インタビュー
2022.03.31
田中彩子の対談連載「明日へのレジリエンス」Vol.11

日本の森が抱える課題が音楽とのコラボで身近に? 森林セラピスト・小野なぎさ

サステナブルな明るい未来のために活動されている方と対談し、音楽の未来を考えていくソプラノ歌手の田中彩子さんの対談連載「明日へのレジリエンス」。
第11回のゲストは、一般社団法人 森と未来の代表理事で森林セラピストの小野なぎささん。森林の身体への効果(エビデンスもあり!)を広め、整備が必要な日本の森でイベントを開催し、空間的価値を見出すための活動を行なっています。森好きの田中さんとのコラボは実現するのか、音楽と森との共通点も探りました。

サステナブルな活動を模索する人
田中彩子
サステナブルな活動を模索する人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウィ...

司会・文
高坂はる香
司会・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

写真:蓮見徹

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手入れが必要な日本の森の現状とは?

田中 なぎささんとは、私がデビューしてすぐ、なぎささんがちょうど起業された頃に知り合っているので、もう7年くらいのお付き合いですね。私も森が好きなので、そこを共通点に仲良くなりました。

小野 彩子さんは、森をテーマにコンサートをすることがあるとおっしゃっていて、私も音楽が好きなので、意気投合したのですよね。

小野なぎさ(おの・なぎさ)
東京農業大学 地域環境科学部 森林総合科学科卒業後、森を人の健康に活用したいという動機から企業のメンタルヘルス改善に関わる事業に携わり、認定産業カウンセラー、森林セラピストの資格を取得。約15年間で、森林を活用した研修プログラムの開発、健康リゾートホテル事業、海外のメンタルヘルス事業の立ち上げを経験。これまで述べ2,000人を森へ案内し、全国の地域と連携し森林資源を活用した観光プランづくり、企業研修、人材育成を実施し、執筆や講演活動を行う。
2015年一般社団法人 森と未来を設立、代表理事に就任、“森林浴”、“森を感じる自分の時間”に着目し国内外で活動を行う。2019年に林野庁 林政審議会委員に就任。著書に『あたらしい森林浴』(学芸出版社/2019年)。

田中 一度ウィーンにいらしたとき、一緒に森に行ったことがありますよね。日本の森と、どう違いましたか?

小野 ウィーンの森は広葉樹が多くて、明るかったですね。

ウィーンの森にて。

小野 日本は、急斜面の山に針葉樹が密集して生えているような森が多いですから、印象が違います。

今ある日本の森の半分は、戦後、子孫のために木を育てなくてはという想いで人々が植林したことでできたものです。そのため、早く成長し、まっすぐに伸びて木材として使いやすいスギやヒノキが多いのです。

今はようやくその木が成長してきたところですが、一方で燃料革命があったり、外材が安く手に入るようになったので、日本の木は使われなくなっていきました。例えば今、自分の山におじいさんが植えた木が樹齢50年まで育って、いざ売ろうとしても、スギの木は1本500円くらいにしかなりません。そうすると、山から木を切って運び出す作業は大変労力も費用もかかるものですから、山の所有者たちも林業からは手を引いてしまう。そんな現状から、日本の森は整備が足りず、木々が密集した暗い森が増えてしまっているのです。 

田中 日本の森は、植林が多いから水をあまり吸わず、土砂崩れが起きやすいと聞いたことがありますが、本当ですか?

田中彩子(たなか・あやこ)
ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)。京都府出身、ウィーン在住。22歳のときスイス ベルン州立歌劇場にて最年少ソリスト・デビュー後、オーストリア政府公認スポンサー公演『魔笛』や、日仏国交樹立160周年のジャポニスム2018、UNESCOやオーストリア政府の後援で青少年演奏者支援を目的とした『国際青少年フェスティバル』などに出演するほか、音楽や芸術を通した教育・国際交流を行う一般社団法人「JAPAN ASSOCIATION FOR MUSIC EDUCATION PROGRAM」を設立。代表理事として次世代のためのプロジェクトを推進している。Newsweek『世界が尊敬する日本人100人』に選出。

小野 そうですね、植林だからというよりは、その後の手入れが行き届いていないからというほうが正しいと思います。

本来はもっと木を間引いて、光が入るようにしてあげなくてはいけません。同じ種類の針葉樹ばかりでなく、広葉樹も植えると、鳥がたくさんやってきてフンを落とすので小さな草木の芽がまた新しく出てきます。すると、背の低い木や下草が増え、土に根が張り巡らされるので、土砂崩れも起きにくくなります。

森林保護のため木を切ってはいけないというイメージがあると思いますが、日本の森の現状に合わせて、正しく整備して行くことも重要です。

森林浴をする小野さん

 
 
 
 
 
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“仕事”として森に連れてきて価値を伝える

田中 なぎささんは、そうした適切な森の整備についてのアドバイスもされているのですか?

小野 みなさん、本来はそうすべきだと知っているのですけれど、資金の問題もあって実行できていないというのが現状です。

そこで私が提案しているのは、これまで木材を使うことを目的に管理されてきた森に、森林浴やレクリエーションなどを行なう場所という、空間的価値を見出すということです。日本は国土の7割が森ですから、それをうまく活用するため、市町村への提案やコンサルティングを行っています。

それとあわせて行なっているのが、人が暮らしの中で森に行くきっかけを増やすための提案です。森の中で研修を行なうことを企業に働きかけるのも、その一つです。

森に入るとスッキリするとか、癒されて元気になるということは、多くの方が感覚的にご存知だと思います。そこで実際に研究者たちが血液を採るなどして調べたところ、血圧が下がり、ストレスホルモンが減って、免疫細胞であるNK細胞が増えるという効果がありました。森の中では五感が刺激されますが、最近では、耳でキャッチできない高周波の音が心身にいいということもわかっています。

小野 そのため、都会でストレスの中暮らしている人にはぜひ森に来てほしいのですが、自分から森に出かけていくような人は、もともと元気なことが多い。そこで、企業研修という形にして、“仕事”という理由をつければ、心身が疲れている、本当に森に来てほしい方々を連れてこられるのではないかと思ったのです。

多くの方が森と新しい接点を持つことで、これまでと違う森の使い方が生まれていