イベント
2022.02.01
必聴!2022年3月2日 武満徹 弧[アーク]公演前勉強会

武満徹の音楽を、次代をリードするカーチュン・ウォンと一緒に学ぼう

作曲家・武満徹の音楽を、ぜひとも聴き逃したくないチャンスが迫っている。3月2日に東京オペラシティコンサートホールでおこなわれる、《弧(アーク)》を中心としたコンサートだ。若き武満の意欲みなぎる全6楽章による大規模な本作に挑むのが、シンガポール出身の気鋭の若手指揮者カーチュン・ウォン。武満を直接知らない新世代の音楽家である彼を、武満徹の素顔を知る愛娘・武満真樹、武満徹研究者・小野光子とともに囲みながら、武満作品の核心とは何かについて、さまざまな角度から語り合った。

司会・構成
林田直樹
司会・構成
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

座談会:(写真左から)林田直樹(音楽ジャーナリスト・評論家)、カーチュン・ウォン(指揮者)、武満真樹(音楽プロデューサー)、小野光子(音楽学者、武満研究)

撮影:各務あゆみ

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若き武満徹の創造の結実《弧(アーク)》

林田 武満さんが1996年に亡くなられてから25年が経ちましたけれども、生前の武満さんを知らない若い人たちが聴衆の多くを占めていますし、カーチュンさんを含めて次世代の人たちに武満さんの音楽がどう受け継がれていくのか、その発見のプロセスを共有できたら、というのが今回のねらいです。

古い日本の庭園から着想されたという《弧(アーク)》について、カーチュンさんはスコアをご覧になってどういう印象を受けられましたか?

カーチュン・ウォン とにかくスコアがとても大きかったです(笑)。

私が人生で最初に指揮をしたのは2007年でした。武満さんの音楽と出会ったのもそのときでした。当時私はトランペットを専攻していてワイマールで名誉あるマスタークラスを受講しようとしたのですが、1次で落選してしまいました。時間があったので見学だけと思って指揮クラスをのぞいてみたところ、ギュンター・ヘルヴィヒ先生にすすめられてそのクラスに入ってしまったのです。前もって勉強していたわけでもなく、何も知らずにオーケストラを相手に指揮することになりました。

そこで、武満さんの《弦楽のためのレクイエム》に衝撃を受けました。どこかアジア的でありながらアジア的でない。その不思議なバランスを持った——それが武満さんの魅力でもあると思うのですが——その音色にみる絶妙なバランス感覚に惹かれました。

《弧 (アーク)》のスコアを広げるカーチュン・ウォン(指揮者)
シンガポール出身。クルト・マズアの愛弟子であり、2016年グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールで優勝し、一躍世界の注目を集めた。人を突き動かし向上させる音楽の力に強い信念を抱く、新進気鋭の若手指揮者。ニュルンベルク交響楽団首席指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団首席客演指揮者。

林田 《弧(アーク)》は武満さんの作品としては、かなり規模の大きなほうに属しますね?

小野 時間的にはそれほど長いわけではないのですが、編成が大きくて大変な曲だと思います。ヨーロッパの前衛とアメリカの前衛を合わせて、独自の創造を結実させた力作です。

林田 ひりひりするような緊張感と厳しさがある一方で、ゆったりとため息をつくような呼吸の感じもあって、武満さんらしい素晴らしい曲ですね。オリヴァー・ナッセンが指揮しているもの(1998年)、沼尻竜典さんが指揮しているもの(2000年)、岩城宏之さんと若杉弘さんが指揮しているもの(1966年)の3種類の録音を聴いてみると、印象が全然違うのですよね。どれも長さという以上に、曲の規模や武満さんがこの曲に傾けたエネルギーの大きさを感じます。3つの中では、一番古い岩城さんと若杉さんの演奏が、ある意味もっとも戦闘的な印象でした。

