インタビュー
2025.06.14
連載「演奏家から見た武満徹」第2回 

ギタリスト鈴木大介「映画音楽をギター編曲する中で、武満作品のルーツが見えた」

来年2026年に没後30年を迎える作曲家・武満徹。日本が世界に誇る作曲家であり、現在でも世界中で氏の作品が演奏され続けています。武満と関係が深く、作品の初演や録音を行なった演奏家の方々に、奏者ならではの視点から作曲家について語っていただく連載。第2回はギタリストの鈴木大介さんに、武満の映画やテレビ・ドラマのための音楽をギター編曲する中で見えてきた、書法や響きの源について伺いました。

取材・文
原塁
取材・文
原塁 音楽・音響研究

仙台市出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了(博士:人間・環境学)。音楽・音響芸術を中心に、20世紀以降の領域横断的な実践に関心を持つ。著書に『武満徹のピ...

鈴木大介©Kaori Nishida

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鈴木 大介 Daisuke Suzuki ギタリスト

作曲家の武満徹から「今までに聴いたことがないようなギタリスト」と評されて以後、多岐にわたって常に注目を集める。1993年のアレッサンドリア市国際ギター・コンクールで優勝。 

現代音楽の初演も多く、武満徹「森のなかで」「スペクトラル・カンティクル」の世界初録音を始め、これまで数々の作曲家による新作を初演している。
近年はタンゴやジャズ、また自作によるライヴも行い、多くの名曲のアレンジは録音でもコンサートでも好評である。

30以上あるアルバムは多くの賞を獲得し、『ギターは謳う My Guitar’s Story』 では、武満徹編のポピュラーソング集「12の歌」を20年ぶりに再録。楽譜の出版も多く、2021年には武満徹没後25周年を記念して、『武満徹 映画とテレビ・ドラマのための音楽 鈴木大介によるギター編曲作品集』が日本ショットより出版。

横浜生まれ。洗足学園音楽大学客員教授。第10回出光賞、第56回芸術選奨新人賞を受賞。

武満作品のギター編曲に取り組むようになったきっかけ

――鈴木さんは、オリジナル作品の演奏に加えて、アレンジにも取り組まれ、2021年には『映画とテレビ・ドラマのための音楽』という編曲集も出版されていますね。

鈴木 そもそも武満さんの作品を編曲して演奏するという発想が生まれたのは、1999年に東京オペラシティ コンサートホールから依頼を受けた追悼の演奏会がきっかけです。プロデューサーの希望で「不良少年」「広島という名の少年」という、当時すでに楽譜が出版されていた重奏ギターのための作品もプログラムに加えることになり、ホール側からは名だたる先輩巨匠ギタリストのお名前が共演者の候補として上がりました。

夢のようなことに、渡辺香津美さんが共演してくださることになったので、武満さんの『SONGS』や映画音楽を題材にアドリブを交えて演奏していただくことを考えたんです。当時、武満さんの作品は楽器を変えて演奏することが禁止されており、映画音楽については出版社からNGが出てしまったので、コンサート本編では『SONGS』からいくつか編曲し、アンコールで映画『ホゼー・トレス』(1959)から「訓練と休息の音楽」を演奏したんです。そうしたら、ご遺族の武満浅香さんと眞樹さんがとても喜んでくださり、僕が作品を編曲するのはいわば、お目こぼしになりました。 

――2000年に渡辺香津美さんとデュオのアルバム『どですかでん』をリリースされていますが、そのもとになったコンサートですね。 

鈴木 そうです。その後も、さまざまなメモリアルコンサートで武満さんの映画音楽をご遺族の許諾のもとに演奏しました。編曲は谷川賢作さんや、cobaさん、香津美さん、そして僕です。この頃の僕の編曲は、7割方はいわゆる「耳コピ」に基づくものでした。

2006年にはタワーレコードのイントキシケイト・レーベルからの依頼で、ブランドン・ロスと彼の相棒である武石ツトムさんとのトリオで『夢の引用』というアルバムも作りました。このメンバーでサイトウキネン・フェスティバルでも演奏し、小澤征爾さんからも絶賛されました。サイトウ・キネンではメンバーの上村昇さん、竹島悟史さん、岩佐和弘さんと演奏するための室内楽バージョンの映画音楽を3曲編曲しています。2008年から2016年まで、武満眞樹さんのプロデュースで渡辺香津美さん、cobaさん、ヤヒロトモヒロさんとカルテットによる映画音楽演奏でアメリカや東アジアも周りましたね。 

武満のジャズへの造詣の深さが高いハードルに

鈴木 ところが、こうした活動のなかで、武満さんのジャズへの造詣の深さが僕にとって高いハードルになっていったんです。ジャズのハーモニーや様式に対してのきちんとした理解なしに、編曲を譜面として残すことは不可能に思われた。そこで、2007年頃から、ライヴハウスで仲間たちとのセッションに加えてもらい、少しずつ、即興演奏の知識と経験を積んだり、コマーシャルな分野での作曲やスタジオミュージシャンのような活動もすることで、コードへの知識を深めたりしました。

2012年には篠崎史子さんの「ハープの個展」のために3曲、また2013年にはヤマハホールでの公演のために5〜6曲をジャズ・コンボにアレンジもしています。そのなかで、武満さんの自筆譜を参照することの重要性にも気づかされましたね。 2016年には「第11回 Hakuju ギター・フェスタ」からの依頼で武満さんの映画音楽をまとめてギター編曲することになり、これらを同年にリリースした『森のなかで』というアルバムにおさめました。 

――武満さんの没後からずっと続けられてこられた、継続的な取り組みの末に編曲集の出版に至ったわけですね。 

鈴木 ええ。武満さんのジャズへの理解、そして彼の自筆譜の参照という2点を踏まえることができるようになってようやく、2020年頃から編曲作品の出版の話が始まったんです。

