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2020.10.22
音楽ファンのためのミュージカル教室 第10回

オペラ的に楽しむ! ミュージカル『オペラ座の怪人』のロイド・ウェッバー版

音楽の観点からミュージカルの魅力に迫る連載「音楽ファンのためのミュージカル教室」。
第10回は、10月24日(土)に新劇場で開幕する劇団四季の『オペラ座の怪人』。あの有名なメロディが生まれた背景や観どころをご紹介!

山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

メイン写真:劇団四季『オペラ座の怪人』より。撮影:下坂敦俊

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劇団四季の新劇場でアンドルー・ロイド・ウェッバー版が開幕!

ミュージカルやオペラなどを上演する劇場は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、今年2月末以来、公演が中止されてしまったが、この秋、ようやく再開され始めた。

劇団四季は、10月24日にオープンするJR東日本四季劇場[秋]のこけら公演として『オペラ座の怪人』を取り上げる。

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竹芝駅から徒歩3分のところに立つ、JR東日本四季劇場[秋]。客席数は約1,200席。10月24日、『オペラ座の怪人』の初日にオープンする。撮影:阿部章仁

オリジナルのハロルド・プリンス演出のプロダクションが受け継がれている劇団四季の『オペラ座の怪人』は、1988年の日本初演以来、7000回以上上演されてきた、同劇団の十八番のレパートリーである。

アンドルー・ロイド・ウェッバー作曲の『オペラ座の怪人』は、フランスの作家ガストン・ルル―の同名の小説(1910年)を原作としている。物語の主人公は、パリ・オペラ座の地下に棲みついている怪人。彼は、オペラ座の新進ソプラノ、クリスティーヌを一方的に愛している。

パリ・オペラ座の地下に棲みついている怪人(左)と、オペラ座の新進ソプラノ、クリスティーヌ。撮影:下坂敦俊

紆余曲折のあと構想されたロイド・ウェッバー版

小説『オペラ座の怪人』を最初にミュージカル化したのは、脚本家であり演出家でもあるケン・ヒルであった。

1976年に作られた最初のバージョンは、イアン・アーミットのオリジナル曲が付されたが、1984年にアーミットの曲は破棄され、既成のオペラの名曲で構成された版が作られ、初演された。

後にロイド・ウェッバーの『オペラ座の怪人』でクリスティーヌを歌うことになるサラ・ブライトマンにも、ヒルからクリスティーヌ役でのオファーがあったが、彼女はそれを断った。

1984年の上演時、ロイド・ウェッバーは、妻サラ・ブライトマン、『キャッツ』で組んだ(後に『オペラ座の怪人』でも組む)キャメロン・マッキントッシュらとケン・ヒル版の観劇に行った。その後、ロイド・ウェッバーがケン・ヒル版にタイトル曲を提供する話が持ち上がったが、それも立ち消えとなった。

そしてロイド・ウェッバーは、1982年に亡くなった父に捧げる『レクエイム』の作曲に専念した。1985年2月、ロリン・マゼール指揮、プラシド・ドミンゴ、ブライトマンらの独唱で世界初演。ロイド・ウェッバーはクラシカルな作品でも話題となった。

アンドルー・ロイド・ウェッバー『レクエイム』

それと前後して、ロイド・ウェッバーは、偶然、ルル―の小説『オペラ座の怪人』を読み、自分なりのミュージカル『オペラ座の怪人』の構想をまとめた。そして、ロイド・ウェッバー版の制作がスタートした。プロデューサーはマッキントッシュ。演出にはハロルド・プリンス、プロダクション・デザインにはマリア・ビョルンソンが起用された。

舞台デザインや衣裳、演出に鬼才を

ロイド・ウェッバー版の『オペラ座の怪人』は、1986年9月のプレビューを経て、1986年10月、ロンドンのハー・マジェスティーズ劇場で開幕された。そのタイトルから連想されるように、オペラ・ファンにとっても、見どころ満載のミュージカルとなっている。

舞台は、パリ・オペラ座。シャルル・ガルニエが設計し、1875年にオープンしたこのオペラ座は、ガルニエ宮とも呼ばれている。オペラ座の地下には湧き出る地下水を溜める貯水池があり、それが怪人の住む地下湖の伝説となった。また、1896年に巨大なシャンデリアが落下する事故が起き、それがルル―の小説のヒントにもなった。

