インタビュー
2019.11.14
【11月15日公開】映画『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』

アンドレア・ボチェッリ、自伝の映画化を語る——人生を豊かにしてくれる「音楽」と「静けさ」

クラシック歌手としてはもっとも有名な人物のひとりアンドレア・ボチェッリ。サラ・ブライトマンやセリーヌ・ディオンとのデュエットを耳にしたことがある方も多いのでは?

音楽映画が目白押しの2019年に、ボチェッリが幼少期の思い出、失明、成功まで自身の体験を投影した自伝的小説の映画化『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』』が公開! イタリアのご自宅と電話を繋いで、東端哲也さんがインタビューを行ないました。

取材・文
東端哲也
取材・文
東端哲也 ライター

1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...

photo: Chiaki Nozu

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

世界一有名なクラシック歌手の自伝的小説を映画化

今年もスクリーンでは“音楽映画”が花盛り。今度はクラシックとポピュラー・ミュージック両ジャンルにまたがって幅広い層のファンを獲得している、世界でもっとも有名なテノール歌手アンドレア・ボチェッリの半生を描いた伝記映画『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』が待望の日本上陸を果たす。

本作はボチェッリ本人が執筆した自伝的小説『The Music of Silence(邦題:沈黙の音楽)』が原案。

「アモス」という名の、歌の才能に恵まれた一人の少年の成長と成功を描いた物語だが、そこにはボチェッリ自身が体験したであろう、さまざまな出来事が投影され、彼の考え方や人生観が反映されているとみてよいだろう。

「そもそも小説を三人称で書いたのは、その方が自分という人間について語りやすいと思ったから。自分のことを“アモス”という別の名で呼ぶことで、第三者として見ることができる。彼のことを描きながら、同時にじっくりと観察することができるんだ」

©Chiaki Nozu
アンドレア・ボチェッリ
1958年イタリア、トスカーナ地方の生まれ。テノール歌手。12歳のとき事故で失明するが、ピサ大学で法律の学位を取得。歌手への思い断ちがたく、フランコ・コレッリに師事。その後パヴァロッティに認められ、93年にレコード会社と契約し、ポピュラー歌手として出発。セリーヌ・ディオンとのデュエットなどで一気に名声を得た。また98年の『オペラ・アリア集』を皮切りに、コンサートにオペラにと積極的に活動している。

インタビューと写真撮影は、日本と電話を繋いだボチェッリの自宅で行なわれた。

「そして話の中に登場する他の人物にも仮名を用いた。そうすることによって、物語がより客観的で良いものになったと信じている。それに元々、自伝ではなく小説を書きたかったんだよね(笑)。重要なのはすべてがアモスの中にあるということ! ここに登場する出来事の何もかもが、事実に即して完璧な形で描かれているとは言えないけれど、僕にとって大事なことは、みんな漏れなく詰まっていると思うよ」

原作に込めた“希望”というメッセージを映画で伝える

映画の脚本も、ほぼ忠実にこの原案に沿っている。イタリア・トスカーナ地方の町に、視力の障害をもって生まれてきたという生い立ちもそう。幼い頃からベニャミーノ・ジーリなどのレコードでオペラのアリアに親しみ、やがて自分でも歌うようになったアモスが、その素晴らしい歌唱力で周囲の大人たちを魅了し、街のコンクールで見事優勝を勝ち取ったというのも、恐らく似たようなことが実際にあったのだろう。

12歳のときに完全に失明し、やがて声変わりが始まってしまい、拠り所にしていた美しい声が出なくなった彼が歌手になることを諦め、高校に進学して弁護士をめざすあたりでは、その後の展開を知ってはいても、観ていて、ついハラハラしてしまう。

「映画化の話を貰ったときは嬉しかったよ。もちろん人生を厳密に1冊の本で物語ることができないように、ましてや映画のような2時間程のごく限られた時間の中で描くのなんてもっと困難だ。だから物事の本質を捉える必要があるし、それは大いに監督の手腕にもかかってくる。

僕は映画の専門家ではないし、映画ファンとも言いがたいけれど、アモスの少年時代を描いた前半部分は特に見事だと思う。小説の場合は、作品に僕が込めた暗号のようなメッセージにどれぐらいの読者が気づいてくれたか、あまり自信が持てないのだけれど、映画の観客はどうかな? メッセージのひとつは“希望”であり、“この世界を創り給うた存在への信頼”といったものだよ」

当然のことながら、アモスは音楽をやめたりはできなかった。大学の法学部に入学したあとも、ピアノを弾いて親友のギターと一緒にバンド活動を展開し、学業の合間にはバーで生演奏のアルバイトを続けていた。ある日、店で酔った客から歌をリクエストされ、ヴェルディのオペラ《椿姫》から有名な〈乾杯の歌〉を披露したところ大歓声を浴び、そのことがきっかけで運命の女性であるエレナとも出会う。

「あのエピソードは実際にあったというだけでなく、くり返されてきたものなんだよ。つまりピアノ・バーのような、その手の音楽をやっている場所で、いきなり優れたオペラ歌手と優れたピアニストを呼び入れて演奏させれば、いつだって映画と同じような結果が得られるはずだよ(笑)」

そして、その歌声に感動したピアノの調律師によって、数々の有名オペラ歌手を育てたスペイン人のマエストロの指導を受けることになり、アモスの人生が大きく動き出すのだった。彼の才能を見抜き、テノール歌手へと導くこの声楽の先生役を、スター俳優のアントニオ・バンデラスが好演している。

