個性派バンド、レルエのヴァイオリンsayaが振り返る軌跡。クラシックからロックへ
近年『METROCK 2019』、『PIA MUSIC COMPLEX』等の大型フェスへ相次いで出演、2020年にモンストアニメ主題歌「キミソラ」をリリースするなど、人気が高まっているロックバンド、レルエ。その大きな特徴は、エレクトロなバンドサウンドの中に、ヴァイオリンを溶け込ませていること。ヴァイオリンを担当するsayaさんに、クラシック音楽から始まり、ロックに転向したのち、レルエとして才能を結実させるまでの道のりを聞きました。
編集プロダクションで機関誌・広報誌等の企画・編集・ライティングを経てフリーに。 四十の手習いでギターを始め、5 年が経過。七十でのデビュー(?)を目指し猛特訓中。年に...
目まぐるしく移り変わるJ-POPシーンにおいて、2013年の結成以来、じっくりと時間をかけて自らのサウンドを磨き上げ、個性派ロックバンドとして注目を集めているレルエ(LELLE)。櫻井健太郎(ヴォーカル&ギター)が紡ぎ出す鋭い世界観、太くてキレのあるグルーヴで曲をグイグイと引っ張るエンドウリョウ(ベース)、そして楽曲にカラフルな色彩と音楽的広がりをつけるのが、今回登場いただいたsaya(ヴァイオリン&シンセ&コーラス)だ。
幼少の頃からヴァイオリンを習い、中高ではオーケストラにも所属していたという彼女に、クラシック音楽に夢中だった子ども時代の話や、バンドに入ってから改めて気づいた音楽の魅力を伺った。
ヴァイオリン漬けの幼少期、プロという選択肢も
――まず、sayaさんがヴァイオリンを始めたきっかけについて教えてください。
saya 私は3歳のときにヴァイオリンを始めたのですが、テレビ番組『にこにこぷん』で「ぽろり」がヴァイオリンを弾いているのを観たのがきっかけです。それで母が習わせてくれました。
――ご両親も音楽好きだった?
saya はい。両親ともにクラシック音楽が好きで、独身時代にはよく2人でホールへコンサートを観に行っていたそうです。父は趣味でピアノやエレクトーンを弾いていたそうなのですが、結婚してからはやめてしまったので、私は彼が演奏するのを見たことがありません(笑)。
――練習は楽しかったですか?
saya 小学3年ぐらいまでは、練習すればそれだけ弾けるようになるのが自分でもわかったので、楽しかったですね。その頃は両親も、私が将来プロとしての道も選択肢に入れられるように、と考えていたようで、毎日何時間もつきっきりで練習に付き合ってくれていました。お友たちと遊ぶのも年に数回とか、練習漬けの毎日だったんです。
――それは本格的ですね!
saya 当時は高松に住んでいたのですが、小学2年のときには地元のジュニアオケにも参加しました。指揮者の山本直純先生が指導してくださって、「音楽は楽しむものなんだよ」と教えてくださったり、曲もルロイ・アンダーソンの「シンコペイテッド・クロック」や「タイプライター」など、ヴァイオリンの練習ではやらない作品を練習させていただいたので、今から思えば、ジュニアオケでの経験は今でも役に立っていると思います。
ルロイ・アンダーソン「シンコペイテッド・クロック」、「タイプライター」
――音楽の幅が広がったんですね。
saya そういえば、小学4年のときに東京へ引っ越すんですけれど、それまでJ-POPとか全然聴いていなくて、「そういう音楽を知らないと、東京へ行ったら会話についていけない!」と思って、一生懸命聴いたんですよ(笑)。当時は宇多田ヒカルさんとか、倉木麻衣さん、MISIAさんたちが出てきた頃で、ものすごくパワーを感じました。そうしていろんな音楽を聴くようになったのも、今の活動につながっていますね。
当時聴いていたという宇多田ヒカルさんのデビューアルバム『First Love』
中学・高校時代はオーケストラに没頭、音楽的な好みも固まる
――東京では中学・高校でオケに参加したと伺っています。
saya 東京に来てから、スランプというか、自分の進む道がわからなくなってしまいました。小さい頃は言われるままにやっていればよかったけれど、それだけでは自分の演奏を確立できない。そして、高松にいた頃と違って、東京はヴァイオリン人口も桁違いに多いですし、十代になるとぐんぐんと伸びてくる子も多い。そんななか、自分は彼らと競い合っていけるのか、いろいろと考え過ぎて自分を見失ってしまったというか。だけど、当時の先生方が基礎の大切さや音楽との向き合い方など、さまざまなことを教えてくださったこともあり、練習は続けました。そして中学ではオーケストラに入りたい、と思って、オケのある学校を受けたんです。
――高松以来のオーケストラはいかがでしたか?