小野 そこには「時代」という理由もあるのではないでしょうか。例えば、60年に武満さんは「若い日本の会」を作って安保闘争に参加しています。日本の将来を案じていたところもあるでしょうし、その時代背景を考えると、武満さん自身が不良少年の雰囲気を帯びていたのが、50年代60年代なのではないかと思います。そんな戦後の空気を知っている演奏家たちだから、それは共通の感覚だったのでしょう。

武満 当時は、岩城さんや若杉さんといった指揮者に限らず、映画作家にしても美術家にしても小説家にしても、日本の将来に対する自分たちのストレスを、何らかの形で発揮しようとした「時代」だったと思います。

ただ、徹さんの場合は作曲家なので、常に持っている歌、音楽というものは、それほど変わらなかった。オリヴァー・ナッセンが理解している武満徹さんはユーモアのセンスがあって面白くて平和が好きでオリヴァーさんと一緒に楽しくやっている人……徹さんの人柄も音楽も彼はそう理解していたことでしょう。それだけ変容ができる音楽であり、根っこにあるものは同じだったと思います。

武満真樹(音楽プロデューサー)
父・武満徹の日常に秘められた人間味あふれるエピソードを楽しく語りながら、武満音楽の核にある人間愛をやさしく紐解いてくれた。
小野光子(音楽学者、武満研究)
武満音楽の人間に対する信頼に救われたと語る、武満徹研究の第一人者。著書に「武満徹 ある作曲家の肖像」(音楽之友社・刊)がある。

武満徹の歌心

小野 《弧(アーク)》の場合、とても前衛的な響きなのに「espressivo」という表現がところどころ出てきて、歌いたいのを抑えているような……そういうところは変わらない歌心だと感じます。そういえば、私はサントリーホールの小ホール(当時)の休憩時間に武満さんの口笛を聞いたことがあって。

カーチュン・ウォン 休憩時間の粋なパフォーマンスですね。

武満 口笛を吹いていたし、いつもポケットにハーモニカを入れていました。ブルースハープ(ハーモニカの一種)を持っていて、わーっと吹き始めたりしていましたよ、ジャズとかディキシーとか。お風呂でもよく歌っていたし、道を歩きながらも歌っていたし。向こうから大きい声で歌っている親子がいると思ったら武満さんと真樹さんでした、と言われることもありました。

ちゃんとした音楽教育を受けていなくて、ピアノもすごくうまかったわけでもない。それでも、作曲するときにピアノを使いながら歌っていて。まるで機織りの人が少しずつ糸を紡いでいくように、一音一音探っているのがわかるのです。

林田 2021年夏にドイツ・グラモフォンから1982年に札幌でコンサートが行われたときに武満さんがレクチャーした録音がリリースされましたけれども、最後の質疑で「これからの前衛作曲家の方は、メロディを歌わないようになるんですか?」というお客さんからの問いに、「いえ。僕の音楽は旋律だらけだと思っています。こんなに美しい旋律を書く作曲家はそんなにいないだろうと自分では自負しています」と答えていたのが印象的でした。

『1982 武満徹世界初演曲集』オフィシャル・トレイラー(ユニバーサルミュージック公式動画)

カーチュン・ウォン 《弦楽のためのレクイエム》や《地平線のドーリア》を見ると、庭を進んでいくような感覚を覚えます。それでいながら鋭く切り立った要素も持ち合わせている。口笛の話など、すべての点がつながって線になって、今とても納得がいきました。

武満さんの曲は、ドビュッシーやメシアンのように、その独特の色彩感が主に弦楽オーケストラによって再現されますね。しかし、それはフランス的でも日本的でもなく、「武満」という特別な彼独自のカテゴリーを構築しているのではないかと感じます。その核の部分には必ず美がある。武満さん自身が描いた絵画の色彩感覚の鋭さや美しさを見たときに、彼は視覚的なものを音の世界に見事に置き換えていると感じました。

視覚的なものを音の世界に見事に置き換えた、武満徹の美しい楽譜を前に語らう。

人間への尽きせぬ興味と肯定感

林田 たとえば《閉じた眼》というピアノ曲にあらわれているように、画家ルドンの絵を見たことが武満さんの音楽にいろいろ作用したのではないかと思うのですが、真樹さんはルドンのことはお父さまと話されましたか?

