イベント
2021.04.21
高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第23回

演出が違うと印象も変わる!バレエ『コッペリア』観比べ・聴き比べの楽しみ

古典バレエの人気レパートリーの1つである『コッペリア』。初演から150年以上たった現在、振付はいくつかの版に分かれています。同じ音楽でも演出によって印象がガラッと変わる! そんな観比べ、聴き比べの楽しみを、高橋彩子さんがわかりやすくお伝えします。

ナビゲーター
高橋彩子
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高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

新国立劇場バレエ団『コッペリア』
撮影:鹿摩隆司
画像提供:新国立劇場

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ONTOMO読者なら間違いなく賛同してくれるだろうが、音楽の力は時として怖ろしいほど強い。昔聴いたきりの曲を久しぶりに聴くや昔の情景が蘇ってきたり、街でふと耳に入ったメロディーがその後頭を巡り続けたり。プロダクション毎に演出が変わるオペラと違って、基本的に音楽と振付がセットになっているバレエでは、何度も観るうち、流れている音楽と動きがセットになって記憶される。さらには、筆者の体験だが、チャイコフスキーの違う曲を演奏していて、『白鳥の湖』のある箇所と似た音形が出てくると、不意に該当する『白鳥の湖』のバレエの動きが頭に浮かぶことも。

とはいえ、バレエの振付にも幾つかのバージョンがあり、記憶しているものとは別の動きが展開するケースも少なくない。それがまた新鮮で、音楽のほうの聴こえ方まで違ってくるから面白い。この5月は、新国立劇場バレエ団のローラン・プティ振付『コッペリア』と、スターダンサーズ・バレエ団のピーター・ライト版『コッペリア』で、観比べ・聴き比べができる。

ホフマンの怪奇小説から溌剌とした若者たちの物語に

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1870年、パリ・オペラ座にて世界初演されたバレエ『コッペリア』。台本は、振付家のアルトゥール・サン=レオンと台本作家のシャルル・ニュイッテルが、ドイツの作家E.T.A.ホフマンの小説『砂男』をもとに書き下ろした。E.T.A.ホフマンといえば、バレエ『くるみ割り人形』の原作小説『くるみ割り人形とねずみの王様』の作者であり、オペラ《ホフマン物語》の主人公でもある。そして《ホフマン物語》第2幕のオリンピアの物語も、やはり『砂男』が原作だ。

E.T.A.ホフマン(1776ー1822)。作家や音楽家のほか、法律家としても職に就いていた。

小説『砂男』は、”砂男”への恐怖が、青年ナタニエルの心を蝕んでいく物語。彼は幼い頃、眠らない子どものもとにやってきて砂を眼に入れて眠らせてしまう妖怪・砂男のイメージと、ナタニエルを折檻し、さらには彼の父を死に追いやるきっかけを作った老弁護士コッペリウスを重ねる。大学生となったナタニエルは、下宿にやってきた晴雨計売りのコッポラという男をコッペリウスだと思い込む。そのコッポラから売りつけられた望遠鏡を覗くと、そこには物理学の教授スパランツァーニの娘オリンピアがいた。程なく開かれたスパランツァーニのパーティでは、お披露目されたオリンピアのぎこちなさに人々が違和感を抱くなか、ナタニエルはすっかり夢中に。やがて彼女に結婚を申し込もうとスパランツァーニ宅を訪ねると、そこでは、実は人形であるオリンピアの目玉を作ったコッポラとそれ以外の部分を作ったスパランツァーニが喧嘩してオリンピアを引っ張り合っており、コッポラがオリンピアを持って行くと、スパランツァーニがオリンピアの目玉を投げつける。正気を失ったナタニエルは、塔から身を投げてしまう。

ホフマン自身による『砂男』の挿絵。幼いナタニエルが父の書斎に隠れて、老弁護士コッペリウス(中央)を覗き見る場面。

オペラは、このナタニエルを主人公ホフマンに投影し、概ね原作通りに展開するが、バレエでは原作の不気味さは鳴りを潜め、陽気でコミカルな内容となっている。おおよその筋は以下の通り。

