「みんなの心の広場」をモットーに多彩な舞台芸術を発信〜兵庫県立芸術文化センター
兵庫県立芸術文化センターは、大中小の3つのホールをもつ関西屈指の大規模な施設です。阪急電車の西宮北口駅とデッキで直結しており、アクセスの良さも魅力のひとつ。年間合わせて約300の主催公演があり、いつも賑わっている芸文の2022年度の企画を聞きました。
東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院博士課程満期退学(音楽史専攻)。音楽物書き。主にバッハを中心とする古楽およびオペラについて執筆、講演活動を行う。オンライン...
開館前から蒔いた種が、街のあちこちで花開く
加藤 兵庫県立芸術文化センターの大中小の3つのホール、それぞれの特徴を教えてください。
井田 2000席ある大ホールは、本格的なオペラが上演できる4層、バルコニー形式の大規模なホールです。内装に兵庫県の杉を使った中ホールは、800席あり、声が聞きやすく、演劇やミュージカルに向いています。小ホールは400席で、下にある舞台を客席が取り囲む、関西初の八角形アリーナ形式をとっています。どの席からも舞台が近く、一体感があると好評です。
加藤 芸文のコンサートに行くと、いつも賑わっていますが、人気の種は、開館前から蒔かれていたのでしょうか。
井田 当館は、阪神・淡路大震災からの心の復興を目的に、2005年に開館しました。もともと伝統芸能の劇場があったりして文化的な土地柄ですし、芸術監督の佐渡裕さんが開館前から近隣の小学校で音楽教室を開いたり、地元の商店街に足を運ぶなどして種を蒔いてきたと思います。それが花開いている感じですね。
加藤 お客さんの層も地元の方が多いですよね。ホールの顔である指揮者、佐渡裕さんの存在が大きいのでしょうか。
井田 はい、お客さまの60パーセント以上が阪神間からいらしています。佐渡さんがとても親しみやすい方で、自分から積極的に街に出ていって声をかけたりするので、2011年にベルリン・フィルに客演したときは「佐渡さんはにしきたの街の誇りです」という看板が出るような関係が成立しています。
ホール専属のオーケストラである兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)も、ホール前の広場でコンサートを開いたり、メンバーが県内の街で合宿したり、学校に出張演奏をしたりして地域に溶け込み、ファンがついていますね。
唯一無二のオペラをプロデュース
加藤 オペラの公演回数も多く設けられていますし、賑わいをつくることができている理由を教えてください。
井田 兵庫発のオペラ企画として、どうやったら人が集まるのか、公演回数、価格設定や開演時間、広告の出し方など、研究して取り組んできました。いちばん近くにあるお手本として、佐渡芸術監督が自ら宝塚歌劇に足を運び、そこから参考にさせていただいたものもあります。作品も、最初は古典名作が中心でしたが、その後《オン・ザ・タウン》(バーンスタイン)などレアな演目にも挑戦しています。
結果、最初は初心者の方が大半でしたが、最近ではリピーターが多くなり、お客さまがついているという実感があります。佐渡監督の存在も大きいですね。オペラが初めての方でも、「佐渡さんならなにかおもしろいものをやってくれそう」という期待で足を運んでくださいますので。
「佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2021」喜歌劇《メリーウィドウ》PV
加藤 「プロデュースオペラ」は開館時からの企画で、毎回大盛況ですよね。17回目となる今年は、プッチーニの名作《ラ・ボエーム》が新制作されるということですね。
井田 もともとは開館15周年記念として2020年に予定されていた公演ですが、コロナ禍で2年延期されて今年になりました。演出は、著名なデザイナーで、アカデミー賞なども受賞しているダンテ・フェレッティさんで、オペラではスカラ座の《椿姫》なども手がけています。
