ジャズピアニスト・スガダイロー×名曲喫茶ライオン

音楽と再び出会える場所へ。スガダイロー、人生初の「名曲喫茶」を体験

インタビュー
2018.04.08

音楽との出会いはインターネットやコンサートだけではない。日本中に、音楽と結びついた場所はたくさんある。戦前戦後に流行した「名曲喫茶」も、そんなスペースのひとつだ。

その名店を訪ねたのはジャズピアニストのスガダイロー。破天荒さと力強さを備えた演奏で知られる彼が、名曲喫茶に足を踏み入れるのは今日が初めて。「暦」をテーマにした新譜『季節はただ流れて行く』を携えての全国ツアーを控えたスガは、新たな音楽との出会いに何を感じるだろうか?

お話をうかがった人
スガダイロー ピアニスト/作曲家
スガダイロー
お話をうかがった人
スガダイロー ピアニスト/作曲家
1974年生まれ。神奈川県鎌倉育ち。洗足学園ジャズコースで山下洋輔に師事、同校卒業後米バークリー音楽大学に留学。Jason Moran、向井秀徳、中村達也、U-zha...
聞き手・文
島貫泰介 美術ライター/編集者
島貫泰介
聞き手・文
島貫泰介 美術ライター/編集者
1980年生まれ。京都と東京を拠点に、美術、演劇、ポップカルチャーにかかわる執筆やインタビュー、編集を行なう。主な仕事に『美術手帖 特集:言葉の力。』(2018年3月...

渋谷にひっそりと息づく、クラシック音楽ファンの聖地

東京・渋谷。ホテルや飲み屋がひしめく猥雑な街の一角に、周囲とはまるで違った雰囲気の建物が建っている。重厚な石造りの外観はヨーロッパ風と言えなくもないが、特定の時代や建築様式にカテゴライズされることをやんわりと拒む、独特な個性も兼ね備えている。じつはここ、クラシック音楽やオーディオを愛する音楽ファンにとって聖地のような場所だ。

 

名曲喫茶ライオン。大量の貴重なレコード、CD、さらには30〜40代にとってはかなり懐かしいMD(90年代に流行した光学ディスクのこと)まで、膨大なクラシック音楽の音源を揃え、黎明期のパイオニア社に特注したという巨大なスピーカーでそれらを流す。

 

来店客は1杯550円のコーヒーなどを注文し、ただ静かに音を楽しみ、まどろむ。ほとんどの席がスピーカーとオーディオ卓を向いて配置されている、まるで劇場のようなこの場所は、かつて「音楽が神聖だった時代」をいまに伝える。

スガ:このあたりは、自分の演奏やクラブで遊ぶときによく通りかかるんです。だからこの建物の存在も知ってはいたんですけど、この外観じゃないですか。敷居が高く感じて、飛び込む勇気がなかったんですよ。でも、今日は入る機会をもらえてよかった。外もすごいけど、中もすごい。音楽の教会みたいです。

 

創業1926年(昭和元年)に名曲喫茶ライオンを開店し、終戦をはさんで50年に現在のかたちに再建した初代オーナー山寺弥之助は、会津生まれの風流人だった。コーヒー修行で単身ロンドンへ。新種の鯉の交配を究めるために中国の奥地へ。そんな型破りな人生を駆け抜けた山寺が、こだわり抜いてつくったのが、このライオンだ。

店の内装・外装のすべてを自らデザインし、信頼できる大工の棟梁と共に腕をふるった。現在は地上の2フロアだけを店舗にしているが、最盛期には3階と地下1階にも客席を置き、店の向かいにスタンド形式のバーと女給たちの寮をつくったというから、その旺盛なバイタリティーを鮮烈に想像できるだろう。そんな店の来歴に驚嘆しながら、スガは音楽との出会いを振り返りはじめた。

「教会みたい」とスガに表現された内装。2階まで吹き抜けになっている正面には、巨大スピーカーがそびえ立つ
店内に足を踏み入れると、渋谷の喧騒を忘れさせる空間が広がる
第二次大戦による焼失前のお店(現在の建物は1951年に再建)。戦時中に西洋の音楽を流していたため、国からの注意を受けることもあったという
昭和から時が止まったような店内
初代オーナーが情熱を傾けた鯉。その名残りを2Fから確認できる
オーディオ卓の前にはレコード、CD、MDなど、たくさんのコレクションが陳列されている
店名のライオンをモチーフにした木彫りは初代店主の手作り

スガ:高校生ではじめてジャズ喫茶に行ったのを思い出します。僕は中学ぐらいからジャズを聴き始めたんですけど、CDって1枚3,000円もするから子どもの小遣いじゃなかなか買えない。でも、ジャズ喫茶でリクエストすれば、聴いたことのない演奏に触れることができたんです。

