雅楽奏者・東儀秀樹の根底には、やんちゃなロック魂が!?
誰もが知っている映画を彩った数々の名曲が、篳篥(ひちりき)で新たな音色に! 枠にとらわれない雅楽奏者・東儀秀樹が、初のシネマアルバム『ヒチリキ・シネマ』をリリース。東儀ならではの選曲には、ロックな表現者としての姿が炙り出された――。
西の音楽を東の楽器で古いものと新しいものをミックス
――初のシネマ・アルバム『ヒチリキ・シネマ』をリリースされましたが、もともと映画はお好きだったんですか?
東儀 映画マニアというほどではないんですが、小学校のころから映画、特に洋画に親しんできました。僕が子どものころは、必ず夜、テレビで洋画を放映していましたからね。『日曜洋画劇場』にはじまり、『月曜ロードショー』、『火曜映画劇場』、『水曜ロードショー』……と、ほぼ毎日。テレビで洋画を観て育ったといえると思います。
――ということは、古い名画からテレビでご覧になっていたんですね。
東儀 そうです。テレビ放映に際しては、そのとき旬の作品を放映するわけではありませんからね。新しい作品でも、1年前くらいの作品だったんじゃないでしょうか。
――映画が与えた影響というのを、大人になってから感じたことはありますか?
東儀 特別感じることはないんですよ。もちろん、影響がないことは絶対にないですし、どこかで影響を受けているとは思うけど、特に気に留めているわけでもありません。
僕は音楽だけでなく、写真も撮るし、絵も描くし、芝居もするから、映画やドラマなど映像を自分なりの視点で観ていることも多いのです。たとえば、ドラマを観ていると「ここのセリフはもうちょっとこうしたほうがいいのに」とか、「この表情は意味があるな」とか、演出の目線で観てしまう。そのわがままを全部かなえようとすると、映画監督になればいいわけですけど、僕は映画について特別な勉強をしたわけじゃないですからね。でも、そういった目のつけ方が、さまざまな創作活動において、イメージ作りや遊び心の一助になっているんじゃないか、とも思います。
――今作も含めて、東儀さんの作品ではそういったイメージ作りが役に立っているんですか?
東儀 それは自分にもわかりません。わからなくていいんだと思っています。大ざっぱに僕の創作の表現は「西の音楽を東の楽器で、古いものと新しいものがミックスする」ということになるんですが、それを狙ってやろうと思ったことは一度もないんですよ。興味あるメロディが聴こえてきたら「これを篳篥(ひちりき)で僕が吹いたらこうするな」とイメージしたり、「篳篥でこういうメロディを吹いたらおもしろいんじゃないだろうか」ということをしてきたんですね。無理矢理がんばって、西洋音楽を古典楽器に落とし込むといった作業は、これまで一度もしたことがないんです。だから自然な形になっていて、「こう聴いてください」というような押しつけがましさがないんじゃないかな。
音楽は押しつけるものではないし、聴きたくない人は聴かなければいい。聴きたいときに楽しめればいいと思うんです。作為的にしたくないんです。
――では今作の選曲基準は、インスピレーションが沸いたとか、思いつくままということだったんでしょうか?
東儀 そうです。でも、掘り下げて探してしまうと、それこそ子どものころから聴いていた楽曲が出てきて、きりがなくなっちゃう。「映画が好きなのに、今までなんで映画音楽のくくりでアルバムを出していなかったんだろう」という簡単な気づきからスタートし、このアルバムになったという流れでした。
篳篥が生きる楽曲で、思いつき始めたものをどんどん挙げていったんです。あくまで僕の思いつきからなので、映画音楽の文献を読んだり、誰かが推薦する映画音楽とかを参考にした、ということもありません。
――このアルバム収録曲以上のアイデアがあったんじゃないですか?
東儀 収録するかどうか悩んだ曲もあったんですが、今や思い出せません。というのも、楽曲を絞り込む際に、さして大きな問題が起きなかったから。なにかフィットしないと思っても、すぐにサッと次が思いついてしまったんですよね。それくらい軽い気持ちで選曲していました。むしろアルバムができた今、「あぁ、アノ曲も篳篥に向いているかも」と思いつく曲はたくさんあるんですが、だったら次回にとっておこうと思ってます。いつでも出せるシリーズになりますね。
大嫌いだったはずの曲が音楽家としてやりがいに
――自然と出揃った楽曲にしては、とても旬な作品が含まれてますね。たとえば映画『マンマ・ミーア!』から「ダンシング・クイーン」とか。
東儀 それについてはおもしろいエピソードがありますよ。僕はもともとABBAが好きではなかったんです。だから「ダンシング・クイーン」は絶対にない、って思っていたんです。
――え、それがどうして収録曲に!?
