インタビュー
2022.06.02

辻井伸行にきく~過酷さゆえ成長できたヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール

2009年の第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した辻井伸行さんに、課題曲についてやホストファミリーとの思い出ほか、このコンクールだからこそできた貴重な体験について、お話を伺いました。

道下京子
道下京子 音楽評論家

2019年夏、息子が10歳を過ぎたのを機に海外へ行くのを再開。 1969年東京都大田区に生まれ、自然豊かな広島県の世羅高原で育つ。子どもの頃、ひよこ(のちにニワトリ)...

©Yuji_Hori

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辻井伸行さんは、上野学園大学在学中の2009年にヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝し、世界中から絶賛されました。

辻井さんの演奏の最大の特徴は、研ぎ澄まされた聴覚です。私はこれまで彼の演奏をさまざまなホールで聴いてきましたが、そのホールの響きの特徴を瞬時に捉え、鍛え抜かれた指から透き通るような美しい音を紡ぎ出していくのです。

辻井さんが初めてソロ・リサイタルに挑んだのは12歳。その時の彼の演奏は、CDで聴くことができます。プロ・オーケストラとの共演も重ね、東京音楽大学付属高校在学中の2005年にショパン国際ピアノコンクールに参加し、批評家賞を受賞。辻井さんのショパンは、本場ポーランドでも高く評価されました。

このように、大学へ入る前からさまざまな演奏の舞台を経験していた辻井さんですが、彼の音楽人生のターニングポイントは、やはりヴァン・クライバーン国際コンクールなのだそうです。このコンクールを、ご本人に振り返ってもらいました。

ホームステイ先で整えられた練習環境

——ヴァン・クライバーン国際コンクールの特徴を教えてください。

辻井 ヴァン・クライバーン国際コンクールには、いくつか特徴があります。

たくさんのレパートリーを準備しなくてはいけないのです。リサイタルだけではなく、室内楽、協奏曲だったり、現代曲(筆者注:委嘱作品)を含むなどジャンルも幅広いのです。そういった意味では、参加者にとって過酷なコンクールですが、自分の成長につながる良い経験ができるコンクールだと思います。

また、参加者全員がホームステイをしなければならないのも、特徴のひとつです。

自分にとって、日本とは異なる文化のアメリカで初めてのホームステイの経験でしたし、コミュニケーションなどの不安はありました。でも、ホストファミリーはとても良い方でしたし、財団がそれぞれのホームステイ先のお宅にピアノを入れてくださり、24時間いつでも弾けるような状態でした。

他のコンクールでは、参加者はホテルに宿泊したり、ピアノを弾くために練習室を自分で準備しなくてはいけないのですが、ヴァン・クライバーン・コンクールでは参加者がいつでもピアノを弾ける環境を整えてくださっていたので、とてもありがたかったです。

2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで協奏曲を演奏する辻井伸行©Van Cliburn Foundation
辻井伸行:2009年に第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人として初優勝して以来、国際的に活躍している。1988年東京生まれ。幼少の頃よりピアノの才能に恵まれ、98年、10歳でオーケストラと共演してデビューを飾る。2000年にはソロ・リサイタル・デビュー。05年には、ワルシャワで行われた第15回ショパン国際ピアノコンクールに最年少で参加し、「批評家賞」を受賞した。
ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール優勝後は、日本の主要コンサートホールでのツアーをはじめ、アメリカ、ドイツ、スイス、イギリスなど、数多くの国々でリサイタルやオーケストラとの共演を行い、世界各国で圧倒的な成功を収めている。作曲家としても注目され、映画『神様のカルテ』で第21回日本映画批評家大賞を受賞。09年、文化庁長官表彰(国際芸術部門)。10年、第11回ホテルオークラ音楽賞及び第1回岩
谷時子賞受賞。13年、第39回日本ショパン協会賞受賞。

普通のコンクールとは違うお祭り的な感じを楽しんだ

——コンクール期間中の思い出深いシーンをお聞かせください。

辻井 まさか優勝するとは思わなかったし、ファイナルに残ったときはとても嬉しかったです。

ショパン・コンクールでは叶わなかった夢が、そこで叶ったのを鮮明に覚えています。

演奏する曲数が多いにもかかわらず、準備期間は短かかったのです。「よくこれだけ自分はやったな」と強く感じました。

約3週間、ホームステイなど初めての環境もありましたが、時間を重ねるにつれていろんなことに馴染むことができ、普通のコンクールとは違ってお祭り的な感じを楽しんでいました。最後の演奏はコンサートのような気分で、「ここまで来たら、あとは楽しむだけだ」という気持ちで弾いたのが結果につながったのかなと思います。

プログラミングや新曲課題曲での苦労と達成感

——課題曲が少ないなか、プログラミングをどのように工夫されたのでしょうか?

辻井 決められた課題曲は少ないですが、自分でプログラムを組まなければいけないので、たくさんの曲を用意しなければいけなくて、自分の得意曲や挑戦する曲などを織り交ぜたりしました。

その中でも、ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ 第29番「ハンマークラヴィーア」》は特に大変で、自分にとって大きなチャレンジでしたが、それもすごく貴重な、そして良い経験になりました。

 2009年の第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールのセミ・ファイナルにおいて、ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ 第29番「ハンマークラヴィーア」》を演奏する辻井伸行

——新曲の課題曲もありましたよね。短期間で仕上げたそうで、ご苦労もあったのではないでしょうか?

辻井 みんなは楽譜を見て演奏できますが、僕の場合はすべて聴いて覚えなくてはいけないので、それが大変で……時間がない中で現代曲だけでなく、その他の多数の曲を練習しながら覚えていったので、そういった意味での苦労はありました。

でも、だんだんと楽しめるようになってきて、現代曲の賞もいただくことができ、達成感を覚えました。

クライバーンさんからいただいた言葉は今も心の中にある

——このコンクールの創設者、クライバーンさんの印象を教えてください。

辻井 クライバーンさんが亡くなられる少し前に、お目にかかる機会をいただいたのですが、「クラシック音楽に興味がない人たちにも、コンサートに足を運んでもらい、生の演奏を聴いてもらえるような演奏家になってほしい」との言葉をいただきました。その言葉は、今でも心の中にありますし、もっともっと多くの皆さんに足を運んでもらえるような演奏家になっていきたいと思っています。

ヴァン・クライバーンのコンクール後も、辻井さんは多忙な音楽活動の合間を縫って、着々とレパートリーを広げ、世界を飛び回って演奏活動を続けています。

実は、このコンクールに優勝すると、世界各地での3年間のキャリアをサポートされるなど手厚い褒賞が約束されているのです。

2022年のこのコンクールに参加するピアニストのパフォーマンスと、その後の活動にも注目していきたいですね。

ヴァン・クライバーンからメダルを受ける辻井伸行 ©Van Cliburn Foundation
道下京子
道下京子 音楽評論家

2019年夏、息子が10歳を過ぎたのを機に海外へ行くのを再開。 1969年東京都大田区に生まれ、自然豊かな広島県の世羅高原で育つ。子どもの頃、ひよこ(のちにニワトリ)...

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