インタビュー
2025.11.26
オーケストラの舞台裏 vol.13

日本センチュリー交響楽団副首席ホルン奏者・鎌田渓志さん「ホルンはパイプ役であり、オーケストラにおける要の存在です」

日本センチュリー交響楽団副首席ホルン奏者・鎌田渓志さんがホルンを始めたのは、中学校の吹奏楽部への入部がきっかけ。当初はトランペットが吹きたかったそうで、ホルンは希望をしていなかったとか。しかし、音のコントロールを身につけるうちに、音の多彩性に惹かれて楽器と音楽にのめり込んでいったそうです。ホルン奏者としての日常や、オーケストラにおける役割、そして音楽以外のインプットなどを伺いました。

「オーケストラの舞台裏」は、オーケストラで活躍する演奏家たちに、楽器の魅力や演奏への想いを聞く連載です。普段なかなか知ることのできない舞台裏を通じて、演奏家たちのリアルな日常をお届けします。

桒田萌
桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。 夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オ...

撮影:明石祐昌

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吹奏楽部で始めたホルン

——ホルンを始めたきっかけを教えてください。

鎌田渓志さん(以下、鎌田) 中学生のとき、吹奏楽部に入部したことで始めました。実は、ホルンはまったく希望していなくて、本当はトランペットのように目立つ楽器を希望していたんですよ。たまたま楽器を決める期間に家族旅行に行っていて、次に部活に行くとホルンしか残っていなかった(笑)。

——当初、希望した楽器は何だったのでしょう?

鎌田 トランペットが第一希望でした。派手な楽器が吹きたくて。

そもそも、吹奏楽部に入ったきっかけは、もともと映画が好きだったからなんです。家族にデザイナーが多くて、映画にあるデザインやデッサンなどに興味を持って、その一環で音楽にも関心があって。

ホルンは希望していた楽器ですらなかったので、最初はジョン・ウィリアムズの音楽で自分の吹いているホルンが活躍している、なんて気づきもしませんでした。徐々に「ホルンって実はおいしい役割なんだな」と気づき始めて、のめり込みましたね。

神奈川県生まれ。東京藝術大学卒業。2015年ロサンゼルスで行われた第47回国際ホルンシンポジウム(IHS)において、IHS Premier Solist Competition4位、同Ensemble Competition優勝。第35回日本管打楽器コンクール入選。FILM BRASS主催。2024年に日本センチュリー交響楽団に入団。

——当時から音楽の道に進もうと考えていたんですか?

鎌田 中学3年生の頃の吹奏楽コンクールで、初めて地区予選落ちを経験してしまったことが一つのきっかけでした。このままやめると辛い思い出になってしまうと思い、もっと本格的にホルンに取り組むように。高校では個人レッスンに通い始め、そのうちに「一生吹いていきたい」と思うようになりました。

——オーケストラの演奏者を目指していたのでしょうか?

鎌田 はい、そうですね。高校では、レッスンに加えて地元のユースオーケストラにも通っていたのですが、そこでオーケストラで吹くことに楽しさを感じるようになって。そもそも、ホルンで食べていくならばオーケストラに入るのが一番ですし、自分にとってハッピーなことを仕事にすることにも魅力を感じましたね。

——「世界一難しい」と称されるほどのホルンですが、難しさは感じませんでしたか?

鎌田 ホルンは息の入り口であるマウスピースが小さく、一方で音の出口であるベルは大きいため、音のコントロールが難しい楽器です。だから、僕も吹奏楽部の顧問の先生から「鎌田牧場の牛が鳴いているわね」なんて言われたりしていました(笑)。

しかし、高校生になってレッスンに通い始め、ある程度コントロールができるようになってからは、「こんなにもいろんな色が出せるなんて」と楽しくなりました。壁を乗り越えることができれば、深みがあり楽しい楽器だと思えるようになります。

ホルンはオーケストラにおける「腰」

——オーケストラにおけるホルンの役割は?

鎌田 ホルンは、全体の音域の中でも中低音から真ん中くらいを担います。身体に当てはめると、トランペットやフルート、ヴァイオリンが顔、コントラバスやテューバが足だとすると、ホルンは腰まわり。腰という字には「要」が含まれているように、ホルンはまさにオーケストラという身体の要だと思います。

——「要」?

鎌田 たとえば、腰まわりの強いスポーツ選手の方が結果を出せるように、その部位がしっかりしていることで、体の上部も輝くし、足もしっかり踏むことができるわけです。

トランペットやトロンボーンのように激しい音も出すことができれば、木管楽器やチェロのように繊細で柔らかい音も奏でられる。時にはヴィオラやチェロのような中音とリンクすることもあれば、打楽器と連携して裏打ちのリズムを取ることもある。まさに各セクションを仲介する役割を担っています。

——まさにパイプ役ですね。

鎌田 いろんなセクションや演奏者の間に立ってコミュニケーションをとる必要があるので、普段から気を遣ったり、神経を研ぎ澄ましたりしているホルン奏者も多いですね。

でも、たとえば口下手でお話が得意ではないけれど、ホルンを使えば音楽で濃密なやりとりができる、という演奏者も意外と多くて。いろんな楽器の方とアンサンブルをできるからこそ、本番を終えたときの充実感も大きいですね。

——日本センチュリー交響楽団の魅力は?

