インタビュー
2023.10.11
11月14~26日にベルリン・フィルと全国6都市で来日公演

キリル・ペトレンコのオンライン共同会見~来日公演の曲目やベルリン・フィルの現在

11月14~26日にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が4年ぶりに来日し、全国6都市で全10公演を開催します。今回は2019年に同楽団の首席指揮者・芸術監督に就任し、すでにゆるぎない信頼関係を築くキリル・ペトレンコとの初来日公演。公演に先立ち、10月10日にペトレンコのオンライン共同記者会見が開かれました。記者からの質問をまとめて代表質問が行なわれた会見の模様を、質疑応答の形でお届けします。

ONTOMO編集部
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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

メインビジュアル:キリル・ペトレンコ©Chris Christodoulou

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《英雄の生涯》は演奏者たちが持つものすべてを出せる作品

――プログラムB(レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガOp.132、R.シュトラウス:交響詩《英雄の生涯》)は、今年の8月26日に本拠地ベルリンで行なわれた2023/24シーズン・オープニングの定期演奏会とまったく同じ曲目です。これをそのまま日本へ持ってこようと思われた理由は? それから、《英雄の生涯》でヴァイオリン・ソロを弾くコンサートマスターは誰に決めましたか?

ペトレンコ(以下、P) シーズン・オープニングのプログラムを考える際には、私たちは常にオーケストラにとってとても重要な、意味のある作品を選ぶように心がけています。これまでにもそれはマーラーであったり、ブラームスであったり、ベートーヴェンの交響曲であったりしました。つまり、私たちのオーケストラにとって核となるレパートリーの中から選ぶということです。

その中にもちろん今回の《英雄の生涯》が含まれているわけで、私は初めてベルリン・フィルと一緒に日本へ行くのならば、この作品を持っていきたいと考えました。というのは、この作品は演奏者たちが持つものすべてを出すことができ、とても効果的で美しい作品だからです。

また、レーガーはあまり演奏される機会のない作曲家ですが、昔は頻繁に演奏されていて、存命中はR.シュトラウスのライバルとみなされていた作曲家です。

本当に見事な作品を残しており、今回お聴きいただく「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」も本当に素晴らしい。今回レーガーを選んだのは、ひとつのプログラムの中で、後半のR.シュトラウスとコントラストをなす作品だと考えたからです。

そして、《英雄の生涯》のヴァイオリン・ソロを誰が弾くのかということですが、これを明かすことは私には許されておりません。ですが、もし皆さんがコンサートに足を運んで誰が演奏するのかを観たら、とても誇りに思うことは間違いありません。

マイニンゲンで得たブラームス4番のインスピレーション

――Aプログラム(モーツァルト:交響曲第29番、ベルク:オーケストラのための3つの小品Op.6、ブラームス:交響曲第4番)で演奏されるブラームス「交響曲第4番」は、ペトレンコさんが前に務めておられたマイニンゲン州立歌劇場のオーケストラ(当時のマイニンゲン宮廷管弦楽団)が、ブラームス自身の指揮で世界初演した作品です。

ブラームスの4番についてなにか特別な思いや、マイニンゲン時代に仕入れた演奏のコツなどがありましたら教えてください。

 私がマイニンゲンで特にインスピレーションを得たのは、そこにある素晴らしいアーカイヴに保存されている古い譜面です。実際に、4番の世界初演が行なわれた時に使われていたパート譜が、そこには残っているのです。

そのパート譜は、1911-14年に音楽監督を務めたマックス・レーガーも使っていて、なんと、レーガー自身によってデュナーミクなどに関する書き込みがされています。このように、古い譜面を研究することが私にとってはとても重要で、そこから得たインスピレーションがたくさんあります。

実は日本に行く前にもう一度、マイニンゲンに足を運んで、譜面を研究したいと思っています。

ベルクのひじょうに今日的な音楽

――ペトレンコさんが2019年にベルリン・フィルの首席指揮者・芸術監督に就任した際の記者会見で示した方針の中に、埋もれてしまったドイツ・オーストリア音楽の再評価ということがありました。ベルクとレーガーはこれに繋がると思うのですが。

 私が今回、このプログラムを選んだことには、もちろん意図があります。2つのプログラムでドイツ・オーストリアの音楽ばかりを集めており、しかもひじょうに幅広いラインナップになっていると思います。

ベルクのこの作品はとても難しく、理解するのも難しいので、あまり演奏される機会がなく、今回この作品を日本に持っていくのは、ちょっと勇気のいることでもありました。ひじょうに編成が大きくて、マーラー以外は使わない楽器も登場します。例えば、マーラーが6番の交響曲に使っているハンマーを、ベルクは「行進曲」で使っています。

