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2019.09.10
【9/12~】英国ロイヤル・オペラ《ファウスト》《オテロ》開幕

指揮者、アントニオ・パッパーノの源泉~歌手たちを魅了する温かな人柄と多様な音楽性

2019年9月12日に幕を開ける、英国ロイヤル・オペラの2019年日本公演。音楽監督アントニオ・パッパーノとともに、《ファウスト》《オテロ》の主役歌手たちが記者会見に臨んだ。
英国ロイヤル・オペラの日本公演は、2005年以来4年ぶりで、今回が6度目。パッパーノは長い歴史を誇るロイヤル・オペラを2002年より率いている。歌手たちから絶大な信頼を寄せるパッパーノの音楽的源泉はどこにあるのだろうか。
開幕まで間もない9月6日、会見後にお話を伺った。

取材・文
小田島久恵
取材・文
小田島久恵 音楽ライター

岩手県出身。地元の大学で美術を学び、23歳で上京。雑誌『ロッキング・オン』で2年間編集をつとめたあとフリーに。ロック、ポップス、演劇、映画、ミュージカル、ダンス、バレ...

写真:© Ayano Tomozawa

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英国ロイヤル・オペラの音楽監督を2023年まで務めることが決まったアントニオ・パッパーノ。4年ぶりとなる引越し公演では、グノーのグランド・オペラ《ファウスト》とヴェルディ後期の名作《オテロ》が上演される。
総勢200名を超える歌手、オーケストラ、舞台スタッフが来日し、初日の準備にあたる中、主役歌手と指揮者が登壇する記者会見が9月6日に行なわれた。このインタビューは、会見後に多忙なマエストロの協力を得て実現したものだ。

歌手たちが「トニー」と親しみを込めて呼ぶフレンドリーな人柄には威圧的なところがまったくなく、彼の周りに集まる人々は一生懸命働くことに心からの喜びを感じているように見える。取材でお会いするのは2度目だったが、改めてパッパーノ自身が素晴らしいパワー・スポットであると実感した。
「貪欲でワーカホリック」と自ら語るマエストロは、情熱の本質は何かを知り尽くしている。集中した精神にはストレスを感じる暇などなく、さらなる高みを目指す理想と希望のみがあるのだった。

9月6日に行なわれた記者会見に登壇した出演者たち。左から、イルデブランド・ダルカンジェロ(《ファウスト》メフィストフェレス役)、ヴィットリオ・グリゴーロ(《ファウスト》ファウスト役)、アントニオ・パッパーノ、フラチュヒ・バセンツ(《オテロ》デズデモナ役)、グレゴリー・クンデ(《オテロ》オテロ役)、ジェラルド・フィンリー(《オテロ》ヤーゴ役)© Ayano Tomozawa

2002年には英国ロイヤル・オペラの音楽監督に就任

イタリア系の両親のもとロンドンに生まれ、13歳で家族とともにアメリカに渡り、声楽教師の父親のアシスタントをしながら10代を過ごした。リハーサル・ピアニストとしてのキャリアを積んだのち、1987年にノルウェー歌劇場でプッチーニの《ラ・ボエーム》を振って指揮者デビュー。
指揮活動は歌手たちからの強い推薦でスタートしたが、本人は「将来はプロの伴奏ピアニストになるものと思っていた」という。ノルウェー歌劇場では1990年から音楽監督を務め、1992年には王立モネ劇場の音楽監督に就任する。32歳の若手指揮者にとっては異例の大抜擢だ。
その10年後、2002年には英国ロイヤル・オペラの音楽監督に就任した。コヴェントガーデンで音楽監督として最初に振ったのは、リヒャルト・シュトラウスの《ナクソス島のアリアドネ》だった。

「その公演のことはよく覚えているよ。クリストフ・ロイの演出で、とてもストロングなプロダクションだった。今でも大切な作品で、新しい時代が始まっていく予感があったんだ。その後に、このオペラハウスと長い時代が始まることを予測していたかというと、そうでもなかった(笑)。

最初から完璧なパートナーシップだったわけではなく、振り返ってみると5年ごとに良くなってきたという感覚があったね。『ちょっと戻ったかも知れないけど、なんとか前に進んだな』と思えたのが最初の5年。その後の5年ではしっかりとした変化が感じられた。私の人生の中でコヴェントガーデンでの日々は特筆すべきものだよ。少しずつ確実に進歩し、一緒に成長してきたんだ」

バレンボイムによってドイツ・オペラの扉が開かれた

指揮者をめざしたとき、もっとも大きな影響を与えた音楽家は誰だったのだろう。

「私のメンターは、6年間アシスタントを務めたダニエル・バレンボイム。バイロイトでアシスタントとして彼のもとで学び、パリやイスラエルにもついていった。私の前にリヒャルト・ワーグナーの世界を開いてくれた人で、そこから新たな地平線が広がったんだ。

イタリア系の指揮者は、イタリア系の音楽ばかりをやることが多いけれど、私はイタリア系の音楽だけでは足りない人間。バレンボイムは私をドイツ・オペラの世界に誘ってくれた。あらゆる意味で将来のヴィジョンを大きく転換してくれた音楽家で、彼の存在が私にとって人生の扉を開ける鍵になったんだ。偉大な音楽家はオーケストラの前に立つだけで、作曲家の思考回路を知ることができる、という経験もバレンボイムがもたらしてくれたものだった」