saya 先生の選曲がちょっと斜め上を行っていて、最初にやったのはシベリウスの『レンミンカイネン組曲』で、ほかにもピアソラだったりカバレフスキーの作品など、普通だったらなかなか演奏機会のない曲に触れられました。そこで、自分の好みもはっきりしたような気がしたんですよね。
――どのようなものが好みだったのですか?
saya 特にハマったのが、チャイコフスキーの「マンフレッド交響曲」で、後にバイロンの詩によるものでもあると知るんですけれど、ただ哀しいだけではない、叫びにも似た強い響きを感じたんですよね。音から感じるロシアの冷たい質感にも心を動かされました。ロシア的なものにはどこか引きつけられるところがあって、ラフマニノフも好きですし、愛聴するヴァイオリニストはダヴィッド・オイストラフなんです。ギドン・クレーメルも好きですけれど、彼もオイストラフの弟子だから、どこかで共通したものを感じるのかもしれません。
チャイコフスキー『マンフレッド交響曲』
ダヴィッド・オイストラフ演奏、「ヴァイオリン・ソナタ第5番へ長調《春》」より第1楽章(ベートーヴェン)
――音楽の深みにハマっていったんですね。
saya そうですね。それからオーケストラの曲を漁るように聴くようになったんです。家には両親の膨大なCDコレクションがあったので、それを片っ端から聴いていくような感じで。あまりにも夢中になり過ぎて、勉強はおろか、ヴァイオリンの練習にまで支障をきたしてしまい……結局半年間オーケストラ部を休むことになってしまいました(笑)。それぐらいオーケストラでの体験は強烈だったのですが、当時はもう音楽の道はあきらめていて、一般の大学に進学を決めました。
ロックに転向、より良い音を目指し電子音も
――大学では音楽をやらなかったのですか?
saya いちおうバンドサークルに入っていましたけれど、籍を置くだけで、実際は1年ぐらい音楽からは離れていました。すると今度は「自分がこれまで何年もかけて培ってきたものが、何も消化できていない」という気持ちが強くなってきて、何かできないかと思ってSNSを見ていたら、なんとヴァイオリンを募集しているバンドを見つけたんです。そこで連絡を取って、参加することにしました。
――それがレルエに入る前のバンドですね。
saya はい。ギターが2人いる5人編成のロックバンドだったのですが、リードギターの方が脱退するため、それまで作った曲のギターソロをヴァイオリンに置き換えたい、とのことでした。
――なかなか経験することのないリクエストだと思います。
saya そうですよね。何か手本になるようなものがあるわけでもないし、メンバーたちも初めてのことだからわからない。だから自分でイチからやるしかなかったんです。とりあえずはギター用のエフェクターを次から次へと試してみて音作りを研究しました。あと、何よりも大きかったのはリズムの違いです。オモテ拍から入ることが多いクラシックとは違って、ロックはウラを意識しないとノリが出ない。もう本当に、何から何まで初めてのことばかりでした(笑)。
――でも、そこからレルエにつながっていくわけですね。
saya そのバンドは私が入ってから1年半ぐらいで解散することになりました。その解散ライブにレルエのヴォーカルの櫻井が来ていて、彼に「ウチに入らない?」と誘われたんです。まだレルエの前身の、5人編成のバンドだったんですけれど、後に3人でレルエとしてやっていくことになります。そのときにサウンドをガラリと変えようということで、ヴァイオリンに加えてシンセも担当することになりました。
レルエのライブ中のsayaさん
――シンセというと、またクラシック音楽とはかけ離れた感じがします。
saya 打ち込みやキーボードって、無機質な感じがして、もともと苦手だったんです。だけど、イギリスのKlaxons(クラクソンズ)というバンドを聴いて、考えが変わりました。彼らは電子音がまるで生きているような音作りをしていて、衝撃を受けましたね。こういう音作りもできるんだ、って。
だから、シンセを使う場合は、電子音が苦手だった昔の自分が「あ、これいいな」って思えるような音作りを心がけています。また、シンセは音色にこだわると際限がなくて……以前はハードシンセを使っていましたが、現在はソフトシンセを使っています。毎年の流行も微妙に違うので、レコーディングとライブで違う音色を使ったりしますね。ちなみに、音色のちょっとした違いを聴き分けるときに、オーケストラの経験がものすごく役に立っていますよ。
Klaxons(クラクソンズ)の代表曲プレイリスト
いつかどこかで、自分の中で納得できるクラシックの演奏ができたら
――レルエの曲では、ダンサブルなサウンドの中にヴァイオリンが違和感なく溶け込んでいますね。曲作りはどのように行っているのですか?
