インタビュー
2026.02.19
映画『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』公開直前!

スタニスラフ・ブーニンが日本デビュー40周年に明かす“葛藤と再生の道”

1985年、19歳でショパン国際ピアノコンクール覇者となったスタニスラフ・ブーニンさん。あれから40年。その半生を描いたドキュメンタリー映画『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』の劇場公開に先がけ、ブーニンさんが長い沈黙を経て静かに語ります。

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

写真:各務あゆみ

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——ドキュメンタリー映画には、ショパンコンクール優勝の頃や日本で大ブームとなった頃の映像も出てきます。当時の映像をご覧になると、どんな気持ちになりますか?

ブーニン まず感じたのは、当時の私からは、音楽、そしてピアノを弾くことを本当に楽しんでいるのが伝わってくるということでした。深刻な営みとしてではなく、純粋な喜びそのものとして音楽と向き合っていると感じられます。それは若いときでないとできないことです。

——今とは音楽との向き合い方が違ったということでしょうか?

ブーニン 当時の私には、音楽が何か問題をもたらす可能性のあるものだなんて思いもよらなかったのです。今は、音楽をしていると大変なことがいろいろあります。それでも、常に音楽による喜びを求めていることは変わりませんけれど。

スタニスラフ・ブーニン
1966年、モスクワ生まれ。リヒテルやギレリス等の巨匠を育てた名教育者G.ネイガウスを祖父とするピアニスト一家で育つ。1983年、ロン=ティボー国際コンクールに17歳で優勝。1985年、第11回ショパン国際ピアノコンクール優勝。圧倒的な演奏で世界的な注目を集める。特に日本では“ブーニン・ブーム”と呼ばれるほどの人気を博し、CDは異例の売上を記録。テレビ出演や写真集出版など、その活動はクラシック音楽の枠を超えて広がった。2013年より闘病のため演奏活動を一旦停止。2022年6月、八ヶ岳高原音楽堂でのリサイタルで復帰。その模様はNHKが密着取材し、大きな話題を呼んだ。

——復帰前の2021年春にお話を伺ったとき、「自分は音楽への愛情を人と共有するために練習をする。その機会を失いたくないから、ピアノを弾き続けている」とおっしゃっていたのが印象的でした。ドキュメンタリー中、演奏予定だった作品を取りやめる場面では、楽譜から自分にしか読み取れない音楽が頭の中に流れているのに指が思い通りに動かない、作品愛を共有できない辛さはどれほどだろうと感じました。そんなはがゆさは、ご自身の中でどう整理していらっしゃるのでしょうか。

ブーニン はがゆさや辛さを乗り越えるうえで重要なのは、音楽に対する奉仕の気持ちだと思います。未完成の粗悪品を人に伝えてはいけません。そんな行為は、音楽への奉仕とはいえないからです。作品の良さだけを引き出して人に届ける……それができないのなら、弾かないほうがいいと私は思います。

たとえば、ショパンのエチュードOp.10-3は心地よい音楽ですが、ある瞬間から左手にかなりのヴィルトゥオジティが求められます。今の私は、左手が故障しているので、何千回やっても思うようには弾けません。うまくいかないとわかったら、それはプログラムから外します。

映っているすべてが真実

——音楽監修という立場では、どのような形で作品にかかわられたのでしょうか。

ブーニン たとえば冒頭で流すのは、過去の演奏からJ.S.バッハの「プレリュードとフーガ」にしてほしいと提案しました。

あれは私がもっとも幸せだったとき、亡命してから3年後ぐらいの演奏です。完全に自由な状態で、 全力で献身する姿勢で音楽に向き合えていた頃でした。八ヶ岳高原音楽堂で、自分の楽器で、自分のためにバッハを弾きました。作品から美しいものすべてを引き出せたと感じ、本当に幸せでした。

この映画において、自分はこういう者だと示す名刺がわりにみなさんに聴いていただきたいと思って選びました。

——出来上がったドキュメンタリー映画をご覧になって、どう感じましたか?

ブーニン 私は日頃から改善点を確認するため自分の舞台での演奏を録画して見返しているので、そんなに目新しいことではありません。 映画で演奏の様子を観たときも、どちらかというと、この部分は変えたほうがいいなという考えが浮かびましたね。

昨年末のサントリーホールでの演奏会の部分を長く観てもらえるようになっていたことは、とても良かったと思います。

ドキュメンタリーとはいえ、幸い、人生のすべてが見られてしまうわけではありませんが、同時に、映っていることはすべて真実です。嘘は一切ありません。演劇作品であればフィクションも織り交ぜることがあるのでしょうけれど、ここでは率直にすべてを見せています。

——ミュージカル「ブーニン」とか朗読劇「ブーニン」なら、フィクションも織り交ぜて、よりドラマティックな人生が描かれるのかもしれませんね。

ブーニン ……不安にさせないでください!(笑)

ステージが人生であり居場所。そこにふたたび立つこと

——そもそもドキュメンタリー映画の提案を受けたとき、どう感じましたか?

ブーニン とても悲劇的なテーマを扱うことになりますから、果たして映画館に足を運ぶ人が本当に見たいのだろうかという危惧を感じました。悲しい話ですからね。

今、心配しているのは、ちょっと演奏場面が長すぎるのではないかということです。みなさん最後まで耐えて観てくださるのかどうか、どんな反応があるのか、映画が公開されたらわかりますね。

——奥様の支え、コンサートを開こうという周囲の方々など、いろいろなサポートがあって復帰が実現したのだと思います。ここまでの道のりを振り返って、どう感じますか?

