インタビュー
2020.05.18
ITの専門家でクラシック音楽通!

ドワンゴの夏野剛さんに聞く、アーティストがニューノーマルを生き抜くためのアイデア

2020年3月8日、ミューザ川崎シンフォニーホールで、大友直人指揮、東京交響楽団のコンサートが無料ライブストリーミング配信され、10万人もの視聴者を集めたことが大きな話題となった。そのときのプラットホームとなったのが「ニコニコ生放送」である。以来、新型コロナウイルスの影響で、ほぼすべてのライブイベントが停止している状況下、インターネットの力をどう生かすかが大きな課題となっている。
ここでは、このときのニコニコ生放送の運営母体、株式会社ドワンゴ代表取締役社長の夏野剛さんに取材し、オーケストラや演奏家がいかにしてこの難局を乗り切るかについて、ネットビジネスの視点からのアイデアをいただいた。

取材・文
林田直樹
取材・文
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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夏野剛(なつの・たけし/写真左)
株式会社ドワンゴ代表取締役社長、KADOKAWA株式会社取締役をはじめ、TOKYO2020オリンピック・パラリンピック組織委員会参与、内閣府規制改革推進会議委員など多数の職を務める。公益財団法人東京交響楽団理事。

※取材は4月24日、オンラインにて行ないました。写真右上はドワンゴ広報の松本晶子さん、その下はインタビュアーの林田直樹さん。

クラシックにはまった中学時代

——夏野さんは、東京交響楽団の理事もつとめていらっしゃいますが、そもそもクラシック音楽との接点は?

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夏野 今から40年くらい前になりますか、カラヤン指揮ベルリン・フィルの普門館の公演に行ったことがあって、ベートーヴェンの「田園」にはまったのです。その頃はFM雑誌を買ってエアチェックして、ベートーヴェンやチャイコフスキーの交響曲全集をカセットテープで作り、ずらりと並べて悦に浸っていたりしましたよ。めちゃめちゃオタクでした。中学の頃が一番はまっていたかな。

——1980年前後は、そういう中高生がいっぱいいましたね。

夏野 それ以来、自分にはクラシック音楽はずっと身近でした。学生時代はフィラデルフィアに留学していたのですが、ちょうどフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督がサヴァリッシュでした。学生向けのサブスクシート(定期会員席)が安くて、年間200ドルも払えば、6回のコンサートを全部固定の席で聴けた。

私がNTTドコモにいたときには、キッズケータイを出したんですが、東京フィルに頼んで、NTTドコモ主催の「クリエイティブキッズコンサート」(第1回開催は2007年)を開いたこともありました。どんなに騒いでもいいような、親子で無料で聴けるものをどうしてもやりたかった。

クラシックは特別に音楽の層が厚いんです。あれだけの楽器が一緒に鳴るオーケストラは、それこそ奇跡に近いパフォーマンスで、普通のデジタル的な音楽ではありえない感動がある。絶対に未来に引き継いでいかなければいけない文化だと思っています。

コメントが共感を生んだ東響のニコニコ生放送

——夏野さんのそれまでのクラシック音楽への思いがあったから、ニコニコ生放送の東京交響楽団の無料ライブストリーミングにもつながっていったのですね。

夏野 クラシックは、ライブでは音が素晴らしいのが第一ですが、視覚的にも、オーケストラの中での楽器のいろいろな使われ方を見ることが、感動につながると思います。視覚的な要素は、初心者には大きく影響するんです。クラシックのコンサートに子どもを連れて行くと、食い入るように見ていますよ。楽器の音の移り変わりを。

音の良さは、配信では犠牲にしなければいけないですが、どの音をどの人が出しているかを視覚的にとらえながら音楽を楽しむには、動画配信は素晴らしいんです。

——確かに、オーケストラは見ているだけでも面白いポイントがたくさんありますね。

夏野 それと、コメントを付けることのすごさを味わいました。

ラヴェルの「ピアノ協奏曲ト長調」とか、サン=サーンスの「交響曲第3番《オルガン付き》」とか、初心者には大丈夫かなと思ったんですが、詳しい人がコメントで解説するんですよ。これはすごいパワーになる。

下のリンクは、4月18日に配信された「東京交響楽団の公演を当分聴くことができないので10万人が視聴した伝説の無観客コンサートを完全版で再放送」の詳細ページ

写真は、3月14日にミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 モーツァルト・マチネ 第40回をニコニコで生中継した際の画面上のコメントの様子。

クラシックは長い曲が多いから、見失ってしまうんです。でも、コメントの力によって「そろそろ来るぞ」と流れてからオルガンがバーンと鳴ったり、「ゴジラが来るぞ」、「このオーボエは美人だなあ」とか、「このティンパニすげえなあ」とか、まさに、コンサートの会場で、みんなが心の中で思っていることが、全部文字化されるから、見失わずについていける。

