インタビュー
2018.08.11
多彩な活動を通して見えてきた「語学力より文化力」

東儀秀樹が語る“雅楽奏者として・音楽家として・真の国際人として”の在り方

篳篥(ひちりき)×映画音楽の新しい音色で聴かせるニューアルバム『ヒチリキ・シネマ』をリリースしたばかりの東儀秀樹さん。映画好きが高じて、自ら選曲をしたという東儀さんの意外なキャラクターが見えた前編インタビューに続き、後編は篳篥という楽器や日本の伝統芸能の魅力についてもたっぷり語って頂いた。

お話を伺った人
東儀秀樹
お話を伺った人
東儀秀樹 雅楽奏者

1959年生まれ。東儀家は、奈良時代から今日まで1300年間雅楽を世襲してきた楽家である。 父の仕事の関係で幼少期を海外で過ごし、ロック、クラッシック、ジャズ等あらゆ...

聞き手・文
よしひろまさみち
聞き手・文
よしひろまさみち 映画ライター・編集者

音楽誌、女性誌、情報誌などの編集部を経てフリーに。『sweet』『otona MUSE』で編集・執筆のほか、『SPA!』『oz magazine』など連載多数。日本テ...

撮影:蓮見徹

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“自分のインスピレーションが一番大事” 最強にワガママになれる宅録環境

――「ゴンドラの唄」を収録曲に選んだのは?

東儀 これは「日本の監督作品を入れたらどうか」と提案されて思いついたんです。日本の映画監督といえば、やはり黒澤明監督だろう、と。それで黒沢映画の中でいい曲はないかな、と思っていたときに、ある方が「『生きる』の「ゴンドラの唄」が好きだな」と言ってくれて。ただ、あの曲は、あまりにもベタな日本の歌曲だから、篳篥には合わないな、というのが第一印象。

――それはどうして?

東儀 篳篥って、思い切り平安時代っぽくするか、もしくは現代の西洋音楽っぽくするのがかっこよくて、その中間にある江戸っぽさや昭和っぽさっていうのが一番合わない。だから「ゴンドラの唄」は違うかな、と思ったんですよ。でも、やはりこれも「ダンシング・クイーン」と同じで、どこかにひっかかっていて、ちょっと試しに吹いてみたら、思いのほか違和感がなく、メロディがとても心にくるものだということがわかったんです。それなら、これはおしゃれなピアノの伴奏をつけて、さりげなくそのままのメロディを篳篥で演奏したら、とてもいい感じになるな、と。その後、最近よく一緒に演奏しているチェロの溝口肇さんに、前奏と中間部のソロをお願いしてみたら、どんどんいいものになっていったんです。こうやって、最初は否定的だったものが、いいものになっていくという過程はとてもおもしろかったですね。

――そういったアレンジは、どのようなプロセスで?

東儀 このアルバムのほとんどは、頭の中にあるものを具現化していきました。いつもそうなんですけど、作曲・アレンジをするときはピアノと五線譜の前で悩むということはなくて、頭の中でほとんどを作ってしまっていて、その時点でだいたい楽器の編成まで見えているんです。でも「ゴンドラの唄」は、ある程度をシンセやピアノで作っていたんです。そのときに、この前奏はチェロの音色だったら、やさしく包んでくれるような感じに仕上がるな、と思い、溝口さんにお願いすることにしました。

――アレンジの際、篳篥、鍵盤、ギターのほかも、ご自身で演奏を?

東儀 そうです。毎度のことなんですが、ベースやドラムまで全部自分でコツコツ、コツコツと重ねていくんですよ。いつも宅録でして。

――え、全部宅録!?

東儀 トラックダウンの段階以降はエンジニアさんにお任せしますが、マイクを立ててRECボタンを押すところまで全部自分でやってるんですよ。アシスタントなしで。

――えええ!?