舞台は東欧の農村。村娘スワニルダは村の青年フランツと恋仲。しかしフランツは、人形師コッペリウスの家の窓辺で本を読んでいる娘コッペリアが気になっており、それを察知したスワニルダとの仲もぎくしゃくし始める。ある日、コッペリウスが、鍵を落としたまま気づかずに出かけたすきに、鍵を拾ったスワニルダが友人たちを誘ってコッペリウスの家に忍び込む。家のそこここに機械仕掛けの人形をみつけ、窓辺のコッペリアもまた人形であることを知るスワニルダたち。そこへコッペリウスが帰宅し、少女たちは逃げるが、スワニルダだけ逃げ遅れ、物陰に隠れる。すると、フランツが窓から入ってくる。コッペリアに会うため、コッペリウスの家の壁にはしごをかけて登ってきたのだ。コッペリウスはフランツを追い払おうとするが、彼がコッペリアへの愛を告白すると、フランツに酒を勧めて意識を失わせ、古い呪文を試すことにする。それは、人間から魂を取り出して人形に移し、人形に生命を与えるというものだった。事態を物陰から把握したスワニルダは、コッペリアになりすまし、呪文が効いたかのように動き出す。コッペリウスは大喜びだが、スワニルダはスキを見て、目を覚ましたフランツと共に逃げ出し、コッペリウスは衣装を脱がされて無残な姿となったコッペリアを発見する。かくして、スワニルダとフランツは仲直りして、結婚し、村では祝宴が開かれる。

音楽はこのバレエのために1867年、作曲家レオ・ドリーブが、東欧の民族音楽を取り入れながら、本作のために書き下ろしたもの。作曲当時20代だっただけあり、ドリーブの音楽は全編、瑞々しく溌剌としている。『コッペリア』を見たことはなくても、第1幕でスワニルダが踊る〈ワルツ〉は聴いたことのある人が多いはず。ほかに第1幕で村人たちが踊る〈マズルカ〉、第2幕の〈機械仕掛けの人形の音楽〉やスワニルダがコッペリアに扮して踊る〈情景と人形のワルツ〉、第3幕のお祝いで踊られる〈時の踊り〉やフィナーレのギャロップなど、一度耳にしたら忘れられないメロディーが詰まっている。

『コッペリア』の作曲者、レオ・ドリーブ(1836-1891)。代表作としては、バレエではそのほかに『シルヴィア』、オペラでは《ラクメ》があげられる。師は、バレエ『ジゼル』や『海賊』の作曲者であるアドルフ・アダン。

演劇の国ならではの細やかなドラマ 〜ピーター・ライト版『コッペリア』〜

バレエ『コッペリア』はマリウス・プティパほか、さまざまな振付家の手で改訂され、世界各地で上演されているが、中でもスタンダードで良質なプロダクションの1つが、イギリスの振付家ピーター・ライトが1995年、プティパ、チェケッティの振付を踏まえて演出・振付し、芸術監督を務めるバーミンガム・ロイヤル・バレエで初演したバージョンだ。その特長は、演劇の国で生まれただけあって、個々のキャラクターの演技に工夫が凝らされているのに加え、物語の細部まで整合性をもってリアルに作られている点にある。

例えば、このバージョンのコッペリウスはスワニルダに恋をしていて、コッペリアを彼女に似せて作ったという設定になっている。スワニルダがコッペリアになりすましていることにコッペリウスが気づかないのも、これなら納得がいくというもの。それだけに、コッペリアが命を得たと信じて歓喜し、やがて真実を知って落胆するコッペリウスは哀れを誘う。

そもそも、このバージョンに限らず、人の家に勝手に入り込んでかき回し、大切にしているものを破壊して立ち去るというのは、見ていてあまり気持ちの良いものではないが、ピーター・ライトは、怒るコッペリウスに対して、スワニルダが公爵らからもらった結婚の祝儀をお詫びに渡そうとし、公爵らがコッペリウスにも祝儀を渡すという演出を施す。さらにラストには、コッペリアが本当に動き出し、コッペリウスと仲良く立ち去る。

スターダンサーズ・バレエ団はこのピーター・ライト版を、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団との提携のもと、1996年からレパートリーとしている。今回は5年ぶりの再演だ。ピーター・ファーマーの重厚な美術のなか、練り上げられたドラマを楽しみたい。

スターダンサーズ・バレエ団の『コッペリア』。
©Takeshi Shioya〈A.I Co.,Ltd.〉
イギリスの振付家、ピーター・ライト。
©Richard Farley

近代的で洗練された世界 〜ローラン・プティ振付『コッペリア』〜

一方、『コッペリア』を現代的・都会的な感覚で捉え直したのが、フランスの振付家ローラン・プティの同名作。1975年、自身が創設し芸術監督を務めていたマルセイユ国立バレエ団で発表したものだ。

