インタビュー
2018.06.02
話題の小説がいよいよ映画化!

山﨑賢人演じる新人調律師の成長を優しく描いた映画『羊と鋼の森』

並居る力作をおさえて2016年第13回「本屋大賞」(2016)に輝き、紀伊國屋書店全スタッフが推す「キノベス!」2016の第1位、「王様のブランチ ブックアワード」2015大賞などを総なめにした宮下奈都著『羊と鋼の森』。調律師という特殊な世界が描かれているにも関わらず、多くの共感を呼んでいる話題作の映画化が実現し、いよいよ6月8日、全国東宝系で公開される。

主演は、ドラマ「陸王」「トドメの接吻」や映画『斉木楠雄のΨ難』等々の好演で、いまもっとも注目を集めている実力派若手俳優・山﨑賢人。「四月は君の嘘」ではピアニストの役を演じ猛特訓した経験ももつ。

小倉多美子
小倉多美子 音楽学/編集・評論

武蔵野音楽大学音楽学学科卒業、同大大学院修了。現在、武蔵野音楽大学非常勤講師。『音楽芸術』、『ムジカノーヴァ』、NHK交響楽団『フィルハーモニー』の編集に携わる。『最...

©2018「羊と鋼の森」製作委員会
撮影/満田 聡

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舞台は、北海道。羊を原料とするフェルトを木に巻き付けたハンマーヘッドと最高品質の鋼線の弦の居並ぶ森――『羊と鋼の森』とはまさに、複雑にしてしかし美しい響きを秘めたピアノのことであり、その森に惹かれ、調律師を透して世界に触れていく青年・外村を主人公とする物語である。

外村は、山に育ち、羊の牧場を身近に見、森に育まれた青年だった。特段めざすものがあるわけもなかった高校2年の2学期、外村(山﨑賢人)はある日、調律に来た板鳥(三浦友和)が大きな黒い羽根を持ちあげた体育館のピアノから、森の匂いを感じる――秋の、夜に近い時間の森、風が木々を揺らし、ざわざわと葉の鳴る音を。「ここのピアノは古くてね」「とてもやさしい音がするんです」「昔は羊や山や野原でいい草を食べていたんでしょうね」とハンマーを見せてくれた板鳥。

彼に憧れた外村は調律の専門学校を卒業後、板鳥のいる江藤楽器に就職。1つ1つの調律を通して人が大切にするものに触れ、やがてコンサート・チューナーを目指す調律師へと成長していく。物語の根底に脈打っているのは、特別な才能でスター調律師へと一気に駆け上がる飛躍の世界ではなく、丁寧に技術と精神を磨いていく職人の日常である。撮影は物語の舞台である旭川で昨年冬と夏に撮影され、雪の風景や森の美しさが映像を彩っている。

主演の山﨑賢人さんは、撮影前3か月間みっちり東京で一般社団法人日本ピアノ調律師協会 会長・齊田健氏に、現地・旭川でも水野靖久氏に指導を受けた。公開に先駆けさまざまな質問に答えてくれた。

表に見えない仕事ですが、見えないところこそちゃんとしたい

――調律の技術を学ぶ中で大変だったこと、楽しかったことを教えてください。

山﨑 音を合わせるために、ちょっとハンマーを動かし過ぎると音が高くなり過ぎてしまったり、ドンピシャにあわせることはとても難しかったです。パーツを外したり、音階を作ることは何とかできても。でも、完璧ではなくても、まずラの音で取り、1オクターヴずらしてと、音がそろっていくこと、音階を作っていくことは楽しかったです。音を作っている感じで。

僕を指導して下さった水野さんは、外村というより柳さん〔鈴木亮平演じる先輩調律師。外村を指導する〕タイプなんです。音叉をたたく仕草も調律師によってちがうそうで、一般的には膝でたたいて耳で聴きますが、水野さんは肩でたたいて聴く方で。クランクインの日に鈴木さんに言ったら「それいいね」と、僕経由で取り入れてくれたのが嬉しかったです(笑)。

――調律の仕事に感じた魅力は?

山﨑 普通の人はあまり知らない職業で、表に見えない仕事ですが、見えないところこそちゃんとしたいなと。そこに力を入れているのがカッコイイなと思います。調律したあとは見守ることしかできない歯がゆさをもちながら、しかし、そこで決して手を抜かない素敵な仕事だと思います。

――以前ピアニストの役を演じられ「ピアノを弾く」という財産を得たとおっしゃっていましたが、今回調律師の役をなさって得た財産は?