「そうだね、バンデラスは実に素晴らしかった。本当に古き良き時代の歌のマエストロみたいだったね。あれこそ名演と呼べるものだ」

ボチェッリの美声もたっぷり楽しめる

なお、劇中に先述の〈乾杯の歌〉を始め、ボチェッリ本人の歌唱がふんだんに散りばめられているのも、本作の魅力のひとつ。

例えば、オペラ好きなジョヴァンニ叔父さんの手引きで高名な評論家の前で歌い「才能があるとは言いがたい、君の声には張りも力強さも多彩さもない」と酷評されるのは、円熟期のプッチーニが書いた傑作歌劇《トスカ》の第3幕で歌われる、テノール歌手にとっては極めつけともいえるアリア〈星は光りぬ〉

この曲は後にマエストロの指導を初めて受ける際にも披露されるが、吹き替えているのが現在のボチェッリであるため、当時はまだ自己流で拙いという設定であるにもかかわらず、なかなかの堂々とした見事な歌いっぷりで思わず心を掴まれてしまうのもご愛敬だ。

「実際のところ、そこがこの映画では一番うまくいっていない部分かもしれないね(笑)。と言っても他にやりようがなかったんだ。良くも悪くも過去に戻ることは不可能だし、僕にはあの頃のように無邪気に歌うことはもうできない。当時の欠点を再現したとしても、あの声は取り戻せない。世界は変わるし、僕らのことも変えてしまう……いたしかたないね」

何ヶ月にもわたる厳しいレッスンを経て、マエストロのお墨付きを貰ったアモスが、そのご褒美として、モデナのスタジオでレコーディングの機会を得て歌う〈ある日、青空を眺めて〉が本当に素晴らしい。

それはアモスにとって(ボチェッリ自身にも)憧れのイタリアン・テノール、劇的表現に富んだ力強い美声と輝かしい高音で時代の寵児だったフランコ・コレッリが当たり役にしていた、ジョルダーノのオペラ《アンドレア・シェニエ》第1幕最高の聴かせどころアリアである。

「劇中歌など音楽に関しては監督に任せた。僕がアイデアを出して、それを劇中で聴くことができる箇所はあるけれどね。若い頃に書いたちょっとした曲で、当時の経緯が描かれている場面で使われている(恐らく、ピアノ弾き語りバイト先のオーナーに「何か歌えるか?」と訊かれて自作曲だと言って披露する〈天使と悪魔〉という歌のことだと思われる。2001年にリリースしたポップ・アルバム『トスカーナ』の収録曲)

映画のためにボチェッリがレコーディングした歌唱の数々はもちろん、この映画のハイライトのひとつ。

音楽と同じくらい不可欠な“静けさ”を感じて

クライマックスでは遂にあるビッグチャンスを掴んだアモスが、気まぐれな音楽業界に振り回され、連絡が途絶えたまま長い間待たされる状況が描かれる。歌の仕事がなく、幸福なはずの新婚生活にも不安な空気が立ちこめる中で彼がとった行動とは……。

ここで思い出して欲しいのは、ボチェッリの著作が『The Music of Silence(沈黙の音楽)』ということ。このタイトルには、歌手が本番の前に沈黙を守り、喉を保護するという意味と同時に「人生には、ただひたすら静かにチャンスを待っているだけの時間も、時には必要だ」ということを私たちに教えてくれているのではないだろうか?

「まさしくその通り。私は、人間には、ひとりひとりが自分の考えや想いを胸に自分自身を見つめるための一瞬の“静けさ”が必要ではないのかと思っているんだ。今日の世界はあまりにも騒々しい。それは街中に限らず、職場でも家でも、あらゆる場所がそう。でも“静けさ”って音楽のようなもので、音楽が人生にとって不可欠なのと同じで、“静けさ”なくしては、色とりどりの豊かな感動と出会うことは難しいんじゃないかな」

アモスが「奇跡のテノール」アンドレア・ボチェッリその人になる最後の瞬間が圧巻。またひとつ、素敵な“音楽映画”に出会えるはずだ。

「僕の人生は、ありがたいことに(=神の思し召しで)多くのことから成り立っている。いろいろな関わり、家族や人々との関係、友情、音楽、僕が没頭する読書や乗馬……というように。あらゆる事柄が、僕の存在を満ち足りたものにしてくれる。

そして日本はイタリアとはまったく違う国だけれど、間違いなく訪れる人間にとって魅力的な場所だと思う。いちばんの問題はイタリアからあまりにも遠すぎるってことだよ(笑)。日本には素晴らしい思い出が沢山あるので、いつかまた行けることを願っているよ……神の御心があらんことを!」

©Chiaki Nozu
ボチェッリ自宅での写真撮影はギターやフルートも飛び出して、マエストロのお茶目な一面も捉えた。
公開情報
『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』

2019年11月15日(金)

新宿ピカデリーほか全国にて順次公開

2017年製作/115分/PG12/イタリア

原題: The Music of Silence
配給: プレシディオ、彩プロ

CD情報

アンドレア・ボチェッリ『Sì~君に捧げる愛の歌(ダイヤモンド・エディション)』

2019年11月13日発売

UCCS-9050 3,300円(税込)

映画の公開にあわせて、2018年11月にリリースし全世界で100万枚のセールスを記録したヒット・アルバムを再編集。〈歓喜の歌〉(ベートーヴェン)や英国のシンガー・ソングライター、エリー・ゴールディングとの新作デュエット曲〈リターン・トゥ・ラブ〉、米国女優のジェニファー・ガーナーの歌唱をフィーチャーした〈眠れ、眠れ〉の新バージョンなどを追加収録したダイヤモンド・エディションとしてリリース。

取材・文
東端哲也
取材・文
東端哲也 ライター

1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