音楽ことばトリビア ~フランス語編~ Vol.12

村上春樹って知ってる?

読みもの
2018.09.25
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イラスト:本間ちひろ
小阪亜矢子 声楽家・翻訳家
小阪亜矢子
小阪亜矢子 声楽家・翻訳家
東京藝術大学声楽科卒業。尚美ディプロマ及び仏ヴィル・ダヴレー音楽院声楽科修了。声楽を伊原直子、中村浩子、F.ドゥジアックの各氏に師事。第35回フランス音楽コンクール第...

Tu sais Haruki Murakami?

テュ・セ・アリュキ・ミュラカミ?

村上春樹って知ってる?

フランス語では基本的にhを読まない。

前回のオーボエ (hautbois) の話では少ししか触れなかったが、この「h読まない問題」は慣れないと学習者を困惑させる。
特にフランス語にとっての外来語が登場したときに問題が大きい。フランス語話者はだいたい、書かれたアルファベットを仏語流に読むからだ。

筆者は初めてフランスに短期で渡ったとき「アリュキミュラカミって知ってる?」と訊かれ「知らない」と答えた。フランスで人気の日本の作家なんだけど、と言われて考えこみ、「Haruki Murakami=村上春樹」だと思い至るまでずいぶん時間がかかった。

長期留学中にはもっと色々あった。「エンデルのジュール・セザールを歌うのか」と訊かれて、危うく「歌わない」と言いかけた(ヘンデル Händel のオペラ『ジュリアス・シーザー』を勉強していた)。ある講習会では「アワールのクラスを受講するの?」(講師はハワード Haward・クルック先生だった)。美術史の友人は「オキュザイじゃなくて、ホクサイね!」と叫んでいた(一体何があったんだろう)。

ヘンデル: 歌劇《ジュリアス・シーザー》 より「抜け目のない狩人は」

 

極めつけは、フランスでハルカという日本人と行動していたときだ。当然(?)彼女はアリュカと呼ばれていたのだが、あるフランス人に「じゃ、“アヤコ ”も頭にhが付くの?」と言われたのだ。
ハヤコという名前は日本で聞いたことがない。とんだとばっちりだ。

実はhから始まるフランス人の名前というのは実際よくある。音楽家で有名なのは、このコーナーでも何度か紹介した作曲家、レイナルド・アーン(Hahn)だろう。

レイナルド・アーン:〈クロリスに〉

もっと驚いたのは(極めつけではなかったのか)音声外来のドクターと話していたときだ。「遠くにいる人呼びかけるとき、日本語で何というのか」と訊かれ「おーい」だと答えたところ「hoy」と書きとられたのだ。フランス語の耳で聴くと、こちらが発音していないつもりの微細なhがきこえてくるのか。

フランス語の「Hélas! エラース(嗚呼!)」「Haïe ! アイ(痛っ!)」 などという感嘆詞にはひっそりとhがついている。思わずもれる叫びにはかすかな息の音が伴うのだろうか。

19世紀までのオペラにはhélasがよく出てくる。《ミニョン》の有名なアリア「君よ知るや南の国」などが印象的だ。今度歌うことがあれば、遠い南国への想いを、音のないhに込めてみたいと思う。

アンブロワーズ・トマ:歌劇《ミニョン》より「君よ知るや南の国」

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