東儀 人がいると、急かされたり、意見されたりしますよね。でも僕は自分のインスピレーションが一番大事だと思っているから、そういうヨコヤリは入れられたくないんです。それに、自分一人でレコーディングをしていると、調子があまり出ないときや、子供との時間を大事にしたい日は自分のペースで休めますし、逆に今日はめちゃくちゃ調子がいいから丸一日ぶっ通しでやろう! っていうときにはずっとこもりきりでレコーディングできちゃう。その代わり、もうちょっとやれば良くなるかな、と思ってたった4小節を5時間も6時間も繰り返しやるなんてこともありますよ。そういうときに限って、翌日聞いてみたら「もっとよくなる!」と思って、また始めちゃったりするんですけど。

そういうワガママなことをするには、スタジオを借りてレコーディングしていられないんですよね。僕が一番いいコンディションでレコーディングするには、一人でやるしかないんですよ。

――アーティストがワガママにできる環境って最強ですね。

東儀 たとえば、2曲目の「ミッション:インポッシブルのテーマ」なんて、意外でちょっと笑っちゃうでしょ? 今の人にとってはトム・クルーズの『ミッション:インポッシブル』シリーズだろうけど、もともとテレビシリーズの『スパイ大作戦』のテーマ曲ですから、世界各国老若男女知っているメロディ。あの4分の5拍子のリズムは印象的ですし、それを篳篥でやったらかっこいいだろう! と思ったのがきっかけなんです。この曲に関しては、日本の楽器でやっていることを他国の人にも一発で分かってもらうために、篳篥のほか、琴や笙を使うことを決めたんですが、もっと日本らしさを出したいと思ったときに「そうだ三味線を入れよう」と。

――三味線も弾けちゃうんですね。

東儀 それが、一度も弾いたことがなかったんですよ(笑)。でも思いついちゃったんですよね。「そういえば、以前上妻(宏光)くんがうちに遊びに来たときに“民族楽器のコレクションに半永久的にお貸ししますんでどうぞ”と言って置いていった三味線があったな」と思い出して。それで、見よう見まねで調弦して、弾いてみたんですよね。

――もともとお好きなギターの感覚ですね。

東儀 それもありますけど、普段からいろいろな楽器の奏でられ方を観察して面白がっているからなんとかなっちゃうところもあるんです。誰かに教わるのは嫌いなんで(笑)。自分が弾きやすい感じでやってみたんですよ。そういう思いつきをすぐに実行できる環境は、一人でのレコーディングしかできないんですよね。津軽三味線の感覚をうまく再現できたような気がします。

あの曲はどんな国の人にも通ずるメロディだけど、日本らしさを出すっていうことにこだわるのは、これから日本の音楽シーンにおいて必ず必要になってくることだと思うんです。近いところで、2020年の東京オリンピックがあるから、他国の人は「日本の音楽シーンってどうなの?」と興味を持ち始めているはず。そういう人達にきちんと紹介できるものを作るのは、僕の義務だとも思っているんです。

――その意味では、偶然とはいえ旬の映画音楽が多いですよね。

東儀 『マンマ・ミーア!』と『ミッション:インポッシブル』は新作が8月に公開になるそうだし、『生きる』も舞台化されるそうですよね。これは本当に偶然。むしろ、何かのプロモーションのために演奏するのは、僕のポリシーではないので(笑)。

外国で育ったからこそわかった自分のルーツ・日本の伝統芸能

――ほんと、篳篥って遠い存在に思えて、なんでもできちゃう楽器なんですね。では篳篥ってオーケストラや吹奏楽の楽器でいうと、何に相当するんでしょう。

東儀 ダブルリード楽器の祖にあたるので、一番近いのはオーボエですね。もともと雅楽は中央アジアからやってきたものだけど、現在のそこには存在しない音楽。だからこそ、外国へ出向いたときに、篳篥をはじめとする楽器の生き別れた兄弟を見つけて、それを体系化することも僕の務めなんだと思っているんです。

――だから世界中の民族楽器コレクションが増えていってるんですね。篳篥は作り手の職人さんが減ってるとか、そういう危機的な状況なんでしょうか?

東儀 多くはないんですが、若手の職人さんもいらっしゃって、作り手がいなくなる、ということはなく、特に雅楽楽器の作り手を国が保護しているわけではないんですが、文化的な打撃はありません。それどころか、近年、雅楽を演奏する人が増えているそうで。

――おおお!