すごく大人な雰囲気の空間だったから、最初に足を踏み入れたときはひとりでは怖くて友だちを誘って行ったし、はじめてリクエストしたときもめちゃくちゃ緊張した(苦笑)。その後は、あっという間に週2〜3回ぐらいの頻度で通うようになりましたけど。最初にリクエストしたのは、たしかエリック・ドルフィーだったかな?(プレイリスト

 

クラシックからジャズ、そして新たな音楽の境地へ

スガの音楽遍歴はなかなかにハードコアだ。親に買ってもらったはじめてのレコードが『スター・ウォーズ』。自分のお金で買った1枚目は『E.T.』のサウンドトラックだったというから、両作を担当した作曲家ジョン・ウィリアムズから受けた影響は小さくないのではないだろうか。

 

子どもっぽく感じたアイドルのポップスや歌謡曲からは早々に卒業し、やがて興味はクラシックへ。小学校では映画『アマデウス』の主人公であるモーツァルトに傾倒するも、「音がうるさい!」という理由ですぐにバッハに転向。叙情性や感情を抑制したバッハの構造美は、現在の自身の音楽性にも明確に反映されているという。

スガ:ジャズに入ったきっかけもバッハの『平均律クラヴィーア曲集』だったんですよ。ジョン・ルイスというピアニストがいるんですが、彼は好んでバッハを演奏する人で、その演奏が本当に衝撃的だった。クラシックの人からは確実に怒られちゃうようなヒドい弾き方なんだけど、その尖り方に興奮しました。そこから、本格的にジャズに目覚めたんです。(プレイリスト

 

そうやってジャズピアニストとしての人生を歩み始めたスガ。これまで数々の作品を発表してきたが、2018年7月に全国発売(2018年4月現在はライブ会場、ベルベットサンオンラインストア配信販売のみ)する『季節はただ流れて行く』は、これまでとは少し違う意識でつくったという。キーワードは「暦(こよみ)」。4月から3月までを象徴する12曲と、13曲目の『海は見ていた』で構成されている。

スガ:もともとのアイデアは、毎月献立が変わる懐石料理。季節によって演奏する曲も変わっていったら面白いだろうなって。最近よく考えるんですけど、僕がこれからの人生で春や夏を体験することができるのはきっと50回くらいしかないんですよね。50年後はずっと先のようにも思えるけど、時間はあっという間に過ぎ去っていくものだから……。

それと、子どもが生まれたことも自分的には大きな変化で、最初はおしめを替えるのもすごく嫌だったんだけど、それができるのも今だけなんだと気づくと、一つひとつの瞬間がすごく大事になってくる。そういう目線で1年と向き合おうと思ってつくったのが、このアルバムなんです。(プレイリスト

 

名器スタインウェイ・フルコンサート・ピアノを使用して録音された全13曲を言葉にたとえるなら、雄弁でもなければ多弁でもない素朴さをもっている。スガの言う「一期一会」を思わせる慎重な運指から発せられた音を、やはりある慎重さをもって耳が受け止めて、また次の音を導いていく。そんな印象を受ける。

スガ:ふだんジャズクラブやライブハウスで弾くピアノは、いろんな奏者に使い込まれているから反応が軽くて敏感。でもクラシックが多く演奏されるコンサートホールのスタインウェイの鍵盤は、調律の丁寧さも含めてすごく重たいんです。

だから「弾く」というより「格闘」するという感覚の演奏でした。でも、録音した音源を聴くとすごく「鳴っている」んですよ。この体験を通して、あらためてピアノを弾くことの意義について考えたし、クラシック音楽に初めて触れたときの気持ち、そしてバッハやモーツァルトの音楽に導びかれていった当時の記憶が蘇るような感覚がありました。

 

新たな方角へ向かうようでもあり、そしてまたスタートの場所に還っていくようなみずみずしい新曲たちを携えて、スガは2018年3月から4月にかけて全国ツアーを行なう予定だ。

格闘家のようにたくましいスガさんの手。Twitterのbotで流れてくるショパンの練習を取り入れているという

ずっと聴いていたいのは「一期一会」の音

開店前のわずかな時間を特別に借りて行なわれた今回の取材。そのラストの数分間、スガが選んだ曲を店のオーディオで聴いてみる貴重な機会が得られた。リクエストしたのは、彼が偏愛するグレン・グールドの『平均律クラヴィーア曲集』(プレイリスト

スガ:グールドみたいな、自分の個性や感情を優先して表現する奏者は最近は少なくなっちゃいましたけど、僕はやっぱり彼みたいな音楽が好きです。トリル(2つの音を代わる代わる弾くこと)のはしゃいだ感じが楽しい。グールドは演奏しながら口ずさむことで有名ですが、このオーディオだとより生々しく感じられますね。

