両国の横網町公園で感じる、すみだトリフォニーホールが平和祈念コンサートを毎年3月に催す理由。
音楽で平和への願いを育んでいるのが「すみだ平和祈念音楽祭」。東京大空襲のあった3月に毎年墨田区のホールが公演を行なう理由は、すみだトリフォニーホールの近くにある慰霊の場で見ることができる。音楽ジャーナリスト林田直樹さんが現地レポートした。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
墨田区の歴史を知る
この東京に暮らし、働く者すべてが、一度は見ておかなければならない場所——それが、両国駅から北側に歩いてすぐの、都立横網町公園である。
隣の錦糸町駅の北側にある、すみだトリフォニーホールからも比較的近い場所だ。
ここには、関東大震災と東京大空襲の記憶を生々しくとどめる東京都慰霊堂と復興記念館がある。
1923年(大正12年)9月1日、関東大震災の死者、約5万8千人。
1945年(昭和20年)3月10日、東京大空襲の死者、約10万5千人。
その人たちの遺骨が、この公園の中にある東京都慰霊堂には納められている。
1930年(昭和5年)建築の、伊藤忠太設計によるこの慰霊堂は、仏教寺院風でもあり、内装はキリスト教の礼拝堂のような雰囲気も持っている。ここは、特定の宗教や宗派に決して片寄らない、あらゆる人々のための祈りの場所なのだ。
現在の墨田区は、東京を襲ったどちらの被害においても、もっとも犠牲者の多かった地域であり、甚大な犠牲を被ったのが、陸軍被服廠跡の広大な空き地に避難していた人々であった。
その痕跡をとどめる場所が、現在の都立横網町公園である。いまでは、昼下がりになると子ども連れの母親が散歩にも訪れる、のんびりした静かなところだ。
画家の竹久夢二(1884-1934)は、関東大震災の直後に都新聞(のちの東京新聞)に寄稿した「東京災難書信」で、こう書いている。
災害の翌日に見た被服廠は実に死体の海だった。戦争のために戦場で死んだ人たちは、おそらくこれほど悲惨ではあるまい。ついさっきまで生活していた者が、何のためでもなく、死ぬいわれもなく死んでゆくのだ。死にたくない、どうかして生きたいと、もがき苦しんだ形がそのままに、苦患の波が、ひしめき重なっているのだ。
※出典:「竹久夢二 東京災難書信」(竹久みなみ監修、株式会社港屋)より
今回、取材のために都立横網町公園を訪れ、東京都慰霊堂と復興記念館を見学して、それまでの豊かな暮らしと、恐怖と苦痛をしのばせる遺品の数々を目の当たりにして、慟哭するような気持ちを味わい、もっと早くこの場所に来なかったことを強く後悔した。そして来てよかったとつくづく思った。
これを、自分が生まれる前の過去の出来事として、私たちは忘れてしまっていいものだろうか?
もちろん、そうであってはならない。
なぜなら、平和を願う声がなければ戦争は起きてしまうかもしれないし、自然災害は、いつか必ず、再びやってくるから。
記録の中には、いまに生かせる教訓もたくさんあるのだ。
上:すみだトリフォニーホールのプロデューサー、上野喜浩さんは、この地を何度も訪れ、平和への思いを深めているという。
音楽がもたらす未来への思いとは
すみだトリフォニーホールが、毎年3月上旬になると平和を祈念するコンサートを必ず行なう理由は、東京を襲った二度の大災害で最大の犠牲を出した地域でもある墨田区を代表するホールとして、「記憶をとどめる」ことが、大切な使命だからである。音楽そのものが、平和を前提とした人間らしさの象徴だからである。
2011年以降は、3月11日の東日本大震災を「忘れない」ということも、その趣旨に加わった。
いまや、すみだトリフォニーホールにとって「すみだ平和祈念音楽祭」は、1年間のうちでもっとも重要な、未来に必ず残していかなければいけない主催事業として、位置づけられている。
2019年3月上旬の「すみだ平和祈念音楽祭」のプログラム概要をご覧いただくと、それは決して悲しみに沈み、祈りを捧げるばかりでなく、むしろ未来に向かって、過去の記憶を生かそうという前向きな意図を秘めていることがおわかりいただけるだろう。
上岡敏之指揮、新日本フィルのドヴォルザーク《新世界より》、ダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラのブルックナー《ロマンティック》、いずれもが、肯定的な響きをもつメイン・プロである。
上:マーラー・チェンバー・オーケストラ。©Molina Visuals
そして、ポスト・クラシカルの最前線がいよいよ全貌を現わす「マックス・リヒター・プロジェクト」。1966年ドイツ生まれ、英国育ちの作曲家・アレンジャーのリヒターは、従来のクラシック音楽にはとどまらない、いまもっともボーダーレスな、そして現代社会の不安や環境問題などについて鋭敏な意識で知られる話題の人だ。
その作品のいずれもがヨーロッパでは大ヒットとなっており、たとえば今回演奏される「ブルー・ノートブック」は、Spotifyで9,100万回以上再生されているほど。