東儀 20年以上前は、神社で神主さんが無理矢理演奏するくらいしか雅楽の楽器の需要がなかったんですけど、最近はどうも違うようですよ。僕がメディアに出るようになってから、篳篥をやってみたい、という人が急増した、というのを、楽器店の人から聞きました。その楽器店、僕が出る前に「もう商売にならないから廃業しよう」とまで考えてたらしいんですが、僕の登場で一気に状況が変わって、今はネットでバンバン篳篥が売れているのだと聞きました。それくらいなので、作り手が間に合わないくらいの状況らしいです。

――ネットでバンバン(笑)。でも、東儀さんをきっかけに雅楽が親しまれるようになったのは素敵なことですね。

東儀 昔は、日本の伝統芸能といえば、まず歌舞伎、それから狂言、能。そこまでで、雅楽は調べる人もいなかったくらい。でも、今の雅楽は入口がたくさんあって、当たり前のものになっていっているんだと思います。正直、とてもうれしいですよね。

――雅楽、篳篥、東儀さんの音楽を楽しんでいる人にアドバイスを。

東儀 日本人だったら、日本の文化をきちんと他の国の人に紹介できるようじゃなきゃダメだと思うんですよ。僕は小さいころに海外で生活をしていたから、日本人ってなんだ、っていうことを考えることに恵まれた環境だったんですよね。

それこそ、日本で生まれ育っていたら、ロックにどハマりしていたころに「こんな古くさいもん、やってられっか」って思ったかもしれません。でも、外国で育ったからこそ、自分のルーツの国の文化をつきつめて考えるようになったんだと思います。

国際派となるのに必要なのは、語学力ではなく文化力。語学がどんなに上手だからって、日本のことを聞かれたときにうまく説明できないんじゃ、その語学力はなんの意味ももたないんですよ。それこそ、語学ができなくたって、ちゃんと日本の文化を知っている人なら、通訳をつければ伝えられるわけですからね。ちゃんと日本の文化を理解している人だったら、「今度また会いたい日本人」になれるわけです。それも、部分的にではなく、全体的に俯瞰して知っている人。たとえば「歌舞伎と雅楽の違いは?」と聞かれたときに、ちゃんと答えられないと。

教えるとか啓蒙するとか、そういうことを目的とするのではなくて、ただ楽しむところから始めることで、世界は一気に広がると思いますよ。

ニューアルバム
「ヒチリキ・シネマ」

1)映画『2001年宇宙の旅』~メイン・テーマ  

2)映画『ミッション:インポッシブル』~メイン・テーマ

3)コーリング・ユー(映画『バグダッド・カフェ』より)

4)ダンシング・クイーン(映画『マンマ・ミーア!』より)

5) オン・マイ・オウン(映画『レ・ミゼラブル』より)

6) 映画『ゴッドファーザー』~愛のテーマ

7)ゴンドラの唄(映画『生きる』より)

8) 君をのせて(映画『天空の城ラピュタ』より)

9)ルパン三世のテーマ ‘78

10) She(映画『ノッティングヒルの恋人』より)

11)マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン(映画『タイタニック』より)

12) 映画『ニュー・シネマ・パラダイス』~メイン・テーマ

13)風のかたみ(映画『風のかたみ』より)

14) スマイル(映画『モダン・タイムス』より)

 

8月1日発売

3240円(税込)

お話を伺った人
東儀秀樹
お話を伺った人
東儀秀樹 雅楽奏者

1959年生まれ。東儀家は、奈良時代から今日まで1300年間雅楽を世襲してきた楽家である。 父の仕事の関係で幼少期を海外で過ごし、ロック、クラッシック、ジャズ等あらゆ...

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よしひろまさみち
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よしひろまさみち 映画ライター・編集者

音楽誌、女性誌、情報誌などの編集部を経てフリーに。『sweet』『otona MUSE』で編集・執筆のほか、『SPA!』『oz magazine』など連載多数。日本テ...

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