インタビュー
2022.03.16
3月の特集「教科書の音楽」インタビュー

懐かしい音楽は脳の健康にいい! 脳科学者・瀧靖之さんが勧める学校での合唱活動や楽器演奏の再開

懐かしい音楽を聴いて感動する経験は誰しもあるはず。実はそれ「脳にいい」らしいのです!
脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究に従事し、音楽以外にも「懐かしい」が脳にいいことを書いた著書『回想脳 脳が健康でいられる大切な習慣』(青春出版社)がある脳科学者の瀧靖之さん。ご自身も学生時代から音楽が大好きで、今でもピアノやドラムも演奏する瀧さんが、「懐かしい音楽」の脳に対する有用性、そして未来の心身の健康を作る音楽との関わり方を語ります!

聞き手・文
小島綾野
聞き手・文
小島綾野 音楽ライター

専門は学校音楽教育(音楽科授業、音楽系部活動など)。月刊誌『教育音楽』『バンドジャーナル』などで取材・執筆多数。近著に『音楽の授業で大切なこと』(共著・東洋館出版社)...

取材協力:株式会社デラ

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「懐かしさ」はポジティブなもの

「懐かしさ」「ノスタルジア」というと、一見、過去をやたらと振り返っているような、後ろ向きなイメージもありますよね。ところが最近の脳科学の研究では、これらは決してネガティブなものではなく、むしろ私たちにとって非常にポジティブなものであるということがわかってきています。

瀧靖之(たき・やすゆき)
東北大学加齢医学研究所教授。医師。医学博士。1970年生まれ。東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。東北大学加齢医学研究所機能画像医学研究分野教授。東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター副センター長。MRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究に従事。
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懐かしさを感じると、人は幸福感が高まったり、社会的な温かいつながりを感じたりする、この「幸福感」は、健康にとっても非常に重要です。主観的幸福感……「ささやかな日々だけど、自分は幸せだ」と感じられることが、実は認知症リスクを下げることにも重要であると言われています。「懐かしい」という感覚は、心と体にすごく良い影響を与えているんです。

では、なぜ懐かしいと幸福感や社会的つながりを感じるのか。たとえば昔好きだった曲を聴くと、単にその曲を懐かしく感じるだけでなく、そこから「この曲、あの車に乗りながらあの人と一緒に聴いたな」「あの人と一緒にあの街を歩きながら聴いたな」など、あらゆる記憶を呼び覚まします。「懐かしい」ということが、脳をすごく動かしているということですね。その結果として、ドーパミンというホルモンが分泌され、それが私たちに心地よさをもたらすと言われています。

人は何を「懐かしい」と感じるのかというと、「ある時期に頻繁に接触し、その後に一定期間の空白期間があった」ものに、ノスタルジアというものが生成され、「懐かしい」という感情を想起するということがわかっています。たとえば毎日会っていた人とか、何度も通った場所とか、ある時期にすごくたくさんその対象を見たり聞いたり感じたりし、そのあとで離れた期間があったものを思い起こすと、それを「懐かしい」と感じるわけですね。

「懐かしい」と脳の関係をもっと詳しく知る一冊

音楽の「懐かしさ」は格別! ネガティブな記憶もやがては美しさに

さらに、「音楽に対する懐かしさ」の素晴らしいところは、同じ時代を過ごして同じ音楽を聴いていたすべての方が、共通して懐かしさを感じられるということ。たとえば自分が昔住んでいた家や家族で食べた料理の懐かしさは、その人のごく個人的な懐かしさになるけれど、その年に流行っていた歌やみんなが聴いていた曲というのは、多くの人が同時に「懐かしい」と感じられるきっかけになる。これはすごく素晴らしいことです。

特に学生時代の合唱曲というのは、多くの人が懐かしさを感じられるでしょう。曲自体が懐かしいのはもちろん、そこから合唱コンクールで仲間と頑張ったことや、私の場合は音痴だったので口パクばかりしていたこと(笑)、さらに合唱の場面から思い出が手繰り寄せられて、部活のことや友だちとの関わり、クラスの思い出など学校生活全体の記憶まで、ぶわーっと総まとめに思い起こされる。学生時代を思い出し、懐かしさにめいっぱいひたる(=幸福感を感じ、健康にも寄与する)ために、合唱曲というのは素晴らしいきっかけになると思います。

とはいえ「友だちとケンカした」「試験で失敗した」など、苦い記憶もあるでしょう。でも、当時はすごく苦しかったことが、今は笑い話になっているなんてことも多いですよね。脳科学的にも記憶と感情はだんだん切り離され、ネガティブな感情が薄れていくとわかっています。

