指揮者 広上淳一、ピアニスト 外山啓介、松田華音が語る!伊福部 昭の音楽との運命の出会い
『ゴジラ』のテーマ曲で知られる伊福部 昭(1914~2006)は、ほぼ独学で作曲家となった異色の経歴をもち、自身の民族的アイデンティティを追求する力強い作風で多くの管弦楽作品や映画音楽を遺しました。
このたび、キングレコードのCDシリーズ「伊福部昭の芸術」を立ち上げた広上淳一が30年ぶりに同シリーズに登場した『伊福部昭の芸術13 易』が、5月21日に発売。作曲家と同郷の札幌交響楽団と外山啓介が繰り広げるピアノ協奏曲「リトミカ・オスティナータ」、モスクワ音楽院の研究テーマにも伊福部 昭を取り上げた松田華音によるピアノ・ソロ曲を収録。これらの曲を中心に、日本人として伊福部 昭の音楽に取り組む意義や、今こそ聴きたい独自の魅力について、語り合っていただきました。
1963年東京生まれ。演奏家の活動とその録音を生涯や社会状況とあわせてとらえ、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。『音楽の友』『レコード芸術』『モーストリーク...
伊福部作品のリズムや壮大さに魅了された
――まず、伊福部 昭の音楽との出会いについて、いちばんお若い松田さんからお願いします。
松田 私は6歳のときからモスクワでピアノを学んでいたのですが、モスクワ音楽院の大学院の研究テーマに、日本の音楽をロシア語で紹介したいと考えたんです。
ピアノ曲を中心にいろいろ日本の音楽を聴いたなかで、「リトミカ・オスティナータ*」のリズムに魅了されまして、この作品を中心に早坂文雄さんのピアノ協奏曲と併せて取りあげたのが出会いでした。その後、NHK交響楽団から「リトミカ・オスティナータ」を演奏するお話をいただいて、運命的なものを感じました。
*「リトミカ・オスティナータ」は1961年に作曲された1楽章のピアノ協奏曲。タイトルは「執拗に反復する律動」という意味で、伊福部昭の管弦楽曲の代表作の1つ。5拍子や7拍子といった日本語のリズムや六音音階を用い、終結部のクライマックスへ向けてダイナミックに展開する
外山 もちろん伊福部さんのお名前は存じていたのですが、「リトミカ・オスティナータ」を広上さんと札幌交響楽団と演奏させていただけるというチャンスをいただいて、初めてその音楽にきちんと触れました。
伊福部さんと同じく私も出身が北海道なので、土地がもつ壮大さなど、とても共感できる魅力的な作品をたくさん書いてくださったことを知り、感動をおぼえました。
広上 自分の場合は、入学した東京音楽大学の学長をされていたんです。伊福部 昭という名前は知っていましたが、音楽は「ゴジラ」ぐらいしか知らなかった。学長室を訪ねてね、「好きな音楽は?」という質問に「ベートーヴェンやマーラーです」なんて答えたら、「日本人の作曲家にもこれから興味を持たれるといいですよ」と、ゆったりとした口調でおっしゃった。
これがご縁で、1995年に「伊福部昭の芸術」シリーズの最初の5枚を、伊福部 昭さんの監修で指揮することになったんです。
東京生まれ。尾高惇忠にピアノと作曲を師事、音楽、音楽をすることを学ぶ。東京音楽大学指揮科卒業。1984年、26歳で「第1回キリル・コンドラシン国際青年指揮者コンクール」に優勝。以来、フランス国立管、ベルリン放送響、コンセルトヘボウ管、モントリオール響、イスラエル・フィル、ロンドン響、ウィーン響などメジャー・オーケストラへの客演を展開。これまでノールショピング響、リンブルク響、ロイヤル・リヴァプール・フィルのポストを歴任、このうちノールショピング響とは94年に来日公演を実現、さらに米国ではコロンバス響音楽監督を務めヨーヨー・マ、五嶋みどりをはじめ素晴らしいソリストたちとともに数々の名演を残した。
近年では、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響、スイス・イタリア管、モンテカルロ・フィル、バルセロナ響、ビルバオ響、ポーランド国立放送響、スロヴェニア・フィル、サンクトペテルブルク・フィル、チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ、ラトビア国立響、ボルティモア響、シンシナティ響、ヴァンクーヴァー響、サンパウロ響、ニュージーランド響等へ客演。国内では全国各地のオーケストラはもとより、サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団にもたびたび招かれ絶賛を博している。 オペラ指揮の分野でもシドニー歌劇場デビューにおけるヴェルディ《仮面舞踏会》、《リゴレット》が高く評価されたのを皮切りに、グルック、モーツァルトからプッチーニ、さらにオスバルト・ゴリホフ《アイナダマール》の日本初演まで幅広いレパートリーで数々のプロダクションを成功に導いている。