ミュージカル『オペラ座の怪人』でまず圧倒されるのは、その豪華な舞台セットや衣裳であろう。

それらを担当したのは、2002年に53歳の若さでこの世を去った鬼才、マリア・ビョルンソン。彼女は、『オペラ座の怪人』によって、1988年のトニー賞で舞台デザイン賞と衣裳デザイン賞の二冠を獲得している(ちなみにその年の両部門には、『M.バタフライ』で石岡瑛子もノミネートされていた)。パリ・オペラ座を模したプロセニアム・アーチ(観客席から見た舞台上の額縁)とシャンデリア、仮面舞踏会(マスカレード)の催される大階段、幻想的な地下湖、そして、半分欠けた仮面(原作の小説では「すっぽりと顔を覆う」仮面とされている)のどれもにもビョルンソンの見事なアイデアが発揮されている。

ビョルンソンは、オペラでも活躍し、メトロポリタン・オペラの『トロイアの人々』、スカラ座の『マクベス』、『利口な女狐』、ロイヤル・オペラの『ホフマン物語』、『ドン・ジョヴァンニ』などの舞台デザインを手掛け、ロイヤル・オペラの『ばらの騎士』では衣裳を担った。ロイド・ウェッバーとはその後の『アスペクツ・オブ・ラヴ』でもコラボレートしている。

演出のハロルド・プリンスは、ミュージカル界のレジェンド。

20歳代の若さで『ウエスト・サイド・ストーリー』(1957)の共同プロデューサーとなり、その後、『キャバレー』、ソンドハイムの『カンパニー』や『太平洋序曲』、『スウィーニー・トッド』などの演出を手掛けた。ロイド・ウェッバー作品では『エビータ』の演出も行なっていた。後年はオペラにも進出し、メトロポリタンのグノーの『ファウスト』、ウィーン国立歌劇場の『トゥーランドット』などを演出。昨年7月、91歳で亡くなった。

怪人は去ったものと思い込む劇場関係者たちが、仮面舞踏会を開き、華やかに歌い踊るシーン。撮影:下坂敦俊

当時のパリ・オペラ座を表す数々のエピソード

ロイド・ウェッバーは、『オペラ座の怪人』のなかで、3つの劇中オペラを作曲した。時代設定が1881年であり、その頃にパリ・オペラ座で上演されていたような架空のオペラである。

まずは、第1幕冒頭の《ハンニバル》。架空の作曲家シャリュモーが書いたこのオペラは、カルタゴの将軍ハンニバルを題材とし、19世紀後半パリで大人気だったマイアベーアのグランド・オペラを思い起こさせる。

劇中オペラ《ハンニバル》※5分30秒あたりから

続いて、台本にはアルブリッツィオ作曲とされている《イル・ムート》。チェンバロ伴奏でのレチタティーヴォが入る18世紀風の音楽で書かれたこのオペラは、伯爵夫人と若い男との不倫を描き、《フィガロの結婚》の世界を連想させる。

劇中オペラ《イル・ムート》トラック10(上)の11分くらいからトラック11にかけて

3つめはファントム(怪人)自身が作曲した《ドン・ファンの勝利》。無調性的な音楽まで使われ、ファントムがどれほど時代を先取りする天才音楽家であったかが示される。

劇中オペラ《ドン・ファンの勝利》※5分くらいから

オペラ座の楽屋ネタ的なエピソードも面白い。

《ハンニバル》のリハーサルでの騒動(イタリア人歌手独特の発音や発声が強調される)、あまりに前衛的で歌手たちが音程の取れない《ドン・ファンの勝利》のリハーサル、オペラ座支配人のプリマドンナへの機嫌取り、などなど。

プリマドンナのカルロッタ役はオペラ歌手が演じることが多く、新人時代の塩田美奈子(1962~)も、1989年から90年にかけて劇団四季の舞台でカルロッタを歌っていた。

『シンク・オブ・ミー』、『エンジェル・オブ・ミュージック』、『オペラ座の怪人』、『ミュージック・オブ・ザ・ナイト』、『オール・アイ・アスク・オブ・ユー』、『もう一度姿を現して』、『ポイント・オブ・ノー・リターン』など、ロイド・ウェッバーのメロディ・メイカーとしての才能があふれたナンバーに、ここでの説明は不要であろう。『オペラ座の怪人』は、オペラ・ファンをも魅了するミュージカルの傑作である。

公演情報
劇団四季『オペラ座の怪人』

日程: 10月24日(土)開幕

会場: JR東日本四季劇場[秋]

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山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

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