物語の大枠は古典と変わらないが、舞台はフランスのとある街に移され、コッペリアもフランツもちょっと気取った近代的な若者に。また、初演でプティ自身が踊ったコッペリウスは、フロックコートを着たダンディな紳士だ。このコッペリウスもスワニルダに恋したが相手にされないため、彼女に似せてコッペリアを造ったことになっている。圧倒的な美を放つ女性を男性が崇拝し追い求めるというのは、プティ作品の一つの類型だが、スワニルダを求めるコッペリウスとコッペリアを求めるフランツはこれに見事にハマっていると言えるだろう。

ハリウッド映画やミュージカル、ミュージックホールなどでも活躍したプティの振付は、華やかで洒脱。先に紹介した通り、もともと『コッペリア』自体がコメディ的な要素のあるバレエだが、プティはところどころカリカチュアライズした動きを挟むことで、エッヂの効いたコミカルさを生み出している。

音楽の使い方も独特だ。まず、最初の〈前奏曲とマズルカ〉および〈間奏曲とワルツ〉は、手回しオルガンで演奏され、ギミックに富む幕開きに。1幕の〈マズルカ〉は街に駐屯している兵士たちと女性たちの踊りとなっている。〈ワルツ〉や〈人形のワルツ〉をスワニルダが踊るのは従来版と変わらないが、すましたところのある動きで、より洗練された印象に。極めつけは、タキシードを着たコッペリウスが人形のコッペリアをディナーに招き、シャンパンで乾杯して水入らずの時を過ごす場面だ。〈時の踊り〉が流れる中、人形相手に幸せそうに踊るコッペリウス。だがその後、スワニルダやフランツの侵入によって、この平和で幸福なひとときは壊されてしまう。

フランスの振付家、ローラン・プティ。
撮影:鹿摩隆司
コッペリウスの家に忍び込むスワニルダと少女たち。
撮影:鹿摩隆司

コッペリウス邸を無事に抜け出し、晴れて結ばれたスワニルダとフランツと、兵士たちや女性たちによる華やかな踊りの最後、スワニルダによって衣装を剥がされたコッペリアを抱いて登場するコッペリウス。若者たちが去るなか、ばらばらになった人形と共に一人取り残されるコッペリウス。救済も奇跡もないまま、初老の男の悲哀と孤独にフォーカスを当てる苦いラストが、若者たちの物語に陰影を滲ませる。     

新国立劇場バレエ団では2007年、プティのもとで踊っていた名ダンサー、ルイジ・ボニーノを振付指導に招いて本作を初演。今回は、4度目の上演となる。この作品が生まれて半世紀近く経つわけだが、プティのような小粋さと成熟味をもったバレエはいまだ少ない。ぜひ、その比類ない魅力を噛み締めてほしい。

新国立劇場バレエ団『コッペリア』告知映像

公演情報
新国立劇場バレエ団『コッペリア』

【公演中止】

無観客ライブ配信を検討中(4月24日更新)

公演日時・キャスト(スワニルダ役/フランツ役):

2021年5月1日(土)14:00開演(小野絢子/渡邊峻郁)

2020年5月2日(日)14:00開演(米沢 唯/井澤 駿)
2021年5月4日(火・祝)14:00開演(木村優里/福岡雄大)
2021年5月5日(水・祝)14:00開演(池田理沙子/奥村康祐)
2021年5月8日(土)14:00開演(小野絢子/渡邊峻郁)

会 場:新国立劇場 オペラパレス

音楽:レオ・ドリーブ

振付:ローラン・プティ
芸術アドヴァイザー/ステージング:ルイジ・ボニーノ
指揮:冨田実里
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

詳しくはこちら

スターダンサーズ・バレエ団『コッペリア』

公演日時・キャスト(スワニルダ役/フランツ役):
5月15日(土)14:00開演(渡辺恭子/池田武志)
5月16日(日)14:00開演(塩谷綾菜/林田翔平)

会場:テアトロ・ジーリオ・ショウワ
(小田急線新百合ヶ丘駅南口より徒歩4分)

音楽:レオ・ドリーブ
振付:マリウス・プティパ、エンリコ・チェケッティ、ピーター・ライト
演出:ピーター・ライト
指揮:田中良和
管弦楽:テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ

詳しくはこちら

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高橋彩子
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高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

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