「人間のようなもの」はどこまで人間を感動させるのか? AI×アンドロイドオペラ――大野和士、渋谷慶一郎インタビュー
人間によるオーケストラを指揮しながら、自在に動き回り、自ら歌うアンドロイド「オルタ3」。
2020年8月下旬に新国立劇場オペラパレスで上演される企画に向けて、4社共同プロジェクトが始動した。前編ではその記者会見の様子をご紹介。後編では、音楽監督・大野和士氏と、作曲家・渋谷慶一郎氏にオルタ3をめぐる新作オペラの構想についてお話を伺った。
1958年東京都生まれ。81年に早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業、(株)日本経済新聞社へ記者として入社。企業や株式相場の取材を担当、88~91年のフランクフルト支...
世界各地の劇場との共同制作にして「オルタ3」の作品を発展させていきたい〜大野和士
「4社共同研究プロジェクト合同記者発表会」でも新国立劇場オペラ芸術監督の指揮者、大野和士は饒舌だった。
大野 新国立劇場で記者会見を行なう大きな理由は来年(2020年)、東京オリンピックとパラリンピックの間の時期にオルタ3を主人公とし、子どもたち100人を舞台に上げ、ともに未来を考えるオペラを上演するからです。
子どもたちはヘルメットをかぶり、人間の感情をアンドロイドに移転すると、今度は、アンドロイドから感性を受け継ぎます。80人編成のオーケストラが発する音の洪水の中で、アンドロイド、子どもたちの大合唱が響き合い、一緒に未来を考えながら、自立を確信していくオペラ。これを、作家で台本を担当する島田雅彦、作曲の渋谷慶一郎の両巨頭とともにつくり、世界に向けて発信するつもりです。
最初は普通に、子ども向けのオペラとだけ考えていました。作曲を、初音ミクのオペラで成功するなど、ファンタジー豊かな渋谷さんに依頼しようと考えたとき、アンドロイドの情報を得て、「オルタ3」のコンサートを体験。オペラへの展開を決めたのです。もちろん「オルタ3」と人間のコミュニケーションは大人でも楽しめ、一般のオペラファンの興味も引くでしょう。
新国立劇場にとっては、先日(2019年2月)世界初演した西村朗さん作曲のオペラ《紫苑物語》に続く委嘱新作となり、アンドロイドのオペラも前作同様、海外での上演を視野に入れます。できればレンタル(装置の貸し出し)ではなく、世界各地の劇場との共同制作に持ち込み、作品自体を発展させていきたいと考えています。
オリンピックとパラリンピックに沸く2020年東で、アンドロイドのオペラに打って出る
さらにオペラパレス(大劇場)のホワイエに席を移した単独インタビューで、大野にオペラの詳細を聞いた。
大野 題名はまだ未定ですが、特別な枠を設けず、あくまで新国立劇場の委嘱新作オペラとして初演します。構成は1幕物で、だいたい80〜90分になります。アニメ映画の長さも考慮に入れ、70分より少し長いサイズとしました。
最初の場面では「いったい宇宙はどこから始まったのか?」と子どもたちの合唱が問いかけ、そこにロボットがからみ、子どもたちの知恵を入れ替えていきます。
オーケストラは基本的に生の音ですが、子どもたちの声にはPA(音響補助)を使うため、全体の音響操作は入念に行なうつもりです。オーケストラにはできるだけ〝暴れて〟ほしいし、渋谷さんも守備範囲を広げられると思うので、彼には今、古今東西のいろいろな音響世界を勉強していただいています。
アンドロイドと人間の肉声の織りなすハーモニーには、さらなるコミュニケーションの進化が期待されますから、工学系の先生たちも大きな関心を寄せているはずです。
オリパラ(オリンピックとパラリンピック)で沸く2020年夏の新国立劇場は、この新作オペラと、「オペラの祭典」(《ニュルンベルクのマイスタージンガー》)の2大プロジェクトを通じ、ふだん以上の祝祭色を演出します。題名が決まり、作曲が進展し、リハーサルが始まる……制作プロセスの要所要所でプレス発表や一般公開のイベントを打って話題を盛り上げ、より若い世代やオペラを初めて観る層の関心を惹きつけていきたいです。
オリパラ観戦の目的で東京を訪れた外国人観光客が「オペラハウスでは何を上演しているのだろう」と思い、訪れたとして、オルタ3との出会いには強烈なインパクトがあるでしょう。日本のロボット技術が生み出したソフトパワーは、世界を魅了します。
産業革命で誕生した富裕市民層(ブルジョアジー)が音楽の商業主義へと展開、定番を全員で楽しむ大量消費の時代が延々と続きました。ここへきて、特に若い世代を中心に、個々の嗜好に沿ったレパートリーを求める傾向が加速しています。
新国立劇場も新しい取り組みに迫られているなか、アンドロイドのオペラに打って出るわけです。最新の動きをタイムリーに取り込む機動性(モビリティ)と意欲(モチベーション)が高まりつつあることを、私はオペラ芸術監督として、非常にポジティブに受け止めています。