音だけ聴きたい人は、コメントを消せばいいけど、他の人がどう聴いているのかが知りたい人は、コメントを見て気持ちを共有できる。共感が可視化されるんです。

アーティストの活動にサブスクの仕組みを

——先日、下記のようなツイートしたら、ものすごい反響がありました。

これに対して、日本音楽家ユニオンがリプをくださったのですが、公益法人は、無利子の融資、文化庁の融資を受けられないそうなんです。このままコンサートが開けない状況が続くと、日本のオーケストラや演奏団体は存続できなくなります。

夏野 これは、僕、ちょっと動いてみます。規制改革推進会議のメンバーでもありますので。

——ぜひお願いします。でも、国や地方自治体が文化芸術を助けることも大事ですが、アーティストの側も、ライブができないならば、ネットで発信して、少しでもいいからお金を作ることが大事だと思うんです。助けなきゃと思っている人はたくさんいるわけですから。その気持ちを現金化できる仕組みをしっかり作りたいのです。

夏野 先日、東京交響楽団の動画を再放送したんですが、ニコニコ動画にギフトという仕組みがあって、それで約20万円寄付が集まりました。心を動かすようなものを流せば、それに対して、「これは気持ちだよ」と寄付する文化が、ネットではすでにできあがっています。

——投げ銭が定着しているのですね。そこで思うのですが、いま各オーケストラはクラウド・ファンディングなどもやっていますが、「支援を」といっても1回限りではなく、できればサブスクリプションの仕組みを持ったほうがいいと思うのです。つまり、毎月定額をいただく形ですね。

このまま何もしなければ、演奏家は経済的にだけでなく、精神的にも追い詰められていくと思います。なぜなら、聴衆との結びつきを見失ってしまうから。私たちもアーティストとのつながりを、この状況下でも、しっかりと感じたい。

何とかして、アーティストの活動を助けられるサブスクの仕組みを作れませんか。

夏野 ベルリン・フィルがデジタル・コンサートホールでやっている形がそうですね。ただ、楽団員がやっているというよりは出来上がったパッケージを売っている。

ニコニコチャンネルの場合、YOSHIKIさんは何万人もサブスクの会員を持っています。

このように、月に500円、1000円くらいから生放送の仕組みも作れますし、楽団員の誰かがソロか、デュオかトリオくらいだったら、スタジオや自宅で無観客ライブをやる形でもいいから、どのオーケストラもやったほうがいいと思います。スマホとカメラスタンドがあれば、すぐにでも始められます。

生放送がもっともファンをつくる

——無料でライブストリーミングしている人はどんどん増えていますが……。

夏野 それだとイマイチなんです。無料だと演奏家も「こんなもんかな」となる。客も「どうせ無料だから」となる。100円でも200円でも、ちゃんと取ったほうがいい。

——プロの演奏家が無料で配信しているのを見ると、気持ちもわかるんですけど、魚を売って食べている魚屋さんが、タダで魚を配っているように見えちゃうんです。

夏野 まさに、その通りだと思う。それはお互いのためによくない。無料は聴衆にとってもよくないし、演奏家のほうも、絶対に本気にならない。

——それと、コメントがリアルタイムで入ってくる場合、いろんな書き込みがあると思うんです。ある意味怖いですよね。辛辣なコメントが入る可能性もあるわけですから。

夏野 よく言われるんですけど、大丈夫です。クラシックのすごさというのは、ネガティブな気持ちで聴いている人は、時間が持たない。違うところに行きます。

——なるほど!

夏野 お客さんからお金をとるんだったら、とにかくサブスクがいいです。僕はニコニコをやっている会社の社長だからニコニコをおすすめしますけど、うちだけじゃなくて、どのプラットホームでやるのが一番いいかって、自分で考えたうえでやればいい。

ただ、社長がクラシック好きなのはニコニコだけです。クラシックの方はぜひニコニコでやっていたければ(笑)。

——ちなみに、ニコニコで有料配信した場合、アーティストの取り分はどれくらいなんですか。

夏野 7割です。

——ニコニコで、サブスクのお客さんをたくさんとるためのコツみたいなものはありますか?

