許諾フリーで滑れるフィギュア作品のためにつくりあげた、口笛とハープによる珠玉の音源
許諾も使用料も必要なく、誰でも自由に滑ることができるフィギュアスケート作品《チャーリーに捧ぐ》は、元オリンピック選手で研究者の町田樹さんによる「エチュードプロジェクト」の第1弾。本作品は、町田さんがスヌーピーの短編アニメーション映画『スヌーピーのスケートレッスン』からインスピレーションを受け、選曲から振付、模範演技まですべてを手がけています。楽曲は、口笛とハープによるプッチーニ「わたしのお父さん」。
今回は、編曲と演奏を担当した口笛奏者の青柳呂武さん、ハープ奏者の小幡華子さん、町田樹さんの3人に、コラボレーションのいきさつや音楽と身体表現の魅力についてたっぷり語っていただきました。
口笛とハープがつくる、流麗な響き
——まずは作品制作のいきさつについて教えてください。
青柳 ある日、僕の公式サイト経由で突然メールをいただいて。どこかで見たことのある名前だなと思いつつ読み進めたら「フィギュアスケートの振付をしつつ大学で教えている者ですが……」と書いてあるので、えっ、あの町田さん!?とびっくりしたのが率直な感想です。口笛とのコラボ作品をつくりたいというお話で、戸惑いと驚きと嬉しさが入り混じって、ものすごくビビりながら返信しました。
町田 制作陣と共にさまざまな口笛の演奏を聴き比べたのですが、(青柳)呂武さんの演奏はメロディアスで情感がこもり、フィギュアスケートにいちばん合うと感じてご連絡しました。すぐにお返事をいただけて嬉しかったです。直接お会いしたのは今年の初めでしたね。
青柳 はい。カフェで待ち合わせて、企画を説明していただきました。
町田 アイディアのもとになったスヌーピーのアニメでは、口笛の伴奏としてハモンドオルガンが入っているのですが、そのとき青柳さんから「今回はハープでやってみてはどうか」とご提案いただいたんですよね。ハープでというアイディアはどのように?
青柳 なるべく素朴な雰囲気でというご希望があったので、口笛にあとひとつ楽器を合わせるとしたら何かなと考えて。スケートでの演技をイメージしたら、自然にハープが浮かんできたんです。
町田 小幡さんとは以前にも共演されていたのですか?
小幡 いえ、初共演どころか「初めまして」でした(笑)。
青柳 僕の古くからの友人が、ハープ奏者と結婚したと聞いていて。いつか共演の機会があったらいいねと話していたことを思い出したんです。早速、小幡さんのご自宅に伺って演奏を聴かせてもらい、想像以上にぴったりだと感じて、その場でぜひ、とお願いしました。
小幡 思い出してくれてありがとう(笑)。私も呂武くんの演奏を初めて聴いたときはびっくりしました。口笛って、こんなに音量が出て、こんなにも表現の幅が広いものなのかと。お話をうかがったときは、私も「えっ、あの町田さん?」と驚きましたが、小さい頃からフィギュアスケートは大好きでしたから、本当に光栄です。
町田 そういう出会いだったんですね。お二人でより流麗な、フィギュアスケートにぴったりの音楽に仕上げていただきました。呂武さんの口笛は、アニメの口笛とは奏法が少し違いますか?
青柳 アニメは、ビブラートが強めの演奏でしたね。町田さんがメロディアスで抒情的だと言ってくださった演奏スタイルが自分の持ち味だと思っていますので、そこは貫こうと。
町田 編曲はどのように?
青柳 二人で相談しながらですね。ハープらしい音形や弾きやすさを意識しつつ、最初はシンプルに、後半は少し音数を増やしたりと、演技の展開もイメージしながらつくっていきました。
小幡 「私のお父さん」(イタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニのオペラ《ジャンニ・スキッキ》のなかで歌われるアリア)は、技術的に難しくはないのですけれど、音数が少なくシンプルなぶん、一音一音の響きに神経を使いつつ、フレーズの流れが失われないよう、意識して弾きました。
町田 出だしはハープから始まりますし。
小幡 あれはかなり緊張しますね(笑)。静寂の中に、自分の音が入る瞬間がいちばん怖いです。
町田 とても素敵な前奏でした。ハープの前奏の中でプレパレーション(準備の動き)をして、口笛の第一声とともに滑り出す構成にしたのですが、作品に入り込むよい序章になりました。
ヴァイオリン、口笛、スケートの共通点とは?
——オリジナル音源のレコーディングは、3月に都内のスタジオで行なわれました。収録で苦労されたのはどんなところでしょうか?