フランス・オペラもモーツァルトもロシア・オペラも好き、というパッパーノは、その言葉通り広範なレパートリーをもつ。
ロッシーニ、ドニゼッティ、ヴェルディ、プッチーニはもちろん、ワーグナーは《指輪》《マイスタージンガー》《トリスタンとイゾルデ》《パルジファル》、ベルクの《ルル》やベルリオーズの《トロイア人》、グノー《ファウスト》、マスネ《マノン》、ロシア・オペラはチャイコフスキー《スペードの女王》、ムソルグスキー《ボリス・ゴドゥノフ》も振ってきた。

「私の音楽人生を考えたときに、多様でなければ嫌なんだ。多様さを保つことは贅沢ではなく、必然だと思う。トリスタン、オテロ、ボリス・ゴドゥノフ……つまりは貪欲なんだね(笑)。私は音楽院を卒業していないから、生涯かけて自分を教育し続ける必要があるんだ。つねに学び続けなければならないと思っているよ」

その豊かな発想の源泉には、声楽教師だった父親の影響があるのだろうか? Youtubeで見ることができる《蝶々夫人》の稽古は、音楽が生まれるもっとも純粋な瞬間を見るようだ。「そこは煙がたちこめるように」という一言が、歌手のエルモネラ・ヤオの表情を瞬時に生き生きとさせていた。

本当に感情が高まった瞬間は、歌でしか表現できない

「言葉を愛しているんだよ。言葉が何を表現するか、キャラクターがそれを表現することでどんな意味が発生するのか……歌って、言葉を発しているけれど、コミュニケートできていない歌手もいる。そういう意味で、通じ合える言葉でなければならないんだ。

台本はつねにそばにおいて時間をかけて読むよ。小説も好きで、ロシア文学が一番好き。トルストイ、ドストエフスキー、ゴーゴリ、ツルゲーネフ……ロシア語ではなく英語に翻訳されたものだけど。

『歌う』って、何がいいかというと、感情が凄すぎて、言葉だけではなく音楽になって歌が発生することだと思う。言葉だけ、音楽だけではなくて……本当に感情が高まった瞬間というのは、歌でしか表現できないものなのかもしれない。だから素晴らしいんだと思う」

大勢のスタッフを動員するオペラ公演の、もっともピュアな原点は歌手とのリハーサルにあるのだろう。ヨナス・カウフマン、クリスティーネ・オポライスとの《マノン・レスコー》の稽古の映像では、指揮者と歌手が三位一体となって、それ以外の要素が必要ないほど完璧な世界が完結していた。
オペラは演劇ではあるが、ときに演出が不必要だと思うことはないのだろうか?

「指揮者には演出家の要素があるんだよ。レコーディングでは、演奏だけだからまさに指揮者は演出家にならなければならないし。音楽でどう語るか、ということが求められるからね。いつか演出もするかもしれない(笑)。

2018年はバーンスタインのメモリアル・イヤーだったから、イタリアで《ウエストサイド・ストーリー》を上演したんだけど、シンプルな演出を手掛けて、私自身も笛を吹くおまわりさんの役で登場したよ。同時にロンドンでは《リング》を上演していて……とても忙しかったね」

短い時間の中で、ひとつひとつの質問に深く考えながら答え、「なぜ多言語のレパートリーをマスターしたのか?」という質問には、特に時間をかけて考えを伝えてくれたマエストロ。
繊細さと巨大なスケールを併せ持つオペラ指揮者は、無駄を嫌う合理主義者か、夢想の力を信じる詩人か、そのどちらかを知りたくて会いにいった。パッパーノはシンプルなリアリストの要素を持ちながら、限りなくロマンティストの側面を多く持つ指揮者なのではないかと思った。 

英国ロイヤル・オペラ 2019年日本公演
《ファウスト》全5幕 デイヴィッド・マクヴィカー演出

日時/会場
9月12日(木)18:30/東京文化会館
9月15日(日)15:00/東京文化会館
9月18日(水)15:00/東京文化会館
9月22日(日)15:00/神奈川県民ホール

チケット
S 59,000円/A 52,000円/B 45,000円/C 37,000円/D 30,000円/E 23,000円/F 16,000円/U29シート 「横浜音祭り2019」特別料金 8,000円

出演
指揮 アントニオ・パッパーノ
ファウスト ヴィットリオ・グリゴーロ
メフィストフェレス イルデブランド・ダルカンジェロ
マルグリート レイチェル・ウィリス=ソレンセン

《オテロ》全4幕 キース・ウォーナー演出

日時/会場
9月14日(土)15:00/神奈川県民ホール
9月16日(月・祝)15:00/神奈川県民ホール
9月21日(土)16:30/東京文化会館
9月23日(月・祝)16:30/東京文化会館

チケット
S 59,000円/A 52,000円/B 45,000円/C 37,000円/D 30,000円/E 23,000円/F 16,000円/U29シート 「横浜音祭り2019」特別料金 8,000円

出演
指揮 アントニオ・パッパーノ
オテロ グレゴリー・クンデ
デズデモナ フラチュヒ・バセンツ
ヤーゴ ジェラルド・フィンリー

取材・文
小田島久恵
取材・文
小田島久恵 音楽ライター

岩手県出身。地元の大学で美術を学び、23歳で上京。雑誌『ロッキング・オン』で2年間編集をつとめたあとフリーに。ロック、ポップス、演劇、映画、ミュージカル、ダンス、バレ...

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