インタビュー
2026.03.30
ジュピター・カルテット・ジャパン再会コンサート目前!

チェリスト・宮田大が映画『カルテットという名の青春』で振り返る葛藤と成長の日々

今年2月6日から19日に期間限定で先行上映されたドキュメンタリー映画『カルテットという名の青春』。4月からの全国順次公開に先がけ、本作の魅力について出演者の宮田大さんにインタビューしました。ジュピター・カルテット・ジャパンの今後の活動についても注目です!

安保美希
安保美希 編集者・ライター

音高を卒業後、北欧ノルウェーとフィンランドの音大でピアノを学び、厳しい寒さと日照時間の短い冬に強くなって帰国。最近はもっぱらオルガンにはまって足鍵盤に奮闘中。フルコン...

先行上映の映画館「Stranger」にて宮田大さん ©️テレビマンユニオン

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ドキュメンタリー映画『カルテットという名の青春』

出演:植村太郎(ヴァイオリン)、佐橘マドカ(ヴァイオリン)、原 麻理子(ヴィオラ)、宮田 大(チェロ)、
今井信子(ヴィオラ)、ガボール・タカーチ=ナジ(タカーチ弦楽四重奏団創立者) 他

監督・撮影・編集・ナレーション:浅野直広

青春時代がドキュメンタリー作品になる

——カルテットに没頭していた青春時代がドキュメンタリー作品に。音楽家としてどのような影響がありましたか。

宮田 良かった思い出も、苦労した思い出もたくさんあります。そして、その真ん中にある、“なんとなくある思い出”というのが実は大切で、なんでもない日常を感じ、それが頭の中に残っていって、音楽で表現していく。ドキュメンタリーとして残ることで、原麻理子と生クリームをつけてじゃれ合ったこととか、日常のことを思い返します。

太郎くんが言っていたように、4人のキャラクターはボコボコしていて、もし4人が同じ方向を向いている音楽家だったら、もっと楽だと思うんですよね。カルテットにかぎらず、パッとはうまくいかないものに取り組むには労力がかかります。だからこそ、カルテットの大変さと、弦楽四重奏の作品の偉大さを感じました。それは、誰もがカルテットに対して思うことなんです。それを、青春時代に経験できたのはかけがえのない財産です。

——本番以外の日常に撮影が入るのは不思議な感じでしたか?

宮田 カメラが顔の近くまでくるので、最初は緊張も違和感もあるし、音を出すときに撮影する側の存在を感じると、集中力が欠ける瞬間もあったと思います。でも、みんなで1つの空気になった瞬間があって、そこからは、最初は「なんか気になるな」と思っていた気持ちも、だんだん自らの心の内をさらけ出せる関係になっていきました。撮影期間の1371日は、かけがえのない時間でした。

浅野監督に、「大ちゃんは、1つ目の扉はすぐに開くけど、2つ目の扉は全然開かないよね」って言われたことを今でも覚えていて、誰かに客観的に見られることで、自分のことがわかった気がします。まだ壁があったようなところを監督が徐々に崩してくださった。

——共同生活はどうでしたか。

宮田 自分は1人っ子なので、家族以外の誰かと一緒に生活を共にすることは楽しかった。いつも一緒にごはんを食べる人がいるとか、何時に寝ようかとか。良い思い出というのは、何気ない瞬間だったりします。

再集結への想い

——4月のジュピター・カルテット・ジャパン再会コンサートと続編番組の制作決定の知らせをあったとき、どんなお気持ちでしたか。

宮田 「4人が集まると、どんな音がするんだろう」という楽しみと、想像がつかない、未知の世界に飛び込むときのドキドキがありました。

続編の撮影は、自分の青春時代を振り返るきっかけにもなりました。今回の映画と続編を続けて観ていただいたら、また見え方が変わってくるかもしれませんね。

舞台挨拶に登壇した宮田大さん ©️テレビマンユニオン

——「卒業コンサート以来、4人は集まっていない」というフレーズで映画は幕を閉じますが、再集結にむけた想いをお聞かせいただけますか。

宮田 実は、あれ以来、弦楽四重奏編成で他の演奏家とは演奏していないんです。カルテットの難しさ、大変さを青春時代に感じて、熱いものに触るような、易々とはできない難しさがある。長年組んでいるメンバーだからこそできる音楽を「パッと組んでやりましょう」という気持ちではお客さんに届けられません。だから、封印してきたような感覚です。

