インタビュー
2020.02.28
飯田有抄と、音楽でつながる仕事人たち。

第15回〈前編〉劇場設計 三菱地所設計・石川静さん、清水寧さん——池袋の野外劇場をクラシックに適した音響に

2019年11月、池袋の西口公園に、グローバルリング シアターという野外劇場ができた。三菱地所設計のチーフアーキテクト、石川静さんの建築計画による劇場に、音響アドバイザーとしてクラシックホールの音響設計で経験豊富な清水寧(やすし)さんを迎えて完成。野外でクラシックの演奏に適した建築にするという難題を、お二人の仕事人はどのように乗り越えたのだろうか。

聞き手・文
飯田有抄
聞き手・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

写真:各務あゆみ

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ハードルが高いクラシックのための野外ステージ

——池袋西口公園グローバルリング シアターは、クラシック音楽のコンサートができるステージとして設計されているそうですね。

2019年12月に行なわれた、豊島区が展開する野外クラシックコンサート「Tokyo Music Evening “Yūbe(夕べ)”」のオープニングイベント。このあと、インタビューを行なった。
コバケンこと小林研一郎の指揮で、豊島区管弦楽団が《アイーダ》序曲を演奏。おおよそ2000名ほどの聴衆が集まった。

清水 野外でクラシック音楽ができる空間というのは、あまりないんですよ。ロックやポップスなど電気を使う音楽ができる野外ステージは多いけれど、クラシックのアコースティックの楽器が野外ステージに上がるというのは、いろいろとハードルが高い。

奏者は自分の耳に自分の出した音が返ってこないと、実際の演奏が難しくなりますが、屋外では空気がすべて音を吸ってしまう。しかも、ここは池袋の街中という、とても賑やかなところですからね。

石川 豊島区からは、クラシックのコンサートのほかにも、バレエや演劇などでも使用できるステージを作ることが求められていました。劇場設計は三菱地所設計で行ないましたが、特殊な条件下での劇場計画でしたので、清水先生に音響アドバイザーとしてチームに加わっていただきました。

今回の仕事人は、三菱地所設計のチーフアーキテクト石川静さん(左)と、音響設計の清水寧さん。

音響の効果をデザインに落とし込む

——屋外でのクラシック・コンサートを実現するために、具体的にはどのような工夫を考えられたのでしょうか。

清水 ヨーロッパの古代遺跡に、野外劇場がありますよね。石造りの天井のない空間で、アカペラの合唱などが演奏されていました。

あの空間は、壁と壁の間で、音がワ〜ンと響いているんです。つまり、残響を生み出しているのです。ヨーロッパの教会でも、音が上のほうでワ〜ンと響いていますよね。でも、下のほうでは人々が会話してもちゃんと明瞭に聴こえます。あの音響の特性を持ち込もうと考えたのです。

池袋のグローバルリング シアターは、ステージの横に残響を生む空間を作ってあります。その響きが、ステージ上の奏者たちや、ステージに近い客席にはきちんと返されるような作りになっているのです。

一見きらびやかな舞台には、プレイヤーの演奏のしやすさも考慮した音響設計が施されている。

石川 残響音はある程度の容積がないと長くならないのです。本計画ではステージしかない(客席がない)ので、ステージのみでその広さを確保する必要がありました。

そこで、アウターボックスと呼ぶガラスの空間を確保しました。ステージの壁や天井には、ご覧のとおり三角形に穴が空いていますよね。この穴から、音がアウターボックスへと抜けていき、そこで残響音が作られ、ステージ上の奏者およびステージ前の客席へと戻っていきます。

設計図

ステージの外側にアウターボックス(赤の部分)を設け、その空間で残響がつくられるようにした。
図面提供は、三菱地所設計の石川静さん。

清水 壁や天井の穴、つまり内側の反射板の開口率は50パーセントです。音のエネルギーの半分はアウターボックスに行きますが、半分のエネルギーはすぐに演奏者に戻るわけです。

石川 清水先生の話を受けて、デザインに落とし込みました。三角形の編み目は、ステージの下側のほうが細かく、上に行くほど大きくなっています。奏者に近いほうが編み目が細かいので音が戻りやすい。さらに、舞台袖の様子が客席から見えにくいのです。

清水 こうしたことを、うまくデザインで取り込んでくれたのが石川さん! なかなかできないですよ、これは。

石川 清水先生による音響シミュレーション結果を、デザインへと落とし込んでいく作業は意義あるものでした。

実は、お隣の東京芸術劇場のガラス張り天井の三角形のデザインとも連動させています。三角形の組み合わせに角度も付けられているため、音響的にもよい効果をもたらしています。

ステージ側壁にある三角形の穴の向こう側は、舞台袖でもあるが、残響をつくるための空間にもなっている。
右奥に見える東京芸術劇場の三角形の屋根と、グローバルリング シアターは、デザインがリンクしている。
壁の下のほうは穴が小さく、演奏者に音が返ってきやすいが、上のほうは穴が大きく、ステージ2階も含めて、残響が豊かにする広い空間ができている。
野外では空気に音が吸収されてしまうが、8チャンネルのスピーカーがグローバルリングの柱に仕掛けられているので、ステージ上の音を増幅することもできる。

浦安音楽ホールでの経験が斬新なアイデアを生んだ

——クラシック音楽を演奏するステージでは、とにかく残響が大切なのですね。この斬新な構造は初の試みだったのでしょうか。

石川 すでに清水先生が浦安音楽ホールで実践なさっていたアイデアなんですよね。アウターボックス(ステージ外側の残響を作る箱)とインナーシェル(ステージ)による二重構造の話を初めて聞いたときは、あまりピンと来なかったのですが、浦安音楽ホールに伺ってみたらとても音が良かったので驚きました。

清水 浦安音楽ホールは300席という小さなホール。でも、豊かな響きは欲しかった。そこで、このアウターボックスとインナーシェルによるダブル・シェルという考え方を実践しました。通常の設計では残響が1.4秒とか1.5秒しかできないところを、浦安では1.8秒から2秒近くまでに伸ばすことができました。

通常のシューボックス型のホールでは、音は客席に正面から届きますが、浦安では上から降り注ぐような音に包まれるようになっています。こういうホールをもっと増やしていきたいですね。

聞き手・文
飯田有抄
聞き手・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

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