菊池洋子が誘う《ゴルトベルク変奏曲》の世界~心も精神も満ちていく人生の旅路へ
東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
CD「バッハ:ゴルトベルク変奏曲」が7月12日に発売、その後東京・和歌山・兵庫で《ゴルトベルク変奏曲》の全曲リサイタルを行なうピアニストの菊池洋子さん。モーツァルト弾きとして広く知られる菊池さんですが、コロナ禍の日々の中でバッハの音楽に支えられたといいます。そんな菊池さんが《ゴルトベルク変奏曲》という大曲に正面から向き合う中で、見えてきたこととは?
ステイホーム中は毎朝バッハを聴きながらの散歩が日課に
——コロナ禍において、バッハに改めて取り組み、バッハが心の支えとなった演奏家の方々も少なくなかったようです。菊池さんは、コロナ禍の日々をバッハの音楽とどのように過ごされていたのでしょうか?
菊池 ステイホーム期間中は、毎朝バッハを聴きながら2時間程度の散歩が日課になっていました。さまざまな演奏家の《ゴルトベルク変奏曲》や『インヴェンションとシンフォニア』、《フランス組曲》、協奏曲などを聴きながら、先が見えないコロナ禍の不安をひととき忘れて、心静かに新しい1日を始めることができていました。
2002年第8回モーツァルト国際コンクールにおいて日本人として初めて優勝、一躍注目を集めた。その
後、ザルツブルク音楽祭に出演するなど国内外で活発に活動を展開し、いまや実力・人気ともに日本を
代表するピアニストの一人である。前橋市生まれ。故田中希代子、故林秀光の各氏に師事。桐朋学園女子高等学校音楽科卒業後、イタリアのイモラ音楽院に留学、フランコ・スカラ、フォルテピアノをステファノ・フィウッツィに師事。国内主要オーケストラとの共演をはじめ、ザルツブルク・モーツァルテウム管、ハノーファー北ドイツ放送フィル、ベルリン響等と共演。ザルツブルク音楽祭、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭等、世界の著名な音楽祭にも度々招かれる。2009年、2018~2019年には、モーツァルトのピアノ・ソナタ全曲をフォルテピアノとモダンピアノを用いて演奏するといった意欲的な企画に取り組み好評を得た。バレエとのコラボレーション公演にも積極的に出演し、ディアナ・ヴィシニョーワや吉田都、上野水香ほかと共演。CDはモーツァルトを中心としたソロ作品のほか、ホルンの世界的名手ラデク・バボラークと共演したアルバムもリリース。2023年には「バッハ:ゴルトベルク変奏曲」をリリース予定。前橋市Presents 舞台芸術祭芸術監督。第1回上毛芸術文化賞(音楽部門)受賞。2007年第17回出光音楽賞受賞。2023年3月よりウィーン国立音楽大学にて後進の指導に当たる。菊池洋子オフィシャルホームページ yokokikuchipf.com ©Marco Borggreve
《ゴルトベルク変奏曲》を弾き終えた後、聴き終えた後に心も精神も満ちていく
——《ゴルトベルク変奏曲》を以前から自分の楽しみとして家で少しずつ弾いていたとのことですが、この曲を弾く喜び、聴く喜びはどのようなところにあると思われますか?
菊池 《ゴルトベルク変奏曲》は、バッハの鍵盤楽器作品の集大成だと感じます。美しく穏やかなアリアで始まり、30のキャラクターの異なる変奏曲を経て最後に再びアリアで締めくくられます。
初めて全曲を通して弾いた時に、今まで歩んできた人生の日記を読んでいるかのような気持ちになり、いろいろな思い出がよみがえりました。1時間20分演奏した後に最後に弾くアリアは、最初に弾いたアリアとはまったく違う気持ちになります。
最初のアリアは生命の誕生、変奏曲1から人生の冒険が始まり、さまざまな道を歩んだ後に最後のアリアで人生を回想して幕を閉じます。とても孤独で、静かな気持ちになります。まさに人間の一生を表しているかのような曲だと感じています。最後のアリアは終わりでもありますが、新たな生命の光に繋がっているように私は感じています。
この曲を弾き終えた後、聴き終えた後に、これからへの希望と祈りを捧げ、心も精神も満ちていく感覚になります。
曽根麻矢子さんのチェンバロ・レッスンで声部の音色を聴くことを学んだ
——「モーツァルト弾き」として広く知られる菊池さんですが、《ゴルトベルク変奏曲》を弾き込んだのちに、モーツァルトを弾く際に新たに見えてきたことなどはありますか?
菊池 私が現代のピアノでモーツァルトを演奏する際に、音色作りのイメージやフレージングなど、モーツァルトの時代のオリジナルの古楽器で学んだ経験が大きく影響しています。
今回《ゴルトベルク変奏曲》を弾くにあたり、やはりチェンバロの体験は必須だと感じ、チェンバロ奏者の曽根麻矢子さんにレッスンを申し込みました。手が交差して難しく感じていた変奏曲などは、チェンバロの2段鍵盤で弾いた後、その感覚が身体に残り、現代のピアノで弾くのが格段に楽になりました。
でもそのような技術的なことより、麻矢子さんからはもっと大切な音楽的な貴重なアドバイスを毎回いただき、目から鱗が落ちる思いでした。バッハでそれぞれの声部を追うだけでなく、音の色を聴くという学びが、今まで弾き込んできたモーツァルトの曲を弾く際の新たなアプローチに繋がっていることが実感できて、嬉しいです。
——CD「バッハ:ゴルトベルク変奏曲」および、東京・群馬・兵庫でのリサイタルの聴きどころや、お客様へのメッセージをお願いします。
菊池 スマートフォンや外の世界の雑音から離れ、心を無にしてバッハの音楽と共に旅をご一緒できますことをとても嬉しく思います。1時間20分の演奏後、皆様にどのような景色が広がるか、お楽しみいただけましたら幸いです。
菊池洋子(ピアノ)
[avex classics AVCL-84146]
定価 3,300円
7月12日発売予定
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