コンクール以降(2009年ロストロポーヴィチ国際チェロコンクール優勝)、生活が激変して、自分は変わらないのに世間からの見られ方が変わりました。ソロの演奏が増えてカルテットとどう両立しようかと悩んだとき、今井信子先生はじめ先生方がアドバイスをくださって、苦渋の決断でジュピター・カルテット・ジャパンをお休みすることになりました。

——久しぶりの再会は、楽しみと不安が入り混じった感じですか。

宮田 色々な感情があります。当時は、学生だからこそガンガンぶつかっていた。大人になるとリスクを避け、当たり障りのない会話になる。それをどう深く読んでいけるか。

昔、何年も一緒に演奏していたメンバーだからこそ、留学時代に学んだ大切な思い出とともに音で対話ができる。せっかくなので、このメンバーだからこそ生まれる音楽を探したいと思います。

先生との出逢い

——テレビ番組が劇場版として再編集され、当時の自分たちの姿や先生たちの言葉を改めてどのように感じていますか。

宮田 このドキュメンタリーを通じて、自分の心の原風景を思い出しました。今でも大切にしている、ヨーロッパで先生方に教えていただいたことを改めて感じています。大切な青春時代を切り抜いてくださったことに感謝しています。

クロンベルク・アカデミー留学当時の宮田大さん

ジュピター・カルテット・ジャパンを指導してくださったタカーチ先生には、技術的なことにとどまらず、音楽家として大切なことを教えていただきました。タカーチ先生は、(他の人には見えない)何かが見えていて、自身の世界観、感覚をもっている。今お会いしたら、きっと先生が喜んでくれる演奏ができる、と思いたいです。

当時、少しでも不安なこと(たとえば「あそこで音程を外すから……」とか)を考えながら弾いていると先生にはバレていました。「音楽自体が素晴らしいから、その音楽に飛び込みなさい」と。今は、一歩足を踏み外して落ちるかなっていうくらいの感覚を持って演奏できるようになったと思います。

素晴らしい音楽に無垢な状態で飛び込み、自分にしか奏でられない音を感じて演奏することをタカーチ先生は求めていたのだと思います。

——レッスンで印象に残っていることはありますか?

宮田 タカーチ先生にハイドンの《日の出》(弦楽四重奏曲第63番)をレッスンしていただいたときに、ぼくたちは全然楽しそうに弾いてなくて、楽譜に「p」と書いてあれば p で弾く、「f」だったら f で弾く。日本人だから「楽譜に忠実に弾くことが正義」みたいな感覚でした。その日は、お土産で日本酒を持って行ったのですが、「あなたたち、ちょっとお酒飲みなさい」と言われ、先生にあげたはずの日本酒の匂いを嗅いで、「楽しい気持ちで弾きなさい」と教えられました。

あとは、タカーチ先生が「私がここにいると、あなたたちは緊張するから」と言ってレッスン室を出て行って、ぼくたちが弾き始めて2、3分ぐらい経ったあたりから、ちょっとずつドアが開いて、先生が床を這いつくばりながら入ってきた。それぐらいユニークな先生でした。

「日本人は“個性”を探しに留学しに来るけれど、個性はお母さんのお腹にいるときから誰もがもともと持っている。みんな食べているものも経験してきたことも違う。もとからある自分の個性を見つめ直すのです」というタカーチ先生の教えが心に残っています。今、ぼく自身が自分の生徒にも言っていることです。

——植村さんがタカーチ先生に「もっと自由に弾いてみて」と言われ、「自由に弾く」ということに対して悩む場面が印象的でした。あのシーンは、音楽家を志す若い人たちに響くだろうなと。

宮田 言葉って、力があって、強い。音楽にすると、もう少し自由さがあります。それが難しさでもあるのですが。太郎くんは考えるタイプ。ぼくは英語もフランス語もすべてはわからなかったので、やんわり聞いて捉えていたのが良かったのかも。ただ、タカーチ先生が言っていることをすべて把握できなかった後悔もあります。