だから「合唱コンクールに向けた練習でケンカをした」なんて思い出があったとしても、そのときの嫌な思いは、かなり薄まっているものだし、だからこそノスタルジアや回想というのは、ますます美しくなる。それに、思い出すなかで嫌なことがあったとしたら、思い出すのを止めて、別のことを考えればいいだけです。

私自身も思い出の合唱曲を聴くと、中学校時代の楽しい思い出ばかりたくさん出てきて。その幸福が私たちのストレスレベルを下げ、それが結果的に健康へプラスに寄与していく。まさにいいことづくめですね。

認知症予防という観点から考えても、脳の健康を維持するためのツールとして、音楽というのは非常に素晴らしいんです。認知症予防は高齢者だけの課題ではなく、若い頃からの運動やコミュニケーション、生活習慣が大事。だからあらゆる年齢の人にとって、音楽を通して懐かしさを味わい、心と体の健康を保つことには、さまざまな効果があると考えています。

懐かしい合唱曲をピアノ演奏で

聴く+演奏するは脳の健康に最高の趣味

趣味というのは何であれ健康の維持、将来の認知症リスクを下げるためにとても効果的なのですが、受動的な趣味よりも能動的な活動はさらにいいといわれており、日常的に楽器を演奏している人は、将来の認知症リスクが下がるというエビデンスもあります。

だから音楽は聴いて楽しみ、音楽から想起される懐かしさを味わうのもいいけれど、自分で演奏するとさらにいい。「昔やっていたピアノを再開したいけれど、なかなか始められない」などと仰る方は多いですが、ぜひこの記事をきっかけにして、今すぐ始めていただきたいですね。

最初は指も動かないでしょう。それなら主旋律だけでも、サビの部分だけでもいい。指1本でもいいんです。ずっと離れていたのだから下手なのは当たり前。大事なのは楽しむことです。それこそ、子ども時代に歌った歌や学生時代に好きだった曲を思い出しながら、ピアノを探り弾きしてもいい。当時の感動を思いだして懐かしさにひたり、すごく幸せな気持ちになれると思います。

それに演奏をするとき、人は単に手指を動かすだけでなく、楽譜を見て旋律を覚え、自分や他者の音を聴き、演奏を振り返って、より良い方法を試行錯誤し……さまざまに頭を使っています。さらに、アンサンブルだと「みんなで音楽をつくる」コミュニケーションがある。コミュニケーションというのも、脳にすごく重要だといわれているんです。

「今を精一杯生きる」ことが、未来の健康につながる

昨今、オンラインでの会議や、メールやSNSなど文字だけでのコミュニケーションも増えました。でも、私たちのコミュニケーションというのは単なる言葉のやりとりではなく、実は仕草や声の抑揚など、半分以上が非言語的なものなのです。我々は「人と人との温かなつながり」というのを、対面でもっとも感じますよね。私たちはFace to Faceのコミュニケーションに、お互いの気持ちの理解、温かみを感じるようになっているのです。

このコロナ禍ではリモート合唱や合奏など新しい音楽の楽しみ方が登場し、一方で生のコンサートや学校での合唱活動などは制限せざるをえなくなりました。日本中・世界中の人とオンラインでアンサンブルができるようになったことは、「選択肢が増えた」という面では素晴らしいことだと思います。とはいえ「人と人との温かなつながり」「Face to Faceのコミュニケーション」という点は、やはり欠け落ちていると感じています。

もちろん、心身の健康以前に感染症対策も医学的には重要ですので、今できる形で音楽を続ければいい。でも、状況が許されるようになったならば、対面で音楽をするというのは何より素晴らしいことだと思います。やっぱり、みんなで歌ったり演奏したりするのってすごく楽しいし、幸せな気持ちになれるじゃないですか。私たち人間は社会の中で生きていく生き物なので、やはり1人で居続けることには無理があるんです。

そうして音楽をはじめ、あらゆることで日々を楽しみ、今この瞬間を充実して過ごしていれば、それを数十年後に振り返ったときにより懐かしく、楽しく、幸せになれる。それがひいては、未来の心身の健康につながる。だから結局は、今を楽しむことが一番大事なんです。

聞き手・文
小島綾野
聞き手・文
小島綾野 音楽ライター

専門は学校音楽教育(音楽科授業、音楽系部活動など)。月刊誌『教育音楽』『バンドジャーナル』などで取材・執筆多数。近著に『音楽の授業で大切なこと』(共著・東洋館出版社)...

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