「人間のようなもの」が、人間をどこまで感動させられるのか?〜渋谷慶一郎
共同記者発表会での渋谷慶一郎はまず、オルタ3を使ったアンドロイド・オペラ《Scary Beauty(スケアリー・ビューティー)》について語った。
渋谷 東京大学の池上高志先生とは2005年ころ知り合い、ノイズのできる仕組みを研究してきました。2012年に初音ミク主演、人間不在のボーカロイド・オペラ《THE END(ジ・エンド)》がパリのシャトレ座で大成功を収めたとき「次に何をやるのか?」と訊かれ、とっさに「アンドロイドのオペラをつくる」と答えたのです。
次に大阪大学の石黒浩先生と2014年か2015年に出会い、池上先生の心の動きへの興味、石黒先生の体の動きへの興味を合体させてオペラをつくれたらと考え、《Scary Beauty》に発展しました。「人間のようなもの」が、人間をどこまで感動させられるのか? テクノロジーとアートの融合であっても、心に刺さる何かが必要です。
僕の創作テーマは「死と生」であり、亡くなる直前の作家が放つ弱い光のようなものに惹かれます。《The End》はずばり死を意味しました。アンドロイドにしかできないもの、人間にしかできないもの、それぞれを見極めながら、僕はアンドロイドを通じ、命ないものに命を与える作業をしています。
記者会見では新国立劇場オペラ芸術監督で指揮者の大野和士、作家の島田雅彦らと組んで2020年夏、新国立劇場で初演する予定の新作オペラへの抱負も一言だけ、述べた。
渋谷 今、僕はオペラを勉強し直しています。伝統をもっと知った上で、それを壊していく作業に興味があるのです。「こういうことは、今までのオペラではやられなかった」ということをやるために、アンドロイドを活用していきます。
渋谷のピアノ、オルタ3の指揮とボーカル、国立音楽大学のアンサンブルにより、《Scary Beauty》の一節が披露された。機械的でぎこちない「ロボット指揮者」しか見たことのない者には、オルタ3の機械むき出しのボディの恐ろしく細かな動作、しなやかな「手先」の異様なまでの艶かしさは衝撃だった。確かに人間の想像力を喚起、新たな生命体と錯覚させる何かがある。
ストーリーをどれだけ壊せるか、ここからが闘いの始まり
最後に渋谷と5分間のミニ・インタビューの機会を授かり、新国立劇場での新作オペラについて語ってもらった。
渋谷 島田雅彦さんは記者発表会で「脚本はもう、書き上げた」とおっしゃっていましたが、僕はストーリーをどれだけ壊せるか、ここからが闘いの始まりだと思っています(笑)。一つのストーリーにばかりこだわると、作曲が劇付随音楽に堕してしまう危険があり、僕みたいにオペラ以外の分野で実績を積んできた作曲家としては、面白くない。テキストの一貫性にテクノロジーで切り込みを入れるか、散逸的に分断させていくか、あるいはラヴェルの《ボレロ》のように最初から最後までローキーで行き、大詰めにカタルシスを用意するか……。やり方は色々あっても、中途半端はいけません。
オペラをはじめ、クラシック音楽はヨーロッパの伝統そのものですが、テクノロジーはそこに無頓着です。下手にやると、テクノロジー VS 伝統みたいになってしまう。アンドロイドを使うオペラの作曲家にとって、伝統はもっともっと手ごわいものです。だから、勉強しています。
渋谷 《Scary Beauty》をあえてオペラと呼んだのは、テクノロジーの側からのオペラの伝統への挑戦を考えたからでした。劇場や演奏会場の関係者がなめてはいけないのは、今の人々の音楽への接し方です。大多数はコンサートやオペラに足を運ばなくても、コンピュータでつねに楽曲をダウンロード、体の一部みたいに音楽をとらえています。こうした人々を劇場に誘い、圧倒的感動を与えるのは至難のワザだと覚悟しています。
なぜか、アンドロイドは儚いのです。儚さが僕のオペラには漂います。ベルカント唱法で朗々と歌うことをせず、感情を伝えるオペラがあってもいい。これから大野さん、島田さんと詰めていきますが、僕はウィスパー(ささやき)から朗々まで、さまざまな歌い方を散りばめた作曲を目指します。
3月13日にデュッセルドルフで行なわれた、アンドロイド・オペラ『Scary Beauty(スケアリー・ビューティ)』のドイツ初公演の様子(Scary Beauty / 渋谷慶一郎)
関連する記事
-
AI×アンドロイド「オルタ3」の4社共同プロジェクト始動! 発表会にオペラの大野...
-
音楽との偶発的な出逢いの場を作る――音楽体験の新たな次元
-
今年の夏は天体ショー目白押し! 雄大な星空を眺めながら聴きたい音楽
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly