ベートーヴェンが劇音楽を付けたゲーテの戯曲『エグモント』〜魅力的な英雄の主張とは
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
《エグモント》は、ゲーテの戯曲上演(1810年)に際して付けられたベートーヴェンの劇音楽だが、通常は序曲のみしか演奏されない。
ベートーヴェン:劇音楽《エグモント》序曲
その貴重な全曲上演が、すみだトリフォニーホールで行なわれる。そこで、いつかは読みたいと思っていた原作戯曲を、この際に全部読んでみた。
これが、想像をはるかに超えて面白かった。
16世紀後半、カトリックとプロテスタントの対立が激化していた頃、フェリペ2世が支配するスペインの圧政下に置かれたネーデルラント17州(現在のオランダ、ベルギー、ルクセンブルクなどを含む地域)の貴族のエグモント伯爵は、民衆の自由を守ろうとしたために処刑されるという悲劇である。
上:エグモント伯爵(1522〜1568)。ネーデルラント地方がスペインに対して反乱を起こした八十年戦争(1568〜1648)の初期の指導者の一人。
何が面白いかというと、劇中から伝わってくる、エグモントという人物の明るく自由闊達なキャラクターが、とにかく魅力的なのだ。
獄中で思わぬ共感を示してくれた、敵の息子フェルディナントに対し、エグモントはこう優しく語りかける。
「わたしの友だちよ、好んで楽しんで生きてほしい」
劇中何度も出てくるのは、個人の権利の制限を課そうとする独裁体制への批判、人はみな本来誰しもが自由に楽しんで生きる権利を持っているという信念の表明である。エグモントが素晴らしいのは、単なる悲劇的な正義の味方というのではなく、人生のさまざまな出来事を「好んで」「楽しんで」生きている人だからである。生き方そのものが自由な風を感じさせるのだ。
ヒロインのクレールヒェンは、エグモントが愛する市民の娘であると同時に、自由の女神の象徴でもある。処刑前夜のエグモントの夢に彼女が幻のように現れて花冠をかぶせようとするラストシーンの美しさは印象的である。
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今回の全曲上演は、秋山和慶指揮 新日本フィル、朗読・石丸幹二、ソプラノ・櫻井愛子によって行なわれ、戯曲全体の流れも伝えてくれる。
平和のメッセージを発信することを、開館以来の根本精神としてきたすみだトリフォニーホールがもっとも大切にしている「平和祈念コンサート」にふさわしい内容であり、ベートーヴェンとゲーテの精神を体感できる、またとない機会となるだろう。
日時: 2021年3月10日(水)19:00開演
会場: すみだトリフォニーホール 大ホール
曲目:
ベートーヴェン/交響曲第2番 ニ長調
ベートーヴェン/ゲーテの悲劇《エグモント》への音楽(全曲)*
出演: 秋山和慶(指揮)、石丸幹二(朗読)*、櫻井愛子(ソプラノ)*、新日本フィルハーモニー交響楽団
料金: S席4,500円、A席2,000円
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