武満 特にルドンに関して話した記憶はありませんが、絵の話はよくしていました。本当は絵描きになりたかったし、映画も作りたかったし……最終的に音楽家になりましたが、表現の方法は他でもよかったのかもしれません。音楽だけを切り離しては考えられない。むしろ彼は音楽家より美術家、小説家、映画作家から自分の音楽のインスピレーションを受けていたと思いますね。

小野 《弧(アーク)》を作曲している時期に、実験工房の仲間でもあった画家・福島秀子さんが、「弧」という絵の作品を描いていてシリーズ化しています。福島さんは「弧」についての文章も書いていて、その頃に共通のインスピレーションを受けているということは大いにあると思います。日本に限らず、たとえば20世紀アメリカの抽象表現主義の画家ジャスパー・ジョーンズやサム・フランシスからも影響を受けて曲を書いていますし。

武満 最後に書き終えられなかった作品も《Como la sculpture de Miloミロの彫刻のように》というタイトルでした。美術館によく足を運んでいたので、絵から影響を受けていたものは多いように思いますし、小説もそうです。ジェームス・ジョイスからインスピレーションを受けたり……。

自然が好きというイメージを持たれていますが、それだけでなく、人間が作ったものにすごく興味がありました。自然が美しいと思うのと同じくらい、人間が作った芸術や物が好きで……要は人間に興味があったということだと思います。

小野 肯定感があるのですよね、武満さんの曲には。人間に対する信頼、私はそこが武満さんの音楽に救われたところです。《弧(アーク)》にしても、最後にきれいな旋律が出てきて、肯定感があるのです。真樹さんがおっしゃった、人間が好きなのではないかというところと関連しているのではないでしょうか。

永遠の循環のなかに生きる武満徹の世界観

林田 「弧」は、虹のようにアーチを架けるのかもしれませんし、何かを結びつけるのかもしれませんし、曲線のイメージもあるのかもしれませんけれども、《弧(アーク)》についてもう少し説明していただけますか?

小野 武満さんの曲は、循環しているイメージがどの曲にもあります。メロディや全体の構成が循環していること自体が、死と再生とか、天から雨として降って川から海に流れていく水とか、そういう宇宙の循環を表したイメージと関わりがあるのです。この曲に限らず武満さんは、一番最初に手掛けた《リング》という図形楽譜も環で、丸いものに関心があるのかなと思います。

武満 言い換えると、はじめと終わりがないということ。そういう人でしたよ、いつ来たかわからない、あれ?帰っていたんだ、あれ?いないねとか。亡くなってからもそんな感じです。

私にもよく言っていたのは、あなたはたまたまうちに来たと。はじまりと終わりがないという感じは常にあって、私もそういうふうに育ちましたね。だから、あまり生まれたとか死ぬとかという感覚がないのです。この時間にここにいて、血縁とかではなくつながっている。空気も海も音もきっとそうなんだろうなって。

西洋でもなく東洋でもない、新しい歌を目指して

林田 先程カーチュンさんが「アジア的なようでいてアジア的でない」とおっしゃっていましたね。面白くて鋭い印象の持ち方だなと思ったのですが。

カーチュン・ウォン 大事な視点だと思っています。私自身アジア出身の指揮者なのですが、アジアの指揮者とは何なのでしょうか。世間では、例えばロシアの指揮者はラフマニノフやストラヴィンスキーを指揮して、フランス系の指揮者はドビュッシーを指揮する、というようなキャラクターづけをして枠にはめたがる傾向があると思うのです。