山﨑 ただ押せば音が鳴るというのではなく、今はピアノ組み立てを理解できたことです。木があって、羊の毛のハンマーがあって、それが弦を振動させて……。そしてそれが自然界にあるもので音が鳴っているのがいいなと。デジタルじゃないんだなと。

――分解されたパーツを見てどう思いました?

山﨑 パーツが多くてびっくりしました(笑)。

――牧羊も盛んな山で育ち森に育まれた外村が「ピアノの音は世界とつながっている」と語りますが。

山﨑 自分が育ったところは何もない環境だとコンプレックスを抱いていたのだと思います。だからこそ世界を見たいと。しかし、自分を培った世界、自分が見てきた世界こそ武器になっているのですね。

(音に繊細な外村の感覚を)表情で作ろうとしてもうまくできないのではと思い、森を想像したり、木の前で立ち止まって木を眺めて、ちょっと今揺れたなとか、そういうときどういう音がするのかなとか、風や音や匂いを感じるようにしていました。橋本監督からも、自然の音に敏感に生活して下さいと言われていました。

外村は、森が好きで、何かあると、家の裏庭につながっている森をさまようと心が落ち着くというところで育ちました。撮影で山のあの家に行ったとき、こういうことなんだなと。ここで育ったら、確かに山と森は自分の体の一部になるぐらい近いものなのだろうなと感じました。

――作品の中で好きな言葉はありますか?

山﨑 外村が双子の姉妹の家の調律に失敗したときに板鳥さんが「お祝いに」とハンマーを差し出しながら「ここから始まるんですよ」と言ってくれた言葉。先輩の柳さんが言う「才能っていうのはさ、ものすごく好きだっていう気持ちなんじゃないかな」というセリフ。ほかにも、板鳥さんの言う「焦ってはいけません。こつこつ、こつこつです」にも励まされます。外村が板鳥さんに「どんな音を目指していますか」と尋ねたときに引用した原民喜の「明るく静かに澄んで懐かしい文体。少しは甘えているようでありながら、厳しく深いものを湛えている文体。夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」(「砂漠の花」から)も……。作品の中に好きな言葉がたくさんあります。

「善い」「美しい」という文字が由来する羊。最初からピアノの中にいた羊の世界をこつこつ追い求める本作の映画化にはプラス、ピアノの名作がちりばめられている。

ラヴェル《水の戯れ》、《クープランの墓》より「トッカータ」、ショパン《エテュード》から「パピヨン」、《ピアノ・ソナタ第3番》、モーツァルト《きらきら星変奏曲》、ベートーヴェン《熱情》etc.が全編を彩り、“音楽作品”としても堪能できる名画となっている。

そしてエンディングを飾るのは、辻井伸行の演奏による久石譲作・編曲《The Dream of the Lambs》。ピアノを愛する方必見の名作である。

山﨑賢人(Kento YAMAZAKI)

1994年9月7日生まれ。2010年俳優デビュー。連続テレビ小説「まれ」、「陸王」、「トドメの接吻」や「orange」、「四月は君の嘘」、「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」など、数々のドラマや映画で活躍。

監修の調律師から一言!
一般社団法人日本ピアノ調律師協会 会長・齊田健さん

 

「調律の指導をしているなかで、腕時計のことを山﨑さんに聞かれました。腕時計は男性ならたいてい左手につけますが、調律中、左手で作業しているときに邪魔にならないんですか、と。私が調律師は右手につけるか、外して置くかすると答えたところ、山﨑さんは右手に自身の腕時計をつけました。調律師の気持ちになって考えており、彼のなかの“調律師”が目覚めているのを感じました。映画を観て、役者さんたちは本当に真似るのがお上手な職業だと思いました。身体全体の動きや音を合わせるときの表情など、ポイントをつかんで本当に上手でした。その演じてらっしゃる姿を観て『きっといつも、こうやっていたんだな』と自分のことを客観的に観ることもできました」

映画『羊と鋼の森』
イベント情報
映画『羊と鋼の森』

6月8日(金)より全国東宝系にてロードショー

出演:山﨑賢人、鈴木亮平、上白石萌音、上白石萌歌、堀内敬子、仲里依紗、城田 優、森永悠希、佐野勇斗、三石 研、吉行和子/三浦友和

監督:橋本光二郎 脚本:金子ありさ

原作:宮下奈都『羊と鋼の森』(文春文庫刊)

小倉多美子
小倉多美子 音楽学/編集・評論

武蔵野音楽大学音楽学学科卒業、同大大学院修了。現在、武蔵野音楽大学非常勤講師。『音楽芸術』、『ムジカノーヴァ』、NHK交響楽団『フィルハーモニー』の編集に携わる。『最...

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