スコアから見えてくる 武満の関心や想い

――編曲集に収められた、それぞれの作品にまつわるエピソードを伺えますか。 

鈴木 『どですかでん』は、僕が生まれた年の映画で、渡辺香津美さんと演奏したりもしたので、とくに思い入れがありますね。みんなが「この作品に出てくる電車が好きな男の子に僕が似ている」といって、おもしろがってくれたりもして。「夢千夜日記」や「あこがれ」は、ほとんどトランスクリプトするだけで済んでしまった例です。「伊豆の踊子」は、オーケストラの楽譜が日本近代音楽館に所蔵されていたので、それを閲覧するために通うのがたいへんでした。 

▼武満徹「どですかでん」(編曲:鈴木大介)

▼武満徹「夢千夜日記」

▼武満徹「夢千夜日記」(編曲:鈴木大介)

▼武満徹「伊豆の踊子」(編曲:鈴木大介)

鈴木 「燃える秋」はハイ・ファイ・セットの歌で売れたので、むかしからオーケストラで再演される機会が多かったようで、誰かが楽譜を借りたまま紛失してしまい、メインテーマの楽譜だけ抜けてしまっていました。どうしようもなかったので、『SONGS』に収められている武満さん自身による編曲のピアノパートをもとにしました。この編曲は、シンコペーションの仕方や、分散和音とスケールが混じり合いながらピアノの左手がのぼっていくところなんかが、とてもピアソラ的だと思います。 

▼武満徹「燃える秋」(編曲:鈴木大介)

――武満さんはピアソラに強い関心を抱いていましたね。ギター協奏曲の「夢の縁へ」が1983年に初演された際に、ベルギーの音楽祭で初めてピアソラに対面したようです。

▼武満徹「夢の縁へ」

鈴木 映画『燃える秋』は1978年公開ですが、作中でもタンゴの曲が出てくるんですよね。そのスコアをみると、バンドネオンやピアノやベースのパートが、とても弾き切れないくらい細かく書かれているんです。武満眞樹さんもそれをみて「お父さん、本当はバンドがやりたかったんだ」なんておっしゃっていました。そういった背景も伝わるように、この編曲の冒頭にはそのタンゴを付けていますが、これもほとんど元のスコアのままです。 

黒い雨」には、2種類のスコアがあって、ひとつは武満さんの自筆、もうひとつは池辺晋一郎先生が浄書されたものです。武満さんのスコアは、弦楽器が分散和音で上昇していく時などに、音符の揺れがそのまま楽譜に出てしまっていて、縦が全然揃っていなかったり、ぐにゃっと曲がっていたりするんです。池辺先生のものは、どこでどの楽器が消えたら綺麗になるかを考えて、8分休符を書き足したり、縦もビシッと揃っていたりと、完成度がとても高いものになっている。そのプロセスをみるのも勉強になりました。 

▼武満徹「黒い雨」

武満は映画で実験したものを演奏会用の作品に活かしていた 

鈴木 『青幻記』は映画自体にアクセスするのに苦労しましたね。最近、再上映されたので、ようやく観ることができたんですが。この作品の音楽は、武満さんの映画音楽のなかでも白眉ではないでしょうか。武満さんが当時関心を持っていたガムラン的な旋律も使われています。

▼武満徹「青幻記」(編曲:鈴木大介) 4:30~ガムラン的な旋律が使われている

 

――映画は1973年公開ですね。ガムランは《フォリオス》(1974)にも顔を出しますが、映画の音楽と演奏会のために書かれた音楽の連関も感じさせますね。 

▼武満徹「フォリオス」

鈴木 それで言うと「今朝の秋」はテレビ・ドラマのための曲ですが、そのなかに出てくるパッセージは「すべては薄明のなかで」(1987)の第4楽章のもとになっています。武満さんは「ノヴェンバー・ステップス」などでもそうですが、映画でいろいろ実験したものを演奏会用の作品に活かしていましたよね。 

▼武満徹「今朝の秋」(編曲:鈴木大介)

▼武満徹「すべては薄明のなかで」

――映画やテレビ・ドラマの音楽の理解はもちろん、武満さんの演奏会用作品の書法や響きの特徴を知る上でも貴重な曲集ですね。 

鈴木 唯一、最後の『他人の顔』の「ワルツ」だけは、後半がヴィルトゥオーソ的なものになっていますけどね。武満浅香さんがこの曲が好きで、彼女に呼ばれてよくこれを弾いていたので「まぁ良いか」ということで僕が捏造したヴァリアントを入れています(笑)。

▼武満徹『他人の顔』~「ワルツ」

▼武満徹『他人の顔』~「ワルツ」(編曲:鈴木大介)

鈴木 全体としては、元のオーケストラのスコアをほぼ忠実にギターソロ、ないしは二重奏で再現できるものを取り上げましたし、原曲のオーケストレーションがギターを通して透けて見える様なリダクションを心がけました。時にギターの譜面としてはテクスチャーの表記が複雑すぎるところもある様にも思いますが、それらはあくまでも武満さんへの、無私の奉仕を願った結果です。僕としては、やり切った思いでいます。 

2016年のアルバム『森のなかで』にもこの編曲集に収められた曲が含まれていますが、その後、自筆譜を参照したりしてブラッシュアップしたので、多少異同があります。その埋め合わせとして、二重奏曲は小暮浩史くんとYouTube上で演奏を公開し、また独奏曲については今秋、新しいCDに録音する予定です。 

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原塁
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原塁 音楽・音響研究

仙台市出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了(博士:人間・環境学)。音楽・音響芸術を中心に、20世紀以降の領域横断的な実践に関心を持つ。著書に『武満徹のピ...

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