ターンテーブル奏者クリスチャン・マークレーが音をアートに!~体中がウキウキした話
日曜ヴァイオリニストで、多摩美術大学教授を務めるラクガキストの小川敦生さんが、美術と音楽について思いを巡らし、“ラクガキ”に帰結する連載。
第30回は、東京都現代美術館で開催中の、クリスチャン・マークレーの展覧会。コンセプチュアル・アートに影響を受けた初期作品から、日本のマンガから流用したオノマトペに着目する作品、現代社会に蔓延する不安を映し出した最新作を観て、小川さんは何を感じ取ったのでしょうか。
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...
音楽の記憶が呼び覚まされるビジュアル作品
アナログのレコード盤に絵を描いたり、4つの音楽映像を並べてコラージュのように映し出したり、クラシック音楽の男性指揮者のレコードジャケットを女性たちのパーツとつないでユーモアたっぷりの作品に仕立てたり……。東京都現代美術館で開催中の「クリスチャン・マークレー」展は、 音楽や音に端を発するさまざまなアート作品を展示した少々毛色の変わった企画展である。
最初にお断りしておくと、同展は、実際に会場で鳴り響いている音楽を鑑賞するような趣向のイベントではない。出品されているのは、あくまでもヴィジュアル系の作品だ。なのに、会場を巡ると、いい音楽に包まれているかのような感覚で、体中がウキウキしてきた。おそらく脳の中に潜んでいる音楽の記憶が呼び覚まされたのだろう。
クリスチャン・マークレー(1955年、米カリフォルニア州生まれ)はもともと、レコード盤とターンテーブルを楽器のように使う「ターンテーブル奏者」として知られたアーティストである。海外の実験音楽の分野で少々特異な存在感をもつ、そんな類のアーティストが、現代美術を顕彰する東京の美術館で大規模な個展を開くこと自体が興味深い。
クリスチャン・マークレーのトップトラック
「オノマトペ」が言語を超えて音符のように表現される
多様な展示内容の中で特に興味深かったのが、「オノマトペ」をテーマにした表現の数々だ。「オノマトペ」は「擬音語」「擬態語」などと翻訳される言葉だが、魅力的な語感を持っているからか、近年は日本語でもそのまま「オノマトペ」という言葉が使われることが多い。
「オノマトペ」をテーマにしたマークレーの作品としては、まず《マンガ・スクロール》を紹介したい。タイトルに「マンガ」という言葉があるのが気になるだろう。洋の東西を問わず、漫画は「オノマトペ」の宝庫である。日本の漫画の中でも、「ドキドキ」とか「パラパラ」とか「ドカン」とか「ビシビシ」などの例は、おそらく誰にでも見つけられるのではないだろうか。
マークレーは自身の「オノマトペ」との出合いについて、次のように語っている。
子どものころ『タンタンの冒険』(ベルギー出身の漫画家エルジェの作品。原作はフランス語)という漫画を読んでいてオノマトペが出てきたのを覚えており、10歳のときには私が自分で描いた絵でも使っていました。
日本の漫画を巡ってマークレーが驚いたのは、地下鉄の中で大人が読んでいることだった。そこで興味を持って日本の漫画を見ると、オノマトペがとても効果的に使われていることに気づいた。「西洋の漫画よりもさらに有機的に表現の中に飲み込まれるような形で書き込まれている。行為や音が絵と一体化して表現されていること自体を面白く感じた」という。
マークレーが作品で使っているのは、もちろん英語を中心とする「オノマトペ」だ。《マンガ・スクロール》では「オノマトペ」の文字だけをコラージュのようにつないでいる。「スクロール」は東洋の巻物の様式ゆえ、いくらでも長く「オノマトペ」が続けられる。漫画のようにストーリーがあるわけではなく「オノマトペ」だけが展開していく奇妙な状況なのに、なぜか引き込まれて、この展覧会では広げられた数メートルを見て歩く気持ちにもなった。そして、筆者には《マンガ・スクロール》が、「オノマトペ」に音符の役割を担わせた「楽譜」のように見えた。
1月16日には、この作品を楽譜にして、前衛音楽やフリージャズの演奏やパフォーマンスで知られる巻上公一氏が演奏するイベントが開催されるそうだ(ただし、申し込み受付は終了しているとのこと)。
マークレーは、漫画のコマを抽出し、さらに切り貼りしたようなパネル型の作品でも、多くの「オノマトペ」を登場させている。興味深いのは、「オノマトペ」は言葉なのに、さまざまに変形することで、動きのある絵のようなヴィジュアルモチーフと化している点だ。何しろ、すごい迫力である。
「オノマトペ」でできた顔の作品もある。それはひょっとすると、「オノマトペ」の本質を捉えた表現なのではないかとも思う。人間の顔は、時と場合によってさまざまな表情を作る。同じ泣く場合でも、「しくしく」泣くのと「ぎゃあぎゃあ」泣くのとでは、空気がまったく違う。「すいすい」泳ぐのと「ばちゃばちゃ」泳ぐのも違う。「オノマトペ」は、それぞれの空気を巧みに演出する。
マークレーが使っている「オノマトペ」は英語だが、空気はしっかり伝わってくる。たとえば《フェイス(恐れ)》という作品では、「CRASSH」「SKREEEEEEEE!」「WHAM」などの言葉が使われている。マークレーは「言語の翻訳では正確性が求められるが、音楽やアートは自分を表現しやすい」という。《フェイス(恐れ)》においても、描かれた人物はとんでもない状況に陥っているということが、まるで音楽のように言葉の壁を超えて感じられる。
「オノマトペ」は、おそらくマークレーにとっては言語というよりも、音楽における音符の連なり、あるいは、アートのモチーフなのだろう。
「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」展示風景
今日のラクガキ
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