インタビュー
2019.05.24
ミシェル・ベロフ インタビュー

ピアノにおける「音色」とは? 名ピアニストにして教育者のミシェル・ベロフが語る、フランス音楽をより良く演奏するヒント

楽器を演奏している方であれば、練習やレッスンで必ず話題になる「音色」という言葉。実際に音に「色」が見える共感覚もあるくらいですから、音と色は密接なのかもしれません。

そこで、3度のドビュッシー前奏曲集の録音を果たし世界的なピアニストとして活動するとともに、積極的な教育活動を展開するフランス音楽のスペシャリスト、ミシェル・ベロフさんにインタビュー。フランス音楽における「色」の存在、そして演奏に臨むための心構えまで、たくさんのヒントをいただきました。

ミシェル・ベロフ
ミシェル・ベロフ ピアニスト

1950年フランス生まれ。1966年にパリ国立高等音楽院を卒業し、翌年の第1回オリヴィエ・メシアン国際ピアノ・コンクールで優勝。以来、メシアンの音楽の最も優れた解釈者...

翻訳:小阪亜矢子

取材協力:国立音楽大学

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フランスの世界的ピアニスト、ミシェル・ベロフさんが、国立音楽大学でのレッスンやドビュッシーのピアノ作品についてのレクチャーのため来日。講義は『亜麻色の髪の乙女』や『沈める寺』などの名曲を含む曲集を、あらゆる観点から解説する素晴らしいものでした。

その講義の中でも頻繁に出てきた「色彩」や「音色」について、ドビュッシーをはじめとするフランス音楽をより良く理解・演奏するためのヒントを伺いました。

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ミシェル・ベロフさんによるレッスン風景。
写真提供:国立音楽大学
インタビューの前には国立音楽大学のオーケストラスタジオででドビュッシーの2つの《前奏曲集》に関しての講義を2時間にわたって行なったベロフさん。

フランス音楽の「色彩」は感覚的に表れる

——フランス音楽は一般的に色彩豊かといわれています。ピアノにおける「色彩」とは何でしょうか?

ベロフ: そうですね、さまざまな概念が混ざったもの……色彩(couleur/クルール)というか、音色(timbre/タンブル)ですよね。私には楽器の音に色が見えるという感覚はありません。ファ#が聴こえると緑が見えるとか、シは黄色で、ミは赤とかいう人もいますが。

みんな多少は、音と色を結び付けています。感覚的というより、知性でそう捉えています。

ベロフ: たとえば先生たちが「色を変えなさい」と言うとき、それは「何か」を変えなさい、という意味です。そしてその「何か」が何なのかを明確にし、音色にしなくてはなりません。「もう少し金属的な音」と言ったら、金属的というのは音色の種類そのものでもあるし、視覚的には明るくて輝きがあり、茶色や黒より黄色っぽい色を想像するでしょう。

とても主観的なことです。ある人が白を感じるところで、別の人は青を感じる、青のほうがその人にとって静かな印象を与えるから、ということもあるでしょう。繰り返しますが、音色とか、感覚の問題だと思うのです。

たとえば、海について話すとします。海にうつる太陽とか、自然について、森の緑について、色に完全に特化しなくても話すことができます。特定の音や調性に対して色が結びついていることはありますが、それは全体のことではありません。風土の色は1色ではないからです。

フランス音楽では「自然」の存在感が強いですが、自然を音楽にする方法は、より美学的です。音楽で表されている自然は、良いところを集めているのです。

フランス音楽はどちらかというと感覚的な美しさを追及していて、つまり、あまり深遠ではないかもしれない。そのぶん視覚的なのです。ですからイメージは重要で、想像力を働かせることが必要です。

「聴覚的なイメージ」と「視覚的なイメージ」2つのイメージを鮮明に

ベロフ: フランス音楽には水がたくさん出てきます。作曲家がたくさん水のモチーフを使います。鐘もです。ほかにもフランス音楽に多く使われる要素がいくつかありますが、なぜならみんながその要素の色をよく知っているからです。色というのは繰り返しますが「音色」のことです。

みんな、鐘がどう鳴るかみんな知ってます。水がどう流れるか、水は何色なのか、緑かもしれないし、青や透明かもしれない。そういったものがフランス音楽に現れる象徴的なものです。

ベロフ: しかし何よりも、フランス音楽を演奏する前には、どんな和声か、どんな情景か、テーマを頭の中で映像化する必要があります。「聴覚的なイメージ」と「視覚的なイメージ」です。多くの人が明確なイメージを思い浮かべていませんが、それこそが最初にすべきことなのです。

ですが実際、「聴覚的なイメージ」は演奏の結果でもありますから、それは色だけではなく、音だけでも、音色だけでも、言葉だけでもなく、すべてが混ざりあっています。私たちはそれぞれの要素を個別に感じとっているわけではなく、もっと定義し難いものを感じているんです。

ですから、フランス音楽をよりよく演奏するためには、フランスの絵画、フランスの詩歌芸術、フランスの作家などを知ること、そういうことに対する感性が必要です。

何かを再現しようと思ったら、頭の中にこうした素材を備えておく必要があります。そうでないと、もの足りない音楽になってしまう。

ドイツ音楽を演奏するのに、ゲーテやシラーを必ず読めというわけではないけれど、読んでいればそれに越したことはない。その空気感を理解するのを補ってくれますから。なぜなら、もちろん作曲家だって、彼らの引き出しにあるものから何かを表現して作曲するわけです。

その引き出しも、異なるさまざまな影響から作られています。だから、その影響元を知ることで、作曲家の引き出しを理解する助けになります。ベートーヴェンの引き出しとドビュッシーのそれとは違います。それぞれが違う影響を受け、異なる糧を得て、彼ら自身の優れた才能に合わさってできているわけです。それを知る必要があります。それが目的ではありませんが、とても重要なことです。