タカーチ先生のレッスン

——今井信子さん(ヴィオラ)も映画に登場し、再会コンサートでは宮田さんたちと一緒にステージに。

宮田 前半がカルテットで、後半は今井先生をお迎えしてクインテットです。ぼくは、今井先生とコンサートでよくご一緒させていただくのですが、カルテットとして今井先生と共演するのは感覚が違います。ご指導いただいた当時のことを思い出しますね。ジュピター・カルテット・ジャパンの音に今井先生が加わっていただくことで、また新たなものが生まれてくると思います。

今井信子さん(右)とヴィオラの原麻理子さん

孤独と向き合った日々

——撮影当時の宮田さんたちと同年代の音楽家を志す人たちへ、音楽を学ぶうえでのアドバイスはありますか。

宮田 時間があるうちは、効率を重視しないこと。最短距離じゃなくても、遠回りしていると思っても、突き進んでみること。

同じ音楽を学ぶ仲間との関わりでいえば、仲間だからこそ音楽でぶつかり合える。そういうのは、青春時代じゃないとなかなかできない。今のぼくは、ハプニングが起こらないように、事前にアシストしていくことが多いけれども、当時はアシストする発想も能力もなくて、とりあえずぶつかっていく。原麻理子は特にそういうタイプです。太郎くんも言っていたけれど、異なる4人が集まって、音楽で対話する。それがカルテットの真髄なのだと。

ぼくが留学していた頃と変わらず、今も、留学している子たちは、朝早くに起きて、練習するために学校に行く。演奏会に出かけて、実際に足を運ばないと得られない学びを得る。時代は変わっても、大切なことは意外と変わらず残っているんです。

——海外で学ぶことは、この映画の鍵でもある「孤独」と向き合い、自分を見つめ直すきっかけになるのでしょうか。

宮田 当時は、孤独について考えることはなかったけれど、今振り返ってみると、音楽に対して突き詰めていたんだと思います。

——植村さんが、しーんとした部屋で一人で食事をしていて「友達に会いたくなる」と話す場面がありましたね。部屋には、音楽に打ち込める楽器と譜面台、楽譜のみ……。

宮田 音楽のことだけに集中できる環境作りを、太郎くん自ら選んでしていたんだと思います。

——4人が、それぞれのタイミングで日本を離れヨーロッパに旅立っていく展開にも、思わず感情移入してしまいました。

宮田 「青春」っていうタイトルがついているとおり、みなさんそれぞれの青春時代を思い出させる作品だと思います。

監督から見た4人の成長

最後に、浅野直広監督に、このドキュメンタリーを撮ろうと思ったきっかけを教えていただきました。

浅野 冒頭の場面は、1人で小樽まで撮影に行きました。当時、どのテレビ局で流してくれるかも決まっていなくて、何の保証もお金もないまま、とりあえず撮りに行ったんです。ぼくはクラシックに興味もなかったしよくわからなかったけれど、初めて4人に会ったとき、いまどき珍しいくらい一生懸命で、ぼくは今までそういう光景を見たことがありませんでした。

とにかくまっすぐで真剣勝負のぶつかり合い。友達ではなく「仲間」。ただの馴れ合いではない感じが、うらやましかった。それを撮りたい、追いかけていきたいと思ったんです。

続編は今年に放送予定です。お楽しみに!

浅野直広監督(左) ©️テレビマンユニオン
ジュピター・カルテット・ジャパン 再会コンサート

東京・春・音楽祭2026
(特別共演・今井信子)
2026年4月18日(土)
東京文化会館 小ホール

大原れいこメモリアル 特別ギャラリーコンサート
2026年4月19日(日)
大原美術館(岡山県倉敷市)

続編ドキュメンタリー番組

『カルテットという名の青春が過ぎても(仮)』2026年放送予定(BS朝日)

安保美希
安保美希 編集者・ライター

音高を卒業後、北欧ノルウェーとフィンランドの音大でピアノを学び、厳しい寒さと日照時間の短い冬に強くなって帰国。最近はもっぱらオルガンにはまって足鍵盤に奮闘中。フルコン...

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