ピアソラをどう演奏で表現する? 原田慶太楼×宮田大×三浦一馬に収録裏話をきく!
アルゼンチン出身の作曲家アストル・ピアソラ(1921~1992)は、2021年に生誕100周年、2022年に没後30周年を迎えます。
その節目である11、12月に、2枚のアルバム——チェロ奏者・宮田大の『Piazzolla』、原田慶太楼指揮・NHK交響楽団がバンドネオン協奏曲《アコンカグア》を収録した『Aconcagua(アコンカグア)〜ピアソラ、ファリャ、ヒナステラ、グアルニエリ』がリリース。そして、その両方にバンドネオン奏者の三浦一馬が参加しています。
前編では、CD収録に熱量高く取り組まれた3名に、ピアソラ作品にどう向き合ったか、独特の編成のためのアレンジの方向性、N響とのやりとりなど、収録裏話を語っていただきました。
アメリカ、ヨーロッパ、アジアを中心に目覚しい活躍を続けている期待の俊英。2021年4月東京交響楽団正指揮者に就任。シンシナティ交響楽団およびシンシナティ・ポップス・オ...
2009年、ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールにおいて、日本人として初めて優勝。これまでに参加した全てのコンクールで優勝を果たしている。その圧倒的な演奏は、作曲家...
1990年生まれ。10歳より小松亮太のもとでバンドネオンを始める。2006年に別府アルゲリッチ音楽祭にてバンドネオンの世界的権威ネストル・マルコーニと出会い、その後自...
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...
オーケストラの形をとりながら、ピアソラのソウルにあふれたバンドネオン協奏曲《アコンカグア》
——三浦さんと原田さんは2021年5月にNHK交響楽団の定期演奏会にて、ピアソラのバンドネオン協奏曲《アコンカグア》を演奏され、その際のライブ録音がリリースとなりました。バンドネオンが独奏という協奏曲は珍しい作品ですね。
三浦 あの本番は、マエストロと楽団のみなさんとのコミュニケーションが本当に素晴らしく、今振り返っても、どの瞬間もありありと思い出せるくらい、濃密で楽しいものでした。それをアルバムの形に残せて、さらに幸せです。
《アコンカグア》は、バンドネオン奏者であるピアソラのアイデンティティのようなものが詰まっています。彼の小品や、五重奏の作品などともまた違う。伝統的なタンゴや、ピアソラが作った新しいタンゴのエッセンスのようなものを、クラシックのフィールドに向けて、譜面という共通言語を通して表現した、ピアソラの中でも非常に特殊な立ち位置にある作品だと思います。
楽器の編成こそ、いわゆる伝統的なクラシックの協奏曲の形をとっていますが、やはりその中で、ピアソラの醍醐味のようなものが溢れている。僕自身のピアソラに対する感覚と、クラシック音楽にアプローチする繊細な感覚の、両方のバランスを意識しながら演奏しました。
原田 これはピアソラのソウルがすごく入っている作品ですね。三浦さんと演奏して、ピアソラの魂が蘇るような演奏ができました。
ピアソラは、実はバンドネオンだけじゃない。それを知っている人はあまりいないかも。今回のアルバムでは、ヒナステラの作品と並べていますが、それには理由があるんです。
ピアソラは8歳でバンドネオンをもらったころ、じつはあまりその楽器が好きじゃなかったんです。18歳のとき、アルトゥール・ルービンシュタインがアルゼンチンに来て、ピアノ・リサイタルを開いたときに、彼はすごく衝撃を受けて、一気にピアノ協奏曲を書き上げたのです。
それを見たルービンシュタインは、「あなたが本当に音楽を好きなら、きちんと勉強しないさい」と伝えたそうです。それがきっかけとなり、彼はヒナステラの第1号の生徒となり、たくさん勉強をしました。
そこからパリに渡り、(世界的音楽家を輩出した名教授)ナディア・ブーランジェに師事します。ブーランジェに見せた作品というのは、ぜんぶオーケストラ作品だったんですよ。バンドネオンが入っているタンゴは一切持っていかなかった。
——そうなんですか!