イメージを誰かに伝えるためにテクニックが必要

ベロフ: そうしたことに詳しくなったら、こんどは演奏に落とし込まなくてはなりません。そのために必要なのがテクニックです。

音のテクニックというのは、ある音の出し方、あるいは別の音の出し方を知ることです。なぜなら、自分の内側だけで感じ取っていても、それを音として再現できなければ、自分の中だけで終わってしまいます。

自分だけで弾くのであれば、自分の内部に宇宙があれば出てくる音が全然違っても問題ないでしょう。ですが、もし誰かが聴いているなら、伝えたいことを少しでも理解してもらう必要があります。だからテクニックが必要ですが、テクニックというのは練習あるのみです。でも繰り返しますが、もし想像力や伝えたいことが何もなければ、テクニックは何の役にも立ちません。

――あるヴァイオリニストに「弦楽器奏者にとっての音色とはなんですか?」と訊いてみたことがあります。ピアニストは指先の感覚が音色をつくると思っていたので、弦楽器奏者にとってそれはなににあたるのかと思いまして。そのヴァイオリニストは即座に「弓を動かす速さです」とお答えでした。

ベロフ: ああ、それはまさにテクニックですね。テクニックがあれば何かを生み出すことができます。もちろん弦楽器とは大きな違いがあって、それはピアニストは複数の声部を演奏するということです。弦楽器奏者が1人で2声以上弾くことはないですよね、するとしても、ほんの少しです。

多声部だということは重要な視点です。構造全体だということですから。1声部のみを担当する場合は構造の捉え方が違います。もちろん1声を演奏する場合でも構造は重要ですが、多声部の場合とは重要度が違います。

ですから、私たちピアニストは弦楽器奏者とは音の準備の仕方が違います。多声部ということは、レリーフのように立体的な印象を与えるのです。難しいのはすべての音に目を行き届かせること。そのために音がどこから来て、どこへ行くのか知らなくてはなりません。だからまず楽器を弾かないで楽譜を勉強するべきです。どのような構造になっているか、ある程度理解する必要があります。分析はとても重要です。

言葉、感情、精神性......さまざまな経験で音楽が理解できてくる

ベロフ: これらのことは、すぐに解るような簡単なことではありません。人生を積み重ねてやっとわかるようなこともありますからね。フランス音楽は特殊です。ドイツ音楽などとは違って、直接的な表現や、わかりやすい形式が使われません。だから人としての経験が必要だし、人生において、さまざまな違った状況に置かれることで多少理解が進むこともあります。引き出しにしても、状況にしても、感情にしても。

フランス音楽には、たくさんの感情も含まれていますが、視覚的要素も多く含まれています。とても求められることが多いですね。でもそれらの要素をすべて捉えなくてはなりません。

――フランス語も……

ベロフ: もちろん大切です。フランス人でなくてもフランス音楽をとてもうまく演奏する人はいます。しかし一般的にはドイツ人よりフランス人のほうがドビュッシーを演奏するのは簡単ですよ。言語のもつ音楽性というのはとても重要ですから。これも一つの要素です。もしフランス音楽を勉強するなら、少しはフランス語をやっておいたほうが良いでしょう。

でも、とにかく音楽ですよね。音楽がわからないとね、フランス語の。物事を重くとらえすぎたり、感情過多になりすぎたりしないためにね。どんな文明にも、文化にも、もちろんそういった要素があって、それらが言語を構築する1つ1つのレンガなのです。つまり言語の哲学ですね。

これはあくまで一般的な話です。あとは各作曲家によってもちろん違いますし、より複雑な話になってきます。なぜならみんな人間だからです。そしてどんな感情も、その人の精神性との関係で表出されます。フランス人もイタリア人も日本人も中国人も、それぞれの精神性との関係があります。それが音楽にも表れてきます。

プロもアマチュアも演奏会には同じ意識をもって臨むべき

――ベロフさんの場合、たとえばドビュッシーのプレリュードをどうやって勉強しはじめましたか? 1曲ずつ練習しましたか? それとも全体像を先に勉強しましたか?

ベロフ: 何しろ練習しはじめたのがものすごく若いときだったから、自信をもってその世界を発見したと言えるようになるまでには、たくさん練習しました。最初どうだったかは覚えてないけど、たくさん練習しないと、そう簡単にはできるようになりません。

もし趣味でピアノを弾いているなら、単純に、ピアノの技巧があまり難しくないものを弾いたほうがより愉しみが増えるでしょう。だから楽に思えるものをやるといいです。

あんまり問題がたくさんあって解決できないと、曲を解明する前にフラストレーションがたまってしまいます。それは不幸ですよね。

――曲を選ぶことが肝要だと。

ベロフ: そう、《前奏曲集》の中でも比較的やさしいものを選ぶといいでしょう。でも人によりけりですね。アマチュアでも高い技術をもった人はいるし。

もちろん、家で一人で弾く分には楽しめればよく、責任は伴いません。しかし、演奏会だったら作品を人に伝えるという責任の問題が生じます。

趣味でピアノを弾いていたとしても、プロと同じ知性を持つべきです。プロとは単にやり方が違うだけで、意識の高さは同じように持つべきだと思います。

クロード・ドビュッシー:《前奏曲》第1集 ミシェル・ベロフ(ピアノ)

クロード・ドビュッシー:《前奏曲》第2集 ミシェル・ベロフ(ピアノ)

ミシェル・ベロフ
ミシェル・ベロフ ピアニスト

1950年フランス生まれ。1966年にパリ国立高等音楽院を卒業し、翌年の第1回オリヴィエ・メシアン国際ピアノ・コンクールで優勝。以来、メシアンの音楽の最も優れた解釈者...

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