ざわつく心を落ち着けたいときに——ピョートル・アンデルシェフスキのJ.S.バッハ
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...
心がざわついて落ち着かないときは、J.S.バッハが聴きたくなります。とくに、平均律クラヴィーア曲集。これまで、ざわつく心境で聴きたい私のなかの定番は、リヒテルの録音だったのですが、それに新しい選択肢が加わりました。
ピョートル・アンデルシェフスキ(1969年ワルシャワ生まれ)のJ.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集」第2巻の新譜。
好きなバッハ演奏はいろいろあるけれど、心がざわついているときには、ずしりと身の詰まったきれいな音で弾かれているものがいいのです。
ところでアンデルシェフスキさん、これまで何度も取材などでお会いしてきていますが、一番印象にのこっているのは、もう13年前、雑誌の編集部にいたときに、表紙撮影と巻頭インタビューのため、パリのご自宅を訪ねたときのことです。
アンデルシェフスキさんの自転車運転姿、なかなか貴重じゃないかと思うんですが、どうでしょう(なんで自転車に乗って撮ろうって話になったのかは、もはや覚えていない)。
そして、お部屋はなんだかすごくガランとしていたことも印象に残っています。ライトは譜面台を照らす小さなスタンドがひとつあるだけで、妙に暗い。変わった部屋だといわれるけど、そうかな? なんておっしゃっていました。そして、自分は子どもの頃から変わっていると言われていたんだ、という話もしてくれました。
当時アンデルシェフスキさんは、パリのほかにリスボンにも家がありました。好きな街の話になったところ「もちろん東京もいいけど、あとはニューヨークも好き」とのこと。
中でもニューヨークについて、こんなふうに言っていました。
「街を見ていると、魚がたくさんいる水族館を見ているような気持ちになる。誰もが泳ぎ続けて絶望から抜け出そうとして、透明なガラスにぶち当たっている。これはある意味、とても詩的な情景だと思う。そして彼らはそれを〈自由〉と呼んでいるんだ」
飄々とした表情で、おもしろそうにこう語る様子を見て、あーこの方、やっぱりヤバいな、と思いましたね(いい意味で)。
人間社会の矛盾、人の抱える絶望や闇にも美しさを見出して、どこか愛おしんでいるようなところがある。それでこそ生まれる、あの深みのある、一筋縄ではいかない美しい演奏なのでしょう。
11月には来日が予定されているようなので、その頃には状況が落ち着いていることを祈るばかり。それまでは新譜のバッハ録音を聴いて、ざわつく心を落ち着けて過ごそうと思います。
日時: 2021年11月13日(土) 14:00開演
会場: 紀尾井ホール
曲目: バッハ/平均律クラヴィーア曲集第2巻より12曲(予定)
※そのほか、11月5・6日にも公演あり
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