ベルクは、マーラーの規模の大きい交響曲を引き継いでいる存在だと思っています。とりわけ、第3楽章の「行進曲」は、黙示録的な様相を呈している音楽ですが、現代の私たちが置かれている世界情勢を見ると、こんなに今日的な音楽はないのではないかと思うくらいです。今、人類にとってひじょうに悲惨なことがたくさん起きていますが、それが音楽の中に聞こえるような作品です。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団©Stephan Rabold

音楽作りのスタイルと楽団員の世代交代

——カラヤンの時代には、指揮者とオーケストラの間に明らかな上下関係がありました。それを対等の関係に変えたのがアバドで、後任のラトルもそれを引き継いだように見えます。

ペトレンコさんの場合は、そこから一歩進めて、全員がコンセンサスを得ながらひとつの音楽を作り上げていくような、さらに新しいスタイルを目指しているように思うのですが、いかがでしょうか? そしてそこには、世代交代した楽団員の存在があるのでしょうか。

 はい、おっしゃる通りだと思います。私はオーケストラのメンバーと関係を構築するにあたり、リハーサルでコンセンサスのようなものを作り上げようと心がけています。私が持っているたくさんのアイデアの、なるべくすべてをオーケストラのメンバーに伝えようと思っています。しかし大事なのは、それを受けとめる側、オーケストラの各メンバーが、私が言ったことを納得して受け止めることなんです。

たとえ自分が持っている意見と違ったとしても、それが納得できるものであれば、説得力のあるものとして受け入れることができ、最終的に舞台上でひとつの意見としてまとまって、私たちは演奏に臨むことができます。
 
――楽団員は随分若返ったのでしょうか。

 そうですね。今は世代交代が確かに進んでいて、ギリギリ、カラヤンを知っている最後の人たちが定年を迎える頃です。

本当に皆さん、素晴らしい経験をたくさんしていらしたので、当時について話をしてくださる方がいなくなるのはとても残念です。

今、私たちがアバド世代と呼んでいるメンバーたちがちょうど盛りを迎えていて、この世代は、若い人たちにアドバイスを与えるという意味でも、とても重要なポジションにあります。

一方で、アカデミー出身の若い素晴らしい演奏家たちが入ってきています。若い人たちに私が伝えたいと思っているのは、リハーサルでどれだけ細かくディテールにこだわって、積み重ねていくかということです。リハーサルではリスクも犯した上で、いろいろなことをやってみるということ。若い世代はとてもオープンなので、それに積極的についてきてくれます。この世代が、私がいちばん影響を与えることのできる世代だと思っています。

このように、今、複数の世代が混在しているので、それが互いにとてもいい影響を与え合っていると思います。

Be-Philプロジェクトで私たちの思いの樹を植えていきたい

――今回、日本でアマチュアを交えたBe-Philというプロジェクトを立ち上げます。

これを日本から始めようとした理由と、このプロジェクトへの期待を教えてください。

 私たちが心がけているのは、育成をしたいということなんです。そしてツアーに行くのであれば、私たちの考えや思い、どのように演奏するのかといったことも持っていきたいと思っています。私たちが行った先で植樹をして、その木が根を生やしてしっかりと大地に根差すような、そんなイメージでこのプロジェクトを行なっていきたいと思います。

私たちが行った先で、現地の音楽家の皆様との関係を作りたい。とりわけ大勢のアマチュアの音楽家に参加していただくことで、このプロジェクトはその素晴らしさを発揮するのです。ベルリン・フィルのメンバーと一緒にひとつのプログラムを作り上げるという経験は、間違いなく皆さんにとって忘れられない思い出になるでしょう。ベルリン・フィルというオーケストラが持っている熱狂を、ぜひこのような形で皆さんに伝えたいと思っています。

――最後に、日本のファンに向けて、来日前のメッセージをいただけますか?

P 前回日本へ行った際、日本の聴衆の皆様がコンサート中にとても静かに、注意深く耳を傾けてくださったこと、けれども演奏が終わった時、いかに熱狂的な拍手をしてくださったかということを、今でもよく覚えています。

そして、Be-Philオーケストラに参加する皆さんに会うのも今からとても楽しみです。このプロジェクトを機に、ぜひ私たちのクラシック音楽を日本でもっと楽しんでいただきたい。たくさん聴いていただきたいし、広めていただきたい。このようにして、私たちの文化がさらに日本の皆様の間で広まれば、私たちのミッションを果たすことができるのだと思います。

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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

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