2008年4月より京都市交響楽団常任指揮者を経て2014年4月より常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザー、常任指揮者として13シーズン目の2020年4月より2022年3月まで京都市交響楽団第13代常任指揮者兼芸術顧問を務めた。2015年には同団とともにサントリー音楽賞を受賞。現在はオーケストラ・アンサンブル金沢アーティスティック・リーダー、日本フィルハーモニー交響楽団 フレンド・オブ・JPO(芸術顧問)、札幌交響楽団友情指揮者、京都市交響楽団 広上淳一。2025年よりマレーシア・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督に就任。また、東京音楽大学指揮科教授として教育活動にも情熱を注いでいる。
2024年第75回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
まるで合戦!? 日本人の血が騒ぐ「リトミカ・オスティナータ」
――今回のアルバムは第13集ですが、「リトミカ・オスティナータ」は初めてなんですね。
広上 タイミングが合わなかったのもあるのでしょうが、この曲に合うピアニストが見つからなかったということもあると思います。
聴くとシンプルそうだけど、演奏するのはとても難しい。松田さんや外山さんのような優れたピアニストが出てくる時代になって、伊福部さんも天国で喜ばれていると思いますよ。
そして、ロシアで勉強していた松田さんが、伊福部さんの音楽に惹かれたのは、とてもすてきな話だと思う。日本人の血が流れているからこそ。伊福部さんがそれを知ったら、何よりも喜んだんじゃないかな。
外山 僕はドイツのハノーファーに留学したのですが、それまではクラシック音楽をやる上で日本人であることはすごく不利だと思っていました。でも、留学でよかったことの一つは、自分の生まれたところに自信を持ち、愛していいんだと思えたことなんです。ですから、ここで伊福部作品を弾かせていただけたのには、大きな意義を感じます。
この曲は、自分だけが弾くのではなく、必ずオーケストラの誰かと一緒に同じことをやるところがすごく多い。いい意味ですごく室内楽的な要素があります。今回は広上さんに緻密なリハーサルをしていただけたので、自分がオーケストラの中で弾いてるような、とても幸せな感覚を味わえました。
札幌市出身。5才からピアノを始める。
2004年、第73回日本音楽コンクール第1位(併せて増沢賞、井口賞、野村賞、河合賞、聴衆賞を受賞)。東京藝術大学卒業。08年よりドイツ(ハノーファー音楽演劇大学)留学を経て、11年、東京藝術大学大学院を修了。18年、第44回「日本ショパン協会賞」受賞。札幌大谷大学芸術学部音楽学科特任准教授。桐朋学園大学非常勤講師。
07年、デビューCD『CHOPIN:HEROIC』リリース。サントリーホールほか全国各地で行われたデビュー・リサイタルが完売、新人としては異例のスケールでデビュー。13年、ベルギー国内5か所でフランダース交響楽団定期演奏会に出演しヨーロッパ・デビュー。16年にはベルリン交響楽団日本公演ツアーにソリストとして参加。17年はデビュー10周年記念ツアーを全国約20か所で実施。毎年全国規模のリサイタル・ツアーを行なっており、その繊細で色彩感豊かな独特の音色を持つ演奏は、各方面から高い評価を得ている。
これまでに、N響、東京フィル、日本フィル、新日本フィル、読響、札響など多くのオーケストラと共演。植田克己、ガブリエル・タッキーノ、マッティ・ラエカリオ、吉武雅子、練木繁夫の各氏に師事。
広上 こっちも初めてだから、前の日にホテルで必死に勉強したんだよ。そういうふうに見せないのが僕の仕事なんだけど(笑)。
ピアノもオーケストラも怒涛の勢いで、合戦みたいな曲。「川中島の戦い」の上杉謙信の「車懸りの陣」みたいな。ピアニストが中心にいて、周りのオーケストラがぐるぐると曲を回す。そしてお客さんも、魔法にかかったように熱狂する。
