イベント
2021.11.05
日曜ヴァイオリニストの“アートな”らくがき帳 File.29

和田誠のイラストが伝える音楽の楽しみ〜東京オペラシティアートギャラリー「和田誠展」

日曜ヴァイオリニストで、多摩美術大学教授を務めるラクガキストの小川敦生さんが、美術と音楽について思いを巡らし、“ラクガキ”に帰結する連載。第29回は2019年に亡くなった日本を代表するイラストレーター、グラフィックデザイナー、そして無類の音楽好きで知られた和田誠の展覧会。ラクガキスト小川さんは、会場の入り口から心を奪われたようです。

小川敦生
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

「和田誠展」会場入口(東京オペラシティアートギャラリー)

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

生涯に手がけた無数の作品には音楽に関わるものも多数!

日本を代表するイラストレーター、グラフィックデザイナーの和田誠さん(1936〜2019年)の生涯の仕事を顕彰した「和田誠展」が、東京オペラシティアートギャラリー(東京・初台)で開かれている。

筆者はまず会場入り口の看板を見て、心を鷲づかみにされた。何せ、猫がヴァイオリンを弾いているのだ。猫好きの和田さんを象徴するイラストだが、その猫がヴァイオリンを弾いているとなれば、日曜ヴァイオリニストを自称している筆者としては、もう展覧会全体にわくわくせざるをえない。同じように感じる音楽ファンは多いのではなかろうか。

「和田誠展」会場入口

和田さんと、シャンソン歌手で料理愛好家の平野レミさんが、おしどり夫婦だったことは、よく知られている。さぞかし、歌と絵と美味しい料理と楽しいおしゃべりに満ちた家庭だったのではないかと想像すること自体が、楽しくて仕方がない。

そもそも2人の馴れ初めについても、平野さんが歌っているのを和田さんがテレビで見たことがきっかけだった(AERA dot掲載の週刊朝日の記事による)というから、音楽は2人にとっては神さまのようなものだったのかもしれない。

和田さんの仕事は、映画や演劇のポスター、書籍の装丁、絵本の制作など、きわめて多様である。『週刊文春』の表紙にいたっては、40年間で実に2000号分を描いたという。そして、学生時代の作品を含む、約2800点を展示したこの展覧会の会場を回ると、そうした中に音楽に関わる表現あるいは内容の作品が、そこここに存在するのである。

「和田誠展」会場風景(東京オペラシティアートギャラリー)

見ているだけでうきうきする絵本や音楽ポスター

たとえば、『ぬすまれた月』という絵本の一コマには、三日月に弦を張ってハープに仕立てて演奏している人物が描かれている。ある男が月を盗んだことに端を発する幻想的な話だが、もしそんなハープが本当にあったら、美しい音がしないわけはないではないか。絵を見ながら場面場面の状況を思い起こすことができるのは絵本の醍醐味。大人か子どもかにかかわらず、見る者の想像力を喚起する素敵な1枚だと思う。

和田誠『ぬすまれた月』展示風景

会場入口のヴィジュアルにもなっていた猫のヴァイオリン演奏は、和田さんの定番の表現のようだ。小さな地球らしきものに乗っかったほかにも、チーズを食べるネズミの隣でヴァイオリンをリズミカルに奏でる猫などいくつかのバリエーションを見ることができた。

何よりも、楽しそうに弾いているのがいい。音楽は、プロアマにかかわらず、楽しみながら演奏するものだ。和田さんのイラストには、そんな思いがあふれている。

猫のヴァイオリン演奏のヴァリエーション 会場風景

往年の名シャンソン歌手・岸洋子のリサイタル、ヴェルディのオペラ《椿姫》、4人の男性コーラスグループとして名を馳せたデューク・エイセスや、マンドリンアンサンブルのポスターなど音楽関係のポスターも、和田さんはたくさん手がけていた。楽器、レコード盤、椅子、譜面台、マイクなど、イラストのモチーフが多様で、比べてみるのもまた楽しく、見ているとうきうきしてくる。

音楽関係のポスターの展示

「みんなのうた」でも取り上げられた作曲家としての和田誠

こうした中で、音楽との思わぬ関わりを知らしめるコーナーがあった。和田さんは、作曲をしていたのである。解説パネルには、「月給4万円の時17万円でピアノを購入し、幼馴染にピアノを習って作曲を始める」とあった。

中でも、『4人目の王さま』という曲は、1967年にNHKの「みんなのうた」で取り上げられていた。作詞は現在も詩人として著名な高橋睦郎、歌は『上を向いて歩こう』(『SUKIYAKI』という英語名で欧米でもヒットした)などで知られた坂本九。作曲家の八木正生が編曲し、映像のアニメを和田さん自身が手掛けている。「何という豪華な陣容!」と今見ると思うが、それが1960年代に実現していたことが実に感慨深い。

この展覧会の会場には、和田さんが作曲したいくつかの曲の楽譜も展示されていた。それらを見ると、非常に純朴な旋律の曲だったことがわかる。

専門の作曲家が手掛けるのとはまた違った、和田さんの人間性と個性があふれた仕事を見ることができる。音楽ファンにも実に楽しい展覧会である。

和田さんの作曲に関する展示から

今日のラクガキ

Gyoemon《ニャイオリン》
「日曜ヴァイオリニスト」を自称する本コラムの筆者は、和田さんの楽しいイラストの数々を見て激しく共感し、ついにニャイオリン(猫型ヴァイオリン)を演奏する境地に至りました(Gyoemonは筆者の雅号です)。
和田誠展
展覧会情報
和田誠展

会期: 2021年10月9日(土)〜12月19日(日)

会場: 東京オペラシティアートギャラリー(東京・初台)

詳しくはこちらから

小川敦生
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