今回は、リヒターに音楽的に共鳴する盟友ともいえるヴァイオリニストのダニエル・ホープと、指揮者クリスチャン・ヤルヴィが参加し、日本で初めてライヴでリヒターの音楽がまとまって体験できる貴重な機会でもある。
ちなみに、東京都慰霊堂では、毎年、東京大空襲の3月10日と、関東大震災の9月1日には、遭難者慰霊大法要が執り行なわれる。誰でも参加できるものなので、すみだトリフォニーホールのコンサートと合わせて、ぜひ注目しておきたい。
その時期でなくとも、もしすみだトリフォニーホールのコンサートに行く機会があったら、少し早めに出かけて、都立横網町公園に立ち寄ってみることをお勧めする。
コンサートの風景が、少しだけ違って見えてくるかもしれない。
会場 すみだトリフォニーホール 大ホール
ダニエル・ホープ&新日本フィルハーモニー交響楽団
リコンポーズド《四季》
〜300年の時を経て、巡る2つの《四季》〜
日時 2019年3月2日(土)15:00開演
曲目
マックス・リヒター:リコンポーズド・バイ・マックス・リヒター~ヴィヴァルディ《四季》
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集《四季》
出演 ダニエル・ホープ(ヴァイオリン、指揮)、新日本フィルハーモニー交響楽団
料金 S席7,000円/A席6,000円/B席5,000円
公式ページはこちら
クリスチャン・ヤルヴィ サウンド・エクスペリエンス2019
《メモリーハウス》
〜美と悲しみを奏でるオーケストラ曲、日本初演!〜
日時 2019年3月5日(火)19:00開演
曲目
R.シュトラウス:交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》作品30
リヒター:メモリーハウス(日本初演)
出演
クリスチャン・ヤルヴィ(指揮)
マックス・リヒター(ピアノ、エレクトロニクス)
マリ・サムエルセン(ヴァイオリン)
グレイス・デヴィッドソン(ソプラノ)
新日本フィルハーモニー交響楽団
料金 S席7,500円/A席6,500円/B席5,500円
公式ページはこちら
マックス・リヒター
《ブルー・ノートブック》《インフラ》
〜暴力への抗議や都会の中の孤独を、リヒター自身の演奏と弦楽五重奏で描く〜
日時 2019年3月9日(土)18:00開演
曲目
リヒター:ブルー・ノートブック
リヒター:インフラ ※アジア初演
出演
マックス・リヒター(ピアノ、エレクトロニクス)
アメリカン・コンテンポラリー・ミュージック・アンサンブル
料金 S席7,000円/A席6,000円/B席5,000円
公式ページはこちら
上岡敏之&新日本フィルハーモニー交響楽団
〜《新世界より》に込められた平和な未来〜
日時 2019年3月11日(月)19:00開演
曲目
コダーイ:ガランタ舞曲
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 作品26
ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 作品95《新世界より》
出演
上岡敏之(指揮)
吉見友貴(ピアノ)
新日本フィルハーモニー交響楽団
料金 S席7,000円/A席6,000円/B席5,000円
公式ページはこちら
ハーディング&マーラー・チェンバー・オーケストラ
〜2011年からはや8年、ハーディングとともに祈る平和〜
日時 2019年3月13日(水)19:00開演
曲目
エルガー:ニムロッド~変奏曲「エニグマ」作品36より第9変奏
シューベルト:交響曲第3番 ニ長調 D.200
ブルックナー:交響曲第4番 変ホ長調 WAB.104「ロマンティック」
出演
ダニエル・ハーディング(指揮)
マーラー・チェンバー・オーケストラ
料金 S席15,000円/A席12,000円/B席9,000円
公式ページはこちら
問い合わせ先 トリフォニーホールチケットセンター Tel.03-5608-1212
下記の3公演同時購入で15%引き(S席のみ)。
- 3月11日新日本フィルハーモニー交響楽団
- 3月13日マーラー・チェンバー・オーケストラ
- 6月30日ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団
※トリフォニーホールチケットセンター(Tel.03-5608-1212および店頭)のみの取り扱い
新日本フィルのメンバー、広島交響楽団のメンバーによる無料コンサート。
日時 2019年3月8日(金)12:00開演
会場 墨田区役所1階アトリウム
日時 2019年3月8日(金)12:00〜13:20
会場 すみだトリフォニーホール 大ホール
料金 無料(墨田区民およびチケット購入者)
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