――「車懸り」とは、とてもわかりやすい説明です(笑)。
日本の情緒が空気に舞う「子供のためのリズム遊び」「ピアノ組曲」
――続いて松田さん、「子供のためのリズム遊び」と「ピアノ組曲」についてお話しいただけますか。
松田 ロシアの音楽学校では、音楽を聴きながら絵を描く、音楽とイメージを結びつける授業があったんです。「子供のためのリズム遊び」ではそんなふうに、急に風が吹くような気配を感じたり、想像力を使って聴いていただければと思います。
「ピアノ組曲」は管弦楽版の「日本組曲」を意識して、オーケストラの響きや祭りの雰囲気を再現することを目指しました。個人的には第2曲「七夕」がすごく好きです。日本の七夕の独特の雰囲気、短冊にお願いを書く儀式に込められた人々の思いも、空気の中に舞っているように感じるんです。
――5月26日の「伊福部昭総進撃〜キング伊福部まつりの夕べ~」のコンサートでも演奏されますね。
松田 コンサートでは初めてなので、お客様からエネルギーをいただくとどういう音楽になるのか、とても楽しみです。「子供のためのリズム遊び」は抜粋なのですが、音が少ない曲もあるので、「音の間」を大切にして弾きたいと思います。
6歳よりモスクワで学ぶ。ロシア最高峰の名門、グネーシン記念中等(高等)学校で学び、スクリャービン記念博物館より2011年度「スクリャービン奨学生」に選ばれ、外国人初の最優秀生徒賞を受賞し首席で卒業。モスクワ音楽院に日本人初となるロシア政府特別奨学生として入学、2019年6月首席で卒業。2021年モスクワ音楽院大学院修了。
これまでにミハイル・プレトニョフ、ワレリー・ゲルギエフ、アンドレア・バッティストーニ、ピエタリ・インキネン、秋山和慶、井上道義、円光寺雅彦、尾高忠明、小林研一郎、高関健、飯森範親各氏の指揮の下、ロシア・ナショナル管、マリインスキー歌劇場管、プラハ響、N響、読響等と共演。
2020年12月には井上道義氏指揮N響と伊福部昭「リトミカ・オスティナータ」を、2021年11月にはNHK音楽祭にて飯森範親氏指揮日本センチュリー響とシチェドリン「ピアノ協奏曲第1番」を演奏し、どちらも全国放送され、高く評価された。
最近は室内楽にも取り組むなど、活動の場を拡げている
ドイツ・グラモフォンより2枚のアルバムをリリース。2018年かがわ21世紀大賞受賞。
公式HP:https://www.japanarts.co.jp/artist/kanonmatsuda/
――広上さん、七夕の情緒など、現代日本ではどんどん薄れてきているだけに、音楽を通じてそれを想うことは大切かもしれませんね。
広上 今の日本は殺伐として、失ったものが大きすぎるだけに、一石を投じるアルバムになるんじゃないでしょうか。人間が生きていた証が音符の記号の中に入っていて、生きている演奏家が魂をそこへ吹き込むことによって、また生きる。
伊福部さんが今生きていれば110歳。その音楽を40代や20代の若者が弾いてくれる。伊福部さんも、本当に嬉しいと思いますよ。
曲目:①ピアノとオーケストラのための「リトミカ・オスティナータ」/②子供のためのリズム遊び/③ピアノ組曲
演奏:広上淳一指揮 札幌交響楽団、外山啓介(ピアノ)①/松田華音(ピアノ)②③
発売日:2025年5月21日
品番:KICC-1629/定価:¥3,300
日本が世界に誇る作曲家・伊福部 昭の代表作を一挙演奏!
ゴジラ生誕70年、伊福部 昭生誕110年の記念イヤーを締めくくる「伝説のコンサート」ふたたび!
日時:2025年5月26日(月)18:00開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール
出演:和田 薫、本名徹次(指揮)、松田華音(ピアノ)、石丸由佳(オルガン)、東京フィルハーモニー交響楽団
曲目:
<第1部>
子供のためのリズム遊び(抜粋)(ピアノ:松田華音)
ピアノ組曲(ピアノ:松田華音)
SF交響ファンタジー第1番(和田 薫編曲パイプオルガン版)(オルガン:石丸由佳)
<第2部>
SF交響ファンタジー第1番、第2番、第3番(全曲)(指揮:和田 薫)
<第3部>
交響譚詩(指揮:本名徹次)
シンフォニア・タプカーラ (指揮:本名徹次)
問い合わせ:サンライズプロモーション東京 0570-00-3337(平日12:00~15:00)
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