キャストは外国人と日本人のダブルキャストですが、若者の青春物語なので、外国人組は佐渡芸術監督自身がミラノでオーディションをしたフレッシュな歌い手を、日本人組は砂川涼子さん、笛田博昭さんら国内の「ボエーム歌い」を集めました。
佐渡さんが《ラ・ボエーム》を振るのは初めてですので、こちらもご期待ください。
飛躍する専属オーケストラPACと、一流オーケストラの公演を迎える
加藤 オペラと並ぶ、芸文のもう一つの顔が、専属のPACオーケストラです。大ホールで開催される定期演奏会は、年間30回近くに上ります。
井田 「フレッシュでインターナショナルな団体にしたい」という佐渡さんの考えで、年齢は上限35歳、所属期間は3年という条件のあるオーケストラになりました。奏者は世界中でオーディションをして選ばれています。お客さまに上質な音楽を届けるプロの面と、演奏者がここから巣立つアカデミー的な面を持ち合わせたオーケストラです。
実際、PACの卒業生で、ミュンヘン・フィル、NHK交響楽団といった内外の一流オーケストラで活躍する奏者も出てきています。
加藤 大ホールでは、外来オーケストラの公演も盛んです。開館以来の常連だというバイエルン放送交響楽団は、今年は指揮者ズービン・メータと11月に来日。6月には、今もっとも注目される指揮者の一人であるヤニック・ネゼ=ゼガンが率いる、メトロポリタン歌劇場管弦楽団の演奏会もあります。
井田 バイエルンをずっと指揮していた故マリス・ヤンソンスさんも、このホールを気に入ってくださって、「この素晴らしいホールで演奏できたことは、この上ない喜び。何より、お客さまが温かい」と喜んでくださいました。
あらゆる方の「みんなの心の広場」に
加藤 中ホールや小ホールのおすすめのイベントを教えてください。
井田 新シーズンの企画で言いますと、2023年3月の日本オペラプロジェクトの林光《森は生きている》が注目です。優れた日本のオペラを取り上げ、かつ関西の人材を全国に発信できる舞台です。
また「世界音楽図鑑」という人気のシリーズがあり、今年6月にはクラシックと伝統音楽を融合した3人組ドリーマーズ・サーカスが、母国デンマーク、そしてアンデルセンの音楽をテーマに、木版画のイラストを交えながら演奏します。
ドリーマーズ・サーカス
加藤 初めて訪れる人や若者を対象とした取り組みも幅広いですね。
井田 その一つがPACの「わくわくオーケストラ」。県内の公立中学校1年生を全員、オーケストラコンサートに招待する企画です。
2021年に制作された「わくわくOnlineオーケストラ教室」(解説・指揮・構成:佐渡裕/演奏:兵庫芸術文化センター管弦楽団)
井田 また、未知のジャンルを聴いてみたい方向けに、「ステップ・シリーズ」という入門シリーズを立ち上げ、ジャズや古楽で実践しています。
加藤 多彩に展開されていますね。
井田 基本にあるのは「若い方からシニアまで、どんな方にも選んでいただける内容を」というホールの方針なんです。
佐渡さんの考えとして、「劇場はみんなの心の広場」というモットーがあります。500円のワンコインコンサートから2万円の外来オーケストラまで、多彩な舞台芸術の魅力をあらゆる方に発信し、皆さまに元気になっていただき、街を活性化することが目標です。
コロナ禍で当館が閉鎖を強いられたとき、「心の広場」プロジェクトとして一般の方から演奏動画を募集し、33本を公開したところ、23.5万回の再生がありました。皆さんがつながりたいと思っていて、そこに音楽という軸があったこと、芸術の大切さを実感することができました。
基本的には、生の舞台の魅力をお伝えすることが中心になりますが、普段届けられない方にはデジタルでアプローチすることも視野に入れつつ、今後も地域の広場として歩んでいきたいと思っています。
[運営](公財)兵庫県芸術文化協会
[座席数]大ホール:2001席、中ホール:800席、小ホール:417席
[オープン]2005年
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