東儀 確か中学生の頃だと思うけど、僕はかなりのブリティッシュロック思考だったから、そこへABBAがキラキラの服着ての「ダンシング・クイーン」を歌って世の中に登場したときには、軽い感じがもうまったく受け付けなかったんですよ。ヒットする要素もよくわかってはいるんだけど、世の中では受けているようだが俺は違うんだ! ってね。
――ロックっすねー!
東儀 ABBAっていうとそういう思い出しかない。そういう生意気な気持ちは今でもあって、彼らがどんなにいい曲を出したって、昔の僕を引きずっているところがあってね(笑)。
――そこまで忌み嫌っているのに、なぜまた……。
東儀 それが不思議な縁で。曲を選んでいるときに、ユニバーサルのスタッフから「映画『マンマ・ミーア!』に「ダンシング・クイーン」があるから、それはいかが?」と提案されたんです。それを聴いたときは「ばかやろう!」と思いましたね(笑)。どんなに勧められても、それだけはありえないって突き返したんですよ。
でも、その後、「ダンシング・クイーン」を勧められたことは、なぜか頭に残ってしまっていて、「このオレ様がダンシング・クイーンだとぉ?」とブツブツ独り言を言ってたんです。それって、なんだかんだいって気になっているってことじゃないですか。ほんの2~3年前の僕だったら、即却下して忘れていたと思うんですが、そのときは「嫌いなものを僕が料理して、形にしていくっていうのも、おもしろいチャレンジなんじゃないか」って思うようになったんです。だったら、もう一度聴いてみよう、と。
――聴いちゃったんですね(笑)。
東儀 YouTubeを探せば、当時のPVやライブ映像からなにから全部出てくるじゃないですか。当時の映像を見ると、当時の世の中の風潮とその時代にいた自分を思い出して思わず観てしまうんですよね。そして、現在の彼らがかなりの年配になっても、しっかりあの「ダンシング・クイーン」をやっていることにびっくり。「うわ……観るんじゃなかった……」なんて思ったりしてね(笑)。でもそれを観ているうちに、このメロディのキャッチーさの普遍性とかに改めて感心したりもするんですよ。
――良さだけはわかったんですね。
東儀 そう。売れてる曲だからってカバーするのはしゃくに障るんだけど(笑)。でも、嫌いだって言っている曲を、僕がやるのはやっぱりおもしろいチャレンジだ、って思うように。
そうやって考えを変えてからは早かったですね。篳篥であの曲をやるには、どうすればいいか。Aメロは篳篥が生きるように思い切り伸ばしちゃえ、とか、メロディ自体をカスタマイズして、あのムチムチ女性ヴォーカルの雰囲気じゃなくて(笑)、爽やかな風を感じるようなアレンジができればおもしろいんじゃないか、とか。そうすると、風を感じさせるならアコギを入れ、ハイハットを目立たせた、パット・メセニーが演奏しているような感じがいいかな、とか。そうやっているうちにドンドンはまっていったんですよね。
――そうしてまんまとABBAの世界へ(笑)。
東儀 でも、篳篥だけだと、Aメロのあの音域は低すぎてカバーできないんですよ。そこで思い出したのが、奈良時代から平安時代くらいまで使われて、廃れてしまった大篳篥という楽器。いろいろな古文書にその史料がありまして。それをたまたま数年前に復元したのを僕が持っていたんで、それを引っ張り出してきて、Aメロでは大篳篥、サビでは篳篥、というリレーをしたんです。また、ABBAはコーラスのハーモニーも売りにしているから、篳篥と大篳篥をかぶせてみたらすごくオシャレになるな、とか、「ダンシング・クイーン」の爽やかアレンジを考えれば考えるほど面白くなっていったんですよ。しかも、演奏を何度もしてたら、「なんだこれ、すごいいい曲じゃないか」とまで思うようになって(笑)。
――あれ!?
東儀 いや、もはや「ダンシング・クイーン」に関しては抵抗がない。それどころか、やりがいを感じてます。
――いずれABBAが好きになっちゃったりとか?
東儀 それはないです(キッパリ)。
1)映画『2001年宇宙の旅』~メイン・テーマ
2)映画『ミッション:インポッシブル』~メイン・テーマ
3)コーリング・ユー(映画『バグダッド・カフェ』より)
4)ダンシング・クイーン(映画『マンマ・ミーア!』より)
5) オン・マイ・オウン(映画『レ・ミゼラブル』より)
6) 映画『ゴッドファーザー』~愛のテーマ
7)ゴンドラの唄(映画『生きる』より)
8) 君をのせて(映画『天空の城ラピュタ』より)
9)ルパン三世のテーマ ‘78
10) She(映画『ノッティングヒルの恋人』より)
11)マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン(映画『タイタニック』より)
12) 映画『ニュー・シネマ・パラダイス』~メイン・テーマ
13)風のかたみ(映画『風のかたみ』より)
14) スマイル(映画『モダン・タイムス』より)
8月1日発売
3240円(税込)
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