青柳 最初は「通し」にこだわって同じ部屋で収録していたのですが、少しでもミスがあると録り直しになってしまうので、二つの部屋で同時に演奏すると良いのではないか、とスタジオのエンジニアの方からアドバイスをただき、別部屋での録音を試しました。ハープのペダルを踏む音をマイクが拾ってしまうので、最終的には、ペダルの踏み替えのある個所を別録りして、編集で合わせています。
2分程度の曲ですが、4時間もかかってしまいましたね。こだわりだすと止まらなくなって。口笛は、ちょっとした体の動きに敏感に反応するので、わずかなミスも許さないよう細心の注意を払って演奏したんですけれど、それで何度もテイクを重ねることになりました。
小幡 思っていたよりも時間はかかりましたけど、ひとつの作品をつくりあげていくという作業はとても楽しかったですね。また、その音源がスケートリンクという特別な場所で流されて、さらに町田さんが滑られると思うとワクワクしました。
町田 お二人には長時間にわたり、試行錯誤を重ねていただきました。口笛は身体そのものが楽器ですから、口の中の水分量など、環境に大きく影響されるのでしょうね。
青柳 湿度や気温、スタジオの広さにも左右されます。酸素が足りなくなるようなこともたまにありますね。
町田 スタジオで、まるでオペラ歌手のようにしっかりウォームアップされていたのが印象的でした。
青柳 「音楽をする身体」にするために、ちょっと気合を入れて大きな声を出すなど、肺を動かすウォーミングアップをして身体を温めています。口笛は口先だけでも吹けますが、僕は歌を歌うときのように、もっと全身を使いたいんです。少し重心を下げ、膝を軽く曲げてリラックスした「歌う身体」をつくって、その感覚のまま口笛にいく、みたいな。
町田 呂武さんの口笛は、歌っていますよね。歌に近いけれど呼吸そのものでもある。まるで風のようなのびやかさが、スケートに合うのだと思います。
青柳 僕の音楽の基礎はヴァイオリンですが、大学院で歌を習っているうちに、口笛がだんだん「歌寄り」になってきたようです。ただし、歌詞がないぶん、素朴でより根源的なものを表現できるところが、口笛の魅力だと思っています。だから、歌のようで、風のようだと言ってくださってすごく嬉しいです。
——青柳さんはどのように口笛奏者という道を選ばれたのでしょうか?
青柳 僕は二人の兄と一緒に、5歳からヴァイオリンを習っていたのですが、兄たちが口笛を吹いているのを見て、自分も吹けるようになりたいなと思って練習し始めたのが最初です。誰かが吹き始めると、そこに誰かが自然と合わせて、毎晩三人でハモって遊んでいるうちに上手になって。いつの間にか、ヴァイオリンより口笛を吹いている時間のほうが長くなっていました。
町田 ヴァイオリンと口笛の音に、相通ずるものがあったわけですよね。
青柳 鋭いですね(笑)。たとえばピアノは、ひとつ音を鳴らせばそのまま減衰していくけれど、ヴァイオリンは、弓のスピードや圧力によって、音を発したあとでも増幅させることができます。口笛も同様に、息を「吸う」「吹く」といった動作のスピードや圧力で同じような変化を起こすことができ、ヴァイオリンと似ているなあと感じていました。ヴァイオリンを意識して吹いていた部分もあると思います。
町田 スケートにも共通点があって、ひと蹴りの滑りのスピードを、エッジの使い方しだいで速くしたり緩やかにしたり、変化させることができます。それが口笛とスケートのシンクロナイゼーションの核心だと思います。
青柳 たしかに共通点、ありますね。あれ、自分は口笛、上手いのかな? という自覚が芽生えたのは中学生の頃です。その頃出回り始めたYouTubeの動画で、口笛の世界大会があることを知って、自分も優勝目指して頑張ってみようかなと。ヴァイオリンや、中学時代に入っていた吹奏楽部の基礎練習を口笛に取り入れて、独学で口笛特有の技の精度を高めていきました。
——東京藝大の音楽環境創造科に進まれていますが、どんなことを学ばれたのでしょうか?
青柳 音楽環境創造科では「音楽制作」のゼミに所属していました。いわゆる作曲よりもう少し音を広くとらえ、さまざまな音で作品をつくるゼミです。入試の時は、口笛という楽器の可能性をアピールするために、モンティの《チャルダッシュ》を演奏しました。
町田 呂武さんのホームページで映像が見られますが、超絶技巧の演奏ですね。その後、大学在学中に世界大会に優勝されています。
青柳 はい、それをきっかけに、プロの口笛奏者としてやっていこうと思うようになりました。
エチュード#1−4 《チャーリーに捧ぐ》指定音源(ミュージックビデオ)
エチュード#1−1 《チャーリーに捧ぐ》演技
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