原田 室内楽や協奏曲や管弦楽作品を見せたのです。ブーランジェは、「すごくいい作品だけど、このすべてに『ピアソラ』が抜けていますよ。あなたはどんな音楽家なの?」と問いかけました。自分はタンゴ奏者でバンドネオン弾きであるということを、彼は隠していたわけです。なぜかというと、彼はシリアスなクラシックの作曲家になりたいと思っていたから。でも、そこをブーランジェに指摘され、バンドネオンの音楽を見せたところ、『これがあなたの音楽よ』と言われた。
ピアソラの演奏映像(1977年)
原田 ピアソラは、モーツァルトやベートーヴェンやマーラーのような作曲の世界に行こうとしていたのに、第二の母であるブーランジェによって、タンゴに引き戻されたわけです。だから今回のオーケストラも、すごく素晴らしく書かれています。《アコンカグア》は58歳のときの作品です。
バンドネオンは右手左手それぞれ、4本の指しか使えない。ハーモニーを作るにしても、最大8つの音まで。そこはやはり、ピアソラの音楽のすごく美しいところ。チェロやヴァイオリン、ヴィオラなどの弦楽器でもピアソラの作品は演奏されますが、やはり声部には限りがある。そこに共通点はありますね。
——ハーモニーを形成する上で音数に限定のある楽器、としてバンドネオンを捉えたとき、三浦さんは奏者として工夫されているポイントはありますか?
三浦 僕自身は、和音の音数の限定までは意識したことはありませんでしたが、でも言われてみれば、確かにメカニカルな構造上の限定はあるなと思いました。
原田 たまに親指も使うテクニックとかはないの?
三浦 あ、たま〜にあります。基本は4本ですが、あまりにバタバタするので、かろうじて親指で届くところは使うこともあります。僕もバンドネオンの先生から“裏技”みたいな感じで教わりました。
原田 今回の《アコンカグア》は、ピアソラが付けたタイトルじゃないところもポイント。出版社が南アメリカ大陸の一番大きい山の名前を付けた。18歳で作曲を目指したピアソラが、ここで頂点に立ったというイメージで、すごくタイトルと曲が合ってる。
削ぎ落された編成とチェロ、そしてバンドネオン…その掛け合いを聴いてほしい
——宮田さんはチェロでピアソラを表現する際に、どういったところをポイントにしていますか?
宮田 チェリストとしては、ヨーヨー・マが先駆けてピアソラの作品を取り上げましたね。私は小学5、6年生のころ、演奏旅行でアメリカに行ったとき、飛行機の中でピアソラの「スール:愛への帰還」を聴いていて、ちょうど窓の外にはグランド・キャニオンの壮大な景色が見えて、マッチしているなぁと感じた思い出があります。
ヨーヨー・マ「スール:愛への帰還」
宮田 チェロで演奏していて、どこかバンドネオンと共通すると感じるのは、むせび泣くような悲しみの表現ですね。チェロとバンドネオンの独特のサウンドは、とても合っていると感じます。弦楽器奏者にとしては、ピアソラが楽譜に書いたことだけじゃなく、即興的な表現も大切です。とくに人間の呼吸のようなグリッサンド。たんにかっこよくというのではなく、ピアソラの息を感じながら演奏しています。
——11月にリリースされたアルバム『Piazzolla』では、ウェールズ弦楽四重奏団、三浦さん、そしてピアノの山中惇史さんとの共演により、ユニークなアンサンブルでのピアソラ・アルバムをお作りになられました。
宮田 独特の編成ですね。ウェールズ弦楽四重奏団とチェロとの五重奏という編成をなぜ選んだかというと、弦楽四重奏というのは、ベートーヴェンがそうですが、作曲家がオーケストラ作品を書く原型とも言える編成です。削ぎ落とされた、絹の糸を織り合わせるような編成。その形で、ピアソラの作品を取り上げたいと思いました。またチェロが入ることで五重奏になるわけですが、これはピアソラ自身が組んでいたキンテート(五重奏)の編成とも合っているかな、と。
そこにさらに三浦さんのバンドネオンのサウンドが入ってくると、一気に風の色合いが変わり、香りも変わる。やはりピアソラといえばバンドネオンというところは絶対に欠かせないですよね。三浦さんには「言葉のないミロンガ」、「ツィガーヌ・タンゴ」、そして「スール:愛への帰還」といった作品に入っていただきました。チェロとの掛け合いを聴いていただきたいです。
三浦一馬の編曲による「ツィガーヌ・タンゴ」「スール:愛への帰還」
ピアソラ「スール:愛への帰還」MV(宮田大、
演奏や編曲で表現する「ピアソラらしさ」とは何か?