鎌田 アンサンブル能力の高さでしょうか。絶対的に指揮者に従う、といったタイプではなく、自発的にアンサンブルで音楽を作っていく。リハーサル中のディスカッションもあり、コミュニケーションもとりやすいと思います。

——日頃からコミュニケーションをよくとられるんですね。

鎌田 そうですね。ホルンの場合は特に木管楽器の皆さんとは話し合いをしながら音楽を作っていく必要があり、僕自身がまだ若手なので、先輩方からたくさんアドバイスをいただくこともまだまだあります。

——ちなみに、鎌田さんのクラシックの愛聴曲はありますか?

鎌田 モーツァルトやハイドンなどの古典作品が好きです。ホルン奏者ならばR.シュトラウスなどの後期ロマン派がお好きなんですか、と聞かれることも多いのですが(笑)。

心にスッと入ってくる構成とメロディが好きなんです。少し時代は進みますが、旋律の美しいチャイコフスキーの音楽も好きですね。

——映画にも影響を受けたとおっしゃっていたので、映画音楽に通ずるものがあるかもしれませんね。

鎌田 僕はミーハーなのでで、いわゆる万人受けするような音楽が結構好きなのかもしれないです。

登山や寅さんでインプット

——オフの日の過ごし方は?

鎌田 実は僕、楽器ケースを開けることすらしないんですよ(笑)。

——意外です!

鎌田 もちろん、学生時代は何時間も練習していましたが、仕事としてホルンを吹くようになり、ペースをつかんでからは、あえて吹かない日が増えましたね。もちろん、すごく大切な本番や、ホルンの難しい箇所がある作品を控えていたら、オフを返上で練習します!

——練習や本番において、ルーティンはありますか?

鎌田 ルーティンを作らないことがルーティンかもしれません。

ホルン奏者の中には、やっぱり金管楽器は音を外してしまうと目立ちますし、コントロールも難しいので、きっちりウォーミングアップに1時間以上を費やす方も多いです。僕もかつてはそうしたいと思っていましたが、もしも交通機関が遅延するなどのイレギュラーが発生して、ルーティンにしていたウォーミングアップができていなかったから、いいパフォーマンスができなかった……となってしまうことに抵抗があるんですよね。

料理をしたり、自転車を漕いだり、お話をしたり、といった生活の一部として楽器を吹きたいと思っています。そうして自然体のまま吹くほうが負担にもなりませんし、僕にとってはそれがいいパフォーマンスにもなると思っています。

——元々は映画がお好きで音楽を始めたとおっしゃっていました。今も映画はお好きですか?

鎌田 はい、東京で映画音楽を演奏するアンサンブル「FILM BRASS」を立ち上げたくらいです。金管13重奏で演奏する団体なのですが、この編成で演奏できる映画音楽なんてなかなかないわけで、自分で編曲を手掛けることも。人生において多くの時間をこの活動に費やしています。

ちなみに、好きな作品は『男はつらいよ』。日本の原風景や人情を感じられて、どの作品も心が温かくなります。50本以上あるのですが、すべて複数回以上観ていますね。

鎌田 他にも、登山が好きです。日本百名山のうち、24は登りました。この前のオフは、長野の山々で遊んで、地元の神奈川県に帰る、という3日間の旅をしました。

山の景色は僕にとって大切なインプットになっています。たとえば、R.シュトラウスの描きたかった山の景色を知りたかったら、いろんな山の姿を知っていた方がいいですよね。ヘリコプターから見た頂上の姿だけでなく、霧や雨のなか濡れながら苦しい思いで見た頂上からの景色も知っている方が、見え方はまったく異なります。

そういった意味で、いろんな経験を肌で感じることは大切ですし、たくさんの景色をいつも探している気がします。

——音楽とそれ以外の営みが、いい循環で巡っているのですね。最後に、今後の目標を教えてください。

鎌田 今、日本センチュリー交響楽団のホルン奏者は僕1人なんです。今後は人数を増やして、センチュリーならではの骨太な腰を作っていけたらいくのが目標です。

また、個人的にはいつも笑いながら生きていきたいと思っています。クラシックには、激しい音楽や苦しい音楽など、さまざまな音楽があります。いかなる音楽を演奏しようとも、それらの根底にはまず自分が楽しい毎日を過ごしておくことが大切かなと。何があっても笑いながら日々を過ごしていきたいですね。

出演情報
日本センチュリー交響楽団公演

第294回 定期演奏会
日時:2025年11月28日(金) 19:00開演
会場:ザ・シンフォニーホール
曲目:
ペルト:カントゥス – ベンジャミン・ブリテンの思い出に
ブリテン:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品15
ベートーヴェン:交響曲 第7番 イ長調 作品92
出演:
指揮:アルヴォ・ヴォルマー
ヴァイオリン:金川真弓

 

センチュリー豊中名曲シリーズ Vol.36 「月」冬の満ち欠け
日時:2025年12月13日(土) 15:00開演
会場:豊中市立文化芸術センター 大ホール
曲目:
ドビュッシー(クロエ、カプレ編):ベルガマスク組曲
ベーメ:トランペット協奏曲 作品18 ヘ短調
チャイコフスキー:交響曲 第1番 ト短調  作品13 「冬の日の幻想」
出演:
指揮:大友 直人
トランペット:児玉 隼人

 

第295回 定期演奏会 
日時:2026年01月17日(土) 14:00開演
会場:ザ・シンフォニーホール
曲目:
久石 譲:Encounter for String Orchestra
久石 譲:ハープ協奏曲
ベートーヴェン:交響曲 第3番 変ホ長調 作品55 「英雄」
出演:
指揮:久石 譲
ハープ:エマニュエル・セイソン

 

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桒田萌
桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。 夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オ...

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