夏野 生放送が一番ファンを作ります。どこかの決まったコンサートの姿を淡々と流すより、「今日はみなさんのお気持ちにこたえて」「今日は雨が降っているんで、雨っぽい気分の曲をやっています」とか、インタラクティブにやっていくと、ファンがどんどんついていくので。パーソナルな関係に見えることを、お客さんは求めています。

いずれ緊急事態宣言が外れると、3月くらいの状況に戻るでしょう。まだコロナは終息していなくて観客は入れられないけど、楽団員が集まって距離をとってオケをやるならいいよとか、管楽器系以外はみんなマスクしてやるとか、そういうことができるようになれば、無観客ライブは可能になるのではないですか。

ネットの世界はポジティブなことだけ取り入れていればいい

——今後の見通しはどうなるでしょうね。「ニューノーマル」という考えにしなければいけないという話もあります。コロナ以前に何もかもが戻ることは考えにくい。今まで通り普通にコンサートをするのはしばらく無理でしょうから、限定付きで人々が活動を再開できる「ニューノーマル」のなかで、何とか折り合いをつけながら無観客ライブをやっていくということになりますか。

夏野 そうだと思います。ホールも、あの配列だと感染リスクは高いので、1列おきに2席ずつ開けて座る、ものすごい豪華な。ミューザだったら200人しか入れない。200人の方に10倍の値段で来ていただくみたいなことを考えてもいいかもしれません。

それに加えて、なおかつライブ配信も、サブスクもやるということで、多角的にやっていったほうがいい。そうやって知恵を絞ってホールを開けていくことも大切だと思う。

——先ほど夏野さんはニコニコのコメントの話で、共感が可視化されるとおっしゃいましたけど、いま一番人を動かしうる、そしてそれがお金にもなるのが、共感というポイントだと思うんです。クラウドファンディングもそれだと思うし。オーケストラ文化を何とか助けたい、応援したいと思っている人はたくさんいるわけですから、それをお金に換えるということも、ちゃんと考えていったほうがいいですね。

夏野 もともとクラシックは、そういうスポンサーに支えられて生まれてきて、それがどんどん大衆文化になって、コンサートにお金を払って成り立っているわけですから、お金をもらうこと自体は、悪いことじゃないんです。むしろそれを生かしてより技を磨いてほしいし、よりいいコンサートを開き、善いことをやってくれればそれでいい。お金を回すのが大事で、お金は汚いものではないと捉えていただきたいと思います。

——最近は、コンサートだけでなく、中高生の吹奏楽や個人の音楽レッスンでも、オンラインを利用する人が増えていますね。

夏野 そうですね。何でもやってみていただきたいなと思います。コメントでボロクソ言われたら嫌だなあとか、オンラインだと良さは伝わらないだろうなとか、いろんな不安があると思うんです。でも、やってみていただくと、嫌なこともあるだろうけど、それ以上に楽しいこともいっぱいある。

ITの専門家としては、とにかく食わず嫌いをしないで、新しいものにチャレンジしていただきたい。そうすることによって、新しいファンや新しい喜びが生まれたりする。ぜひこの機会に、仕方なくコロナが来てしまったので、新しいものにトライしてください(笑)。

——新しい取り組みといえば、ドワンゴでは文化芸術分野にも対象を拡大していますね。

夏野 ええ。ニコ美といって、今クローズしている美術館をご案内して回っています。変わったところでは、東大寺の奈良の大仏を24時間ライブ配信しています。そこで掃除していたり、お経を読んだり……あれだけの空間なので、雨が降っている音も落ち着くんです。みんなそれをPCの画面に出して、仕事したり勉強したりしているらしいです。そういうコロナならではの取り組みはどんどん増えています。水族館ツアーもやっているのですが、これもなぜかライブのほうが盛り上がるんです。

ネットの世界はね、ネガティブなことは無視して、ポジティブなことだけ取り入れていればいいんです。

——名言ですね。規模が大きくなればなるほど、人が集まってくればくるほど、ネットでは必ずネガティブな声が飛んでくるじゃないですか。

夏野 必ず飛んできます。でもね、リアルな世界でもそう思っている人はいるんです。それが見えないだけで。ネットの世界はいいものも悪いものも可視化される。でも、喜んでくれる人が半分いたら大成功。喜んでくれる人が6割いたら大大成功。8割いたら完璧な成功ですよ。1割2割は絶対にアマノジャクがいますから。

取材を終えて

今回の取材は、夏野さんも私も、関係者も全員、在宅のままPCの画面通話を通してコミュニケーションをとった。それは想像以上にうまくいき、夏野さんが実は大変なクラシック音楽ファンであり、オーケストラ文化の理解者であることを感じられたのもうれしかった。

 

コロナ以前では当前のように享受できていたことが、どんどん私たちの暮らしから失われている。そのうちの筆頭に来るのが、ライブイベントだろう。だが今回の困難な状況を、チャンスに転化するためには、ネットビジネスの世界といかに上手につきあい、それを活用できるかが一層求められる。今回はそのためのヒントをたくさんいただけたように思う。

——林田直樹

取材・文
林田直樹
取材・文
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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