saya 櫻井が作り、送ってきたデモに、私がシンセやヴァイオリンで味付けをしていく感じですね。バンドに入った当初は「こんな感じ」というイメージを伝えられることもありましたが、レルエになってからはほとんどないですね。「この曲に思いつくこと入れて」みたいな感じで送られてきます。
――演奏や音作りで気をつけていることはありますか?
saya 先ほども申しあげたように、リズムの取り方で違和感が出ないようにしています。音色でいうと、ソロのときには強くしますし、ほかの楽器を引き立たせるときは、リバーブをかけて高音が空気に溶け込むような音にしたりしますね。
――先ほどエフェクターの話もありましたが、現在はどうですか?
saya レコーディングではアコースティックのヴァイオリンで録って、ミックスの時点で調整しています。ライブでは、特にライブハウスのような狭い会場ではエレキヴァイオリンをギターアンプにつないで、エフェクターもボードを組んで使っていますよ。ボードの核になっているのはイーブンタイドというメーカーのH9というマルチエフェクターで、音の劣化がなく音色を変えられるので気に入っています。あと歪みではVEMURAMのJan Rayというギターの世界でも人気のペダルを使っています。
註:「エフェクターボード」エフェクターを複数組み合わせ、持ち歩きやすいようにボードに取り付けたもの。プレイヤーの個性が詰まっており、こだわりが反映されていることが多い。
――レルエを続けてきて、サウンドに対するアプローチで変化はありましたか?
saya すごくありますね。面白いのは、クラシックをやっている方だったら「作曲者の意図」という言葉をよく聴くと思うんですけれど、それをレルエでより身近に感じるようになったんです。だって、作曲者が普通に目の前にいて、「ああしたい、こうしたい」と言っているんですよ(笑)。クラシックの練習をしている頃は、「作曲者の存在が~」とかいっても、遠すぎて想像することができなかったのが、バンドを始めて「あ、こういうことなのか」と、ストンと腑に落ちました。
そう気づいてから、クラシックを聴くときも、練習で弾くときも、「もし作曲者が生きていて、目の前にいたら、自分はどんな演奏をするだろう」と想像をめぐらせられるようになりました。
――ONTOMO読者の中には、レルエを初めて聴く方も多いと思うのですが、「まずはこれを聴いて!」という曲があったら教えてください。
saya 「プレイアデス」ですね。最初のデモを聴いたときにオーケストラにいた頃を思い出して、当時感じていたことをアレンジに反映させることができた曲です。ヴァイオリンもわかりやすいので、聴きやすいのではないでしょうか。あと「夜はモーション」も面白いと思いますね。
レルエ「プレイアデス」MV
それと、レルエの曲ではないのですけれど……イギリスのクリーン・バンディットというバンドの「Rather Be」という曲もよかったら聴いてみてください。大好きな曲で、「こういうことをレルエでしたいな」というイメージがたくさん詰まっているんです。「ロックとクラシック」というテーマにも合うと思いますよ。
――最後にレルエの、そしてsayaさんの今後の展望をお聴かせください。
saya まずレルエとしては、これからもいろんなタイプの曲を試していくと思うので、それに応じて自分のアプローチの幅を広げていきたいです。個人的には、将来的には活動の範囲を大きくしていきたいですし、曲作りもしていきたいと思っています。そして、クラシックの演奏で生きていくことはあきらめたのですが、どこかで、自分の中で納得できる演奏をすることができたらうれしいですね。
レルエ最新楽曲「インビジブルな才能」MV
編集部おすすめ! sayaさんのヴァイオリンが活躍するレルエ楽曲プレイリスト
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