スガ:僕が通ったジャズ喫茶もそうだったように、名曲喫茶はネットがなかった時代の情報発信基地、文化発信の場だったんだと思います。こういう空間が失われていくのは時代の流れだけど、ネットを介して手軽に何でもアクセスすることができなかった時代の、手が届かないものへの想いがたまっていく感じ、飢餓感みたいなものを今の子どもたちが味わえないのは、少し残念に思います。

そういう僕自身も、昔のように「これは絶対聴きたい!」と思う音楽はもうなくなってしまいましたから。

 

新しい驚きに出会うチャンスが失われつつある時代だからこそ、スガの関心は、一期一会の音の景色に向かっているのかもしれない。いま彼は、人がつくった音楽ではなく、日常の音、意識されることなく発せられる音にこそ触れていたいと語る。

 

スガ:蕎麦屋に入って隣の人が蕎麦をすする音や、厨房の音が聴きたい。BGMはもういらないんです。例えば蝉の音をずっと飽きずに聴けるのは、同じ蝉の鳴き声は数日しかないからかもしれない。そういう音との出会いにグッとくるんです。

 

取材が終わり店を出ると、平日にもかかわらず開店時間を待つ人々が小さな列をつくっていた。そのなかには大きなトランクケースを持った外国人観光客の姿もある。

この渋谷に息づく神聖な音楽の聖地も、やがて時代の流れに押し流されていく運命かもしれない。だが、こんな風に思い思いの時間を過ごすためにやって来る人がいる限り、名曲喫茶ライオンは必要な場所としてあり続けるのだろう。

今日もまた、渋谷の片隅で名曲が響いている。

 

新譜情報
『 スガダイロー / 季節はただ流れて行く 』

2018年3月19日 会場限定発売、配信発売2018年7月 全国一般発売
価格:¥3,000+税
型番:VSP-0017
レーベル:VELVETSUN PRODUCTS

  1. 花残月 April
  2. 皐月 May
  3. 季夏 June
  4. 七夕月 July
  5. 葉月 August
  6. 晩秋 September
    休憩 intermission
  7. 神無月 October
  8. 仲冬 November
  9. 春待月 December
  10. 正月 January
  11. 如月 February
  12. 花見月 March
  13. 海は見ていた With the sea

作曲・演奏 スガダイロー(ピアノ)
販売:ベルベットサンオンラインストア

Dairo Suga Solo Piano Release Tour 2018 Spring

■日程:4月7日(土)
■時間:開演 18:30 / 開場 19:30
■会場:岡山 蔭凉寺
■料金:予約 3,500円、当日 4,000円
■住所:岡山県岡山市中央町10-28
■予約:Koenbench 086-206-7612 / decoluna0209@gmail.com(江原) / BAR SIX 086-221-3269

 

■日程:4月8日(日)
■時間:開演 18:00 / 開場 19:00
■会場:京都 Live Spot RAG
■料金:予約 4,000円、当日 4,500円、学生各1,000円割引、会員割引有
■住所:京都府京都市中京区 木屋町通三条上ル 京都エンパイヤビル5F
■予約:075-255-7273

 

■日程:4月11日(水)
■時間:開場 18:00 / 開演 19 : 30
■会場:桐生 Village
■料金:3,000円 (+1ドリンク) 
■住所:群馬県桐生市末広町6-25
■予約:0277-43-2770 / village_jazz@yahoo.co.jp

 

■日程:4月12日(木)
■時間:開場 19:00 / 開演 19 : 30
■会場:長野 バックドロップ
■料金:予約 3,500円 (+1ドリンク)、当日4,000円 (+1ドリンク) 学生各1,000円割引
■住所: 長野県長野市鶴賀上千歳町1137-5
■予約:026-237-8887

 

■日程:4月14日(土)
■時間:開場 19:00 / 開演 19:30
■会場:水戸 Jazz Room Cortez
■料金:4,000円(+1ドリンク)、学割3,000円(+1ドリンク) 
■住所:茨城県水戸市けやき台3-28-5
■予約:029-291-3095 / cortez@tea.ocn.ne.jp

 

■日程:4月15日(日) 
■時間:開場 19:30 / 開演 20:00
■会場:新宿 PIT INN
■料金:3,000円+税 (1ドリンク付)
■住所:東京都新宿区新宿2-12-4-B1F
■予約:03-3354-2024 / shinjuku@pit-inn.com

 

■日程:6月15日(金)
■時間:開場 18:00 / 開演 19:00
■会場:五反田文化センター音楽ホール
■料金:前売 4,000円 / 当日 4,500円
■住所:東京都品川区西五反田6-5-1
■予約:080-3732-4465 / velvetsun.ticket@gmail.com(担当:中村)

※6/15公演は、録音時と同様の環境にてコンサートを開催いたします。

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