く聞いております。

世界で最も深い音楽的知識を持たれる日本のお客様と、再びボストン響の音楽を共有できることを心待ちにしています。

そして日本の素晴らしい景観、日本の人々との出会い、世界的に有名な日本の素晴らしい食に触れることを楽しみにしています。

ネルソンス&ボストン響の最初の日本ツアーより。ボストン交響楽団の歴史は、2022/23シーズンで142年目を迎える。本拠地ボストンでの公演のほか、タングルウッド音楽祭への出演や、ボストン・ポップス・オーケストラでも世界的に知られている。パンデミックを受けた20/21シーズンは、ボストン響の配信プラットフォーム「BSO NOW」で世界中の観客に演奏を届けた。音楽監督は初代のヘンシェルからニキシュ、クーセヴィツキー、ミュンシュらへと引き継がれ、1973年には小澤征爾が13代目音楽監督に就任、2002年まで29年間務めた。14/15シーズンからはアンドリス・ネルソンスが音楽監督に就任。3度のグラミー賞受賞のほか、欧州・アジアツアーの開催や、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管との連携など、ボストン響の新たな時代の幕開けとなった ©サントリーホール

今回はサミュエル氏にとって、プレジデント兼CEO就任後初のツアーを前にしたインタビューということで、筆者がお尋ねしたことに非常に注意深くお答えいただけたように思う。

そこで強く感じたのは、彼女はリーダーとして、ボストン響がボストンというコミュニティに支えられた存在であることを強く意識していることだ。

ボストン交響楽団の演奏は、ボストンのシンフォニーホールで聴くのが一番だと思うことが筆者にはよくある。シンフォニーホールが誇る世界有数の音響が素晴らしいことがその理由の一つであることは間違いない。それに加えて、深い信頼関係を感じさせる音楽監督ネルソンスとオーケストラが、常日頃からリハーサルと演奏を重ねるホームグラウンドのホールで、地元の人々とコミュニケートするサウンドに特別なものを感じるからだ。

筆者はシンフォニーホールの聴衆がとても好きだ。世界有数の学術機関が数多く隣接するボストンだからだろうか、若い観客が他都市に比べて多いように感じるし、シンフォニーホールに足を踏み入れると、彼らを含む地域の人々が「おらが街のオーケストラ」ボストン響を誇りに思っていることが、肌感覚として伝わってくるからだ。

筆者が日本人だとわかると、「セイジは素晴らしかった」といまだに話しかけてくる観客が少なくないことも、個人的になんともほっこりした気分にさせてくれる。

とはいうものの、ツアーというのは不思議なものだ。ホームグラウンドを離れるからこそ生まれる結束力というのだろうか、普段とは違うマジックが生じることがよくあるからだ。それを考えると、日本でボストン響を聴くことは、それだけで素晴らしいことであり、なんとかして日本での彼らの演奏を聴くことはできないかと思ってしまう筆者であった。

公演情報
KDDI スペシャル アンドリス・ネルソンス指揮ボストン交響楽団

日時:2022年11月13日(日)16:00開演

曲目:マーラー「交響曲第6番 イ短調」

 

日時:11月14日(月)19:00開演

曲目:ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 《皇帝》」作品73(ピアノ:内田光子)、ショスタコーヴィチ「交響曲第5番 ニ短調 《革命》」作品47

 

日時:11月15日(火)19:00開演

曲目:ショウ《Punctum》(オーケストラ版)[日本初演]、モーツァルト「交響曲第40番 ト短調 」K. 550、R. シュトラウスアルプス交響曲》作品64

 

会場:サントリーホール 大ホール

料金:S34.000円~D14,000円(税込み)

問い合わせ:サントリーホール 0570-55-0017

詳細はこちら

そのほか、横浜、京都、大阪公演あり

ボストン交響楽団奏者によるマスタークラス【トランペット】

日時:202211月12日(土) 19:00開始

会場:サントリーホール 小ホール(ブルーローズ)

講師:後日発表(通訳付き)

聴講:自由席 1,000円

問い合わせ:サントリーホール 0570-55-0017

詳細はこちら

無料公開リハーサル【事前申込み制】

日時:2022年11月13日(日)  10:00開始予定

会場:サントリーホール 大ホール

出演:アンドリス・ネルソンス指揮ボストン交響楽団

料金:無料(指定席・事前申込み制)

申し込み方法:WEBまたは、はがき

申し込み期間:2022年9月30日(金)~10月14日(金)

問い合わせ:サントリーホール 0570-55-0017

詳細はこちら

 

小林伸太郎
小林伸太郎 音楽ライター

ニューヨークのクラシック音楽エージェント、エンタテインメント会社勤務を経て、クラシック音楽を中心としたパフォーミング・アーツ全般について執筆、日本の戯曲の英訳も手掛け...

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