ブーニン いろいろな方が常に変わらず背中を押してくれました。 すごく優しく、でも常に押し続けられていたという感覚です。

妻は、「舞台があなたの居場所。家でそのまま死んでいくのは嫌でしょう? 舞台にこそあなたの人生があるのでしょう?」と言ってくれました。友人たちも、まだ60歳にもなってないんだから弾けばいいじゃないと励ましてくれました。マネージャーに至っては、あたかも軽いことのように「そんなに特別なことじゃないでしょう、9年前と同じようにそのまま弾けばいいじゃない?」と言うのです(笑)。

周りがそうやって背中を押し続けてくれた結果、私はこうして舞台に戻ってきました。

とはいえ、自由に演奏できるところまでは今も戻っていません。左手がどこにあるかを常に確認しなくては弾けないのです。

かつて私の手は自動的に動いていました。たとえば歩くとき、普通は、次にどこに足をつくかなど考えなくても歩けますよね。それと同じで、ピアニストなら、脳から伝達がいくと自動的に体が動いていくものなのです。

でも今の私は、毎回鍵盤を確認しなくては弾けません。それはいわば、事故でオートマチック機能が失われてしまったような状態というか……今はマニュアル機能で左手を動かしています。

——ドキュメンタリーのなかで、これからは録音にも取り組みたいとおっしゃっていました。どんな構想がありますか?

ブーニン 夢はたくさんあります。あるフレーズをいかに美しく演奏するか、自分の呼吸でどう表現するかを考え、録音に残すことはぜひやりたいのですが、実現するとなると難しさもあります。録音や編集のエンジニアと、自分が抱く理想にずれがあれば、最終的に思った形にならないこともあるからです。録音技術の観点から見た美しさと、音楽的な美しさは、また別のことも多いのです。全部自分でできれば良いですが、それにはお金も時間もかかるので、簡単ではありません。

それに、録音でこそ最高の美しさを実現できるというのは、実は幻想で、一番いいものはライブの演奏会に他なりません。それと同じものが録音になることが理想的な形だと思っています。

一方で、具体的な計画はあります。ショパンのマズルカをはじめ、弾きたい曲もたくさんあります。特に私のプーランクへの愛情はこれからも続くでしょうから、もっと弾きたい。そのためには、左手が動くようにならないといけません。

——今後の人生のためにアドバイスをいただきたいのですが、音楽家はもちろん、誰の人生においても、積み上げてきたことが一瞬にして無になる出来事は起き得ると思います。そんな絶望を感じたとき、乗り越える秘訣があれば教えてほしいです。

ブーニン そうですね……2つアドバイスがあります。

まずはそもそも、足を骨折しない、手を怪我しないように気をつけましょう、ということですね(笑)。これはどの職業にも当てはまります。

そして2つめは、歩んできた人生の道筋を見失わないことです。 その道は一人ひとり違うと思いますが、そこから決して外れないことが大切です。道を見失うと、同時に、内なる力を失うことになります。

——それには自分の道を日頃から見つけて生きないといけませんね。

ブーニン そうですね。9年前に怪我を負った当初、私は自分で弾くことはもちろん、音楽を聴くことすらできませんでした。音楽から離れそうになったのです。今思えばこれは間違いでした。それは自分の道から外れるということであり、死に近づいていくことだからです。

自分を信じ、願い続けていれば、道は拓けると思います。

ブーニン氏選曲による劇中全楽曲

J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻より 第22番 変ロ短調(1993年 ⼋ヶ岳⾼原⾳楽堂)
ショパン:ノクターン 嬰ハ短調(遺作)
モーツァルト:《8つのメヌエット》より 第5曲 ヘ⻑調
ショパン:ワルツ ヘ⻑調 「猫のワルツ」
ハイドン:ソナタ ヘ⻑調 Hob.XVI:23 より(1986年 国技館)
ショパン:ワルツ 変イ⻑調 Op.42 より(1986年 国技館)
ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 第3楽章より(1986年 昭和⼥⼦⼤学⼈⾒記念講堂)
ショパン:幻想ポロネーズ(2023年 川⼝総合⽂化センター リリア)
シューマン:《⾊とりどりの⼩品》より「5つの⾳楽帳 第5曲」
シューマン:《⾊とりどりの⼩品》より「3つの⼩品 第1曲」
シューマン:《⾊とりどりの⼩品》より「⾏進曲」
プーランク:《8つのノクターン》より第8曲「終曲にかえて」
ショパン:練習曲 変ホ⻑調 Op.10-11
ショパン:前奏曲 嬰ヘ⻑調 Op.28-13
ショパン:前奏曲 変ニ⻑調 Op.28-15 「⾬だれ」
ショパン:練習曲 変ホ⻑調 Op.10-11 (1999年 サントリーホール)
ショパン:マズルカ ホ短調 Op.17-2
ショパン:マズルカ 変ニ⻑調 Op.30-3
ショパン:マズルカ 嬰ハ短調 Op.63-3
ショパン:ワルツ 変イ⻑調 Op.69-1「告別」
シューマン:アラベスク ハ⻑調 Op.18
メンデルスゾーン:無⾔歌集 第1巻より第1曲 「⽢い思い出」
J.S.バッハ:チェンバロ協奏曲 第4番 第2楽章より
J.S.バッハ(マイラ・ヘス編曲):主よ、⼈の望みの喜びよ 

※登場順

映画『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』

出演:スタニスラフ・ブーニン

中島ブーニン榮⼦
⼩⼭実稚恵、ジャン=マルク・ルイサダ、桑原志織、反⽥恭平、⻲井聖⽮

音楽監修:スタニスラフ・ブーニン

2026年2月20日(金)角川シネマ有楽町ほか全国公開

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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