「物」と「音」をスクラップブックに貼り付けた大竹伸朗
日曜ヴァイオリニストで、多摩美術大学教授を務めるラクガキストの小川敦生さんが、美術と音楽について思いを巡らし、“ラクガキ”に帰結する連載。今回は東京国立近代美術館で開かれている「大竹伸朗展」で出会った「物」と「音」のコラージュ作品。「美術館自体をスクラップブックにしてしまったのではないか」と語る魅惑の世界を紹介してくれました。
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...
東京・竹橋の東京国立近代美術館で開かれている「大竹伸朗展」に出かけると、思わぬ「音」に出会う。大竹伸朗は、ヴェネツィア・ビエンナーレなどの国際美術展やドイツの芸術祭ドクメンタに出品するなどの経歴を持つ国際的な現代美術家である。
大竹の代表的な表現手法として挙げられるのは、コラージュだ。この展覧会でも、雑誌の切り抜きなどを無数に貼り付けた大きなスクラップブックが多く出品されていた。中には重さが10キロを超える巨大と言ってもいいものもある、迫力のある展示だった。そんな大竹が、「音」をどのように作品に取り込んでいるのか。本記事でぜひお伝えしたい。
「物」が伝える楽しい音楽の記憶
会場の入り口を入ると、まず最初になかなか強烈なインパクトを持つ、少々うらぶれた、しかし、いい味を出した人形型の作品が立っている。そのすぐ後ろには、エレキギターを描いた作品が展示されていた。
エレキギターを作品に登場させるのは、大竹の一つの基本的な表現形式と見られる。会場を歩くと、本物のエレキギターをコラージュの素材にした作品も散見された。
2012年にドイツのカッセルで開かれた芸術祭「ドクメンタ」に出品された《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》は、小屋をスクラップブックのように使ってさまざまなものをコラージュした立体作品だ。若い頃大竹が人生経験にと自ら働きに出た北海道・別海の牧場があった地域の農協の看板が貼り付けられているかと思えば、雑誌の切り抜きのようなもの、落書きのような絵も貼られており、小屋の外観を見ているだけでもうきうきしてくる。中を覗くと、エレキギターやスピーカーがあることが視認できた。
小屋の中のエレキギターは人感センサーによって自動演奏をする仕組みを持っているというが、常に音を出しているわけではない。しかし、楽器がそこにあるというだけで、音楽を愛する者は何となくうれしくなってくるものではないだろうか。レコード盤を重ねた作品もあった。レコード盤は、ターンテーブルの上に置いて針を載せて回さなければ音楽は聴こえてこない。しかし、大竹の作品を見ていると、レコード盤という存在自体が人々に伝えてきた音楽の楽しみを感じることができた。レコード盤に馴染みのない世代が見た時にどう感じるのかも聞いてみたいものである。
人は皆、それぞれの記憶の蓄積の上で生きている。エレキギターにしてもレコード盤にしても各人各様の異なる記憶があるだろう。ただし、これらの素材はおそらく多くの人には、いい思い出を呼び起こす役割をはたしてくれるのではないだろうか。頭の中で呼び起こされる音はきっと皆違うのに、何か幸せな共感ができる。レコード盤はそんな素材なのではないか。
形ある物と等しく並ぶ「音」
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