——今回の宮田さんのアルバムでは、三浦さんが「言葉のないミロンガ」をチェロとの二重奏に編曲されましたね。この編成で世界観を作るときに工夫したことはありますか?
三浦 やはり骨格となるべきもの、ベースラインがあり、ハーモニーがあり、メロディが乗るという基本構造はどんな作品でもそこは抑えつつ、隙間の部分にバンドネオンらしさ、ピアソラらしさを散りばめていくという意識はしました。
宮田さんからのオーダーで印象的だったのは、ハーモニーについては原曲を崩さないでもらえたら、とありました。ひと言で編曲といっても、原曲に忠実なのか、それとも自分たちの色を出していくのか、いろいろありますが、ハーモニーについてはオリジナルを尊重したいということでしたので、和音感を残しつつ、でも少しクラシックの香りが感じられるような音型に変えてみたり、そんなことをしてみました。
三浦一馬の編曲による宮田大との「言葉のないミロンガ」
——ハーモニーは変えないでほしいというリクエストを三浦さんにしたとのことですが、宮田さんはそこにピアソラらしさを感じていらっしゃるのでしょうか。
宮田 このハーモニーだから、というスタイルはすごくあって、そこを綺麗にアレンジすることもできるとは思うし、もっとシャンデリアのようにキラキラしたサウンドにもできるんだとは思う。廃れたバーのようなところで、ライトがぽつんと当たるところに一人で朗々と歌っているような編曲もできる。
でも、一馬さんが思う、バンドネオンとピアソラとの対話と、彼が残したハーモニーを突き詰めていけたら、と。今回の私のCDは、先ほどもお伝えしたように「削ぎ落とした」表現からピアソラらしさを聴いてもらいたいと思って、そのようにお願いしました。
——バンドネオンという一つの楽器の特性、そしてキンテートのような特殊なアンサンブルの音色によって、ピアソラらしさを感じられるわけですが、オーケストラのように規模が大きく、空間的にも広がりある編成で、ピアソラのエッジの効いたリズムやアクセントを生み出していくために、指揮者はどんなことを意識するのでしょうか。
原田 N響のみなさんは、普段こうした作品を演奏しないからこそ、やりがいがあると僕は思った。
僕はピアソラの曲を得意としていて、サックスを吹いていたころは、コンボでピアソラの曲をやっていたし、ピアソラと一緒に演奏していたピアニストのクリストファー・オライリーとも共演やツアーをしたので、すごくピアソラと近いところにいました。
せっかくコンサートや録音をするなら、そうした自分のDNAに入っているものを紹介したいと思い、N響のみなさんと演奏したときも、タンゴについてたくさんお話もしました。
ピアソラは、楽譜には「グリッサンド」とは書かなくて、「アラストレ」と書く。それはタンゴの動きで、「足を引きずる」という意味。そういうタンゴ用語から音楽のテクニックを生み出している。身体を動かしながら、そういうことも説明し、リハーサルをしてサウンドを近づけていきました。
もちろん《アコンカグア》に関しては、一馬がいたから、音でデモンストレーションをしてもらった。すると、N響はやはり素晴らしい演奏家の集まりだから、聴いた瞬間に123・123・1234っていうアクセント、動きのアクセントを掴んでくれました。一緒に作っていった感が出て、すごく楽しいリハーサルだった。
三浦 いや〜楽しかったです。だんだん変わっていって完成形に近づくのが目に見えてわかる、そんな時間でした。
日時/会場:
2022年 2 月 25 日(金)19:00 開演
東京オペラシティ コンサートホール
2022年2月26日(土)19:00 開演
ザ・シンフォニーホール(大阪)
出演:
宮田大(チェロ)
ウェールズ弦楽四重奏団
三浦一馬(バンドネオン)
山中惇史(ピアノ)
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