その一方で、武満さんの音楽は、最初の頃は日本的なものを積極的に入れるということはしていない。《ノヴェンバー・ステップス》などでそういったものも少し取り入れたけれども、だからと言って日本一辺倒になっていくわけではない。そこに至る経緯は知りたいところです。

武満 《ノヴェンバー・ステップス》も、日本の楽器で書かないかと言われて最初は断ったのですが、できないんだろうというようなことを言われて、「じゃあ、やってやろうか」と。西と東を融合した作品と言われる方もいますが、西と東は違うのだということを表したかったというのが彼の思いなのです。《ノヴェンバー・ステップス》は、琵琶の鶴田錦史さんや尺八の横山勝也さんと出会ってその楽器に惚れたところはあるのですが、《ノヴェンバー・ステップス》はもう演奏されなくていいと本人はよく言っていました。オリジナルの演奏をした鶴田さんと横山さんと指揮の小澤征爾さんとよく話し合って合宿のようにして作り上げたものだったので、作曲家の仕事というよりはある意味プロデューサー的な仕事でした。

林田 よく覚えているのは、1990年頃サントリーホールの小ホール(当時)でおこなわれた武満徹さんを囲むシンポジウムでのこと。とても面白かったのですが、そこで音楽評論家の秋山邦晴さんが武満さんを《ノヴェンバー・ステップス》に基づく西洋に対する東洋、という視点でものの見事に鋭く定義してみせたのです。その場で拍手が起きたほどでした。けれどもそのとき、武満さんはそれを否定しました。「そんなことより、自分はブラームスに憧れていて、ブラームスのようでありたい」とおっしゃった。「なぜなら自分はメロディを書きたいのだけれども、ブラームスのクラリネット・ソナタのように、ひとつの長い旋律の中に、時間の経過やドラマや感情の起伏などいろいろなものがすべて封じ込められている、ああいう常套的でない、そして現代人にしか歌えないような新しい歌を歌いたいんだ。お手本になるのはブラームスだ」と。

次世代演奏家を受け入れ、生まれ変わり変容し続ける《弧(アーク)》

カーチュン・ウォン 今のお話を聞くと、彼の音楽における「espressivo」についても考えさせられます。単なる音の質のことを指すというよりは、もっとエモーショナルな、微妙な要素が入ってくるのかもしれませんね。

小野 晩年の作品のなかで「calm and ecstatic」(=穏やかに、興奮して)とあって、ある出版社からその2語を一緒に書くのはおかしいと言われて、武満さんはどちらかひとつしか選ばなければならないのならば現実問題として「calm」に演奏してほしいから「calm」だけ残した、ということがありました。

カーチュン・ウォン 「calm」だと反対の印象ですね。

小野 それが混じり合っているのが、武満さんの表現なのです。

武満 小澤征爾さんはこんなことをよく仰っていました。「武満さんの曲は音だけをみているとモノクロなところがあるけれども、そこにエモーショナルなもの、特にエロティックなものを持ってくると音楽が生きる。武満さんの音楽を水墨画のようだと言って指揮する人がいるけれどそれは大きな間違いで、彼の音楽は水墨画のように指揮してしまったらつまらない音楽だ。エロティックなものを入れるからこそ音楽が面白くなるんだよ。みんなに言わないとだめだよ」と。

小野 やっぱり人間そのものへの興味、愛情が根底にある方なんだと思います。武満さんの関心は演奏家の個性にも向けられていました。ニューヨークでデューク・エリントン楽団を聴いたとき、その魅力に気づいたという文章を武満さんは書かれています。エリントンは演奏家の個性を生かして、それをサウンドにして、それが合わさっていい音色を醸し出している。演奏家その人がもっている音色ってありますよね?

林田 つまり、演奏家を当て書きしているということですよね。

小野 武満さんはそこのところをすごくよくわかっていたと思うのです。実際に、武満さんもたとえばクラリネット奏者のリチャード・ストルツマンのために彼はこういう表現するからというのを頭の中で描きながら作曲されたりしました。その人の音色というものも武満さんにとって大事なのだと思うのです。

林田 武満さんが、ギタリストだったらこの人、クラリネットだったらこの人……とイメージしながら作曲するタイプの人だったとすれば、そういった演奏家たちが次の世代に代わってきてしまっている今、どういう演奏が可能なのかというところが大きなテーマになりますね。

武満 今の若いクラシック演奏家はいろいろな音楽を聴くようになってきましたし、徹さんが持っているちょっとジャジーな部分とか、リズムの感覚を持っていますから、今もし徹さんが戻ってきて聴いたら、若い人たちの演奏をすごく喜ぶと思います。そこがデューク・エリントンのビッグバンド・ジャズと違うところで、徹さんの多くの音楽は新しい世代の演奏家によって、生まれ変わり変容することができるのです。そこがやっぱり作曲家の仕事なのだとも思います。

カーチュン・ウォン これまでのお話をうかがって、武満さんが寛容で縛りを持たず、人間に対する興味が尽きない素晴らしい方だったということがよくわかりました。だからこそ、彼の音楽の中に変容を聴くことができるのだと思います。その見事な例が、これまでの《弧(アーク)》の録音の中にひとつとして同じものがないことなのでしょう。

今回、武満さんの曲を指揮するのはとても楽しみです。私は熟知した作品でないと聴衆を前に演奏したくないのです。一音たりとも自分の中でわかっていないものがある状態では決して聴衆の前では指揮をしたくないので、3月のコンサートに向けて、今日は真樹さんや小野さんにお目にかかれるのをとても楽しみにしてきました。作曲家のご家族とその作曲家の作品の研究をする専門家の両方の方と、自由にお話しできる機会はめったにありません。こういう贅沢な時間をいただけて本当によかったです。

私は、今回このプロジェクトに携われることに本当に心が動かされています。それは何よりも武満さんの音楽の大ファンだからです。これまでもずっと武満さんのより多くの作品を演奏したいと思っていたのですが、なかなかそこに踏み込んでいく勇気を持つことができませんでした。とても難しく、大きな挑戦になるからです。特に今回、彼の大作に挑むことになりますが、私は彼の作品の専門知識がないのでこの機会に一から学んで、オーケストラからも楽譜からもあらゆるところから学んで、ほんの少しでも彼の精神を継承することができたら、と思っています。

この演奏会は、このプロジェクトの終わりではなく、私にとってのはじまりだと思っています。今日はここに指揮者としてではなく、ひとりの武満の音楽を学ぶ者として参加させていただきました。

取材を終えて

ある時代が生んだ最良の音楽を、次の世代へと継承していくこと。作曲家の遺族や研究者ができる限りサポートして、若い演奏家に勇気を与えること。これほど大切なことがあるだろうか。

今回の座談会は、そんな継承のきっかけとなる意義深いものだった。

カーチュン・ウォンは、2016年グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールに優勝して以来、ヨーロッパ各地で活躍を広げている期待の新星である。2017年の武満徹作曲賞本選演奏会を指揮した際には、審査員を務めたハインツ・ホリガーから厚い信頼を得たことが、今回のプロジェクトにもつながったのだという。

3月2日の《弧(アーク)》のコンサートには、この曲の演奏経験もあり、武満徹とも親しかったピアニスト高橋アキも参加する。アキさんの演奏するあのしなやかなピアノの音が、どのようにオーケストラと響き合うのかも楽しみである。

林田直樹

公演情報
武満徹 弧[アーク]

日時:2022年3月2日(水)19時開演

会場:東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

プログラム:

武満徹/

地平線のドーリア

弦楽のためのレクイエム

ア・ウェイ・ア・ローンⅡ

弧(アーク)

出演:

カーチュン・ウォン(指揮)

高橋アキ(ピアノ)

東京フィルハーモニー交響楽団

料金:全席指定・税込 S4,000円 A3,000円 学生1,000円

詳しくはこちら

司会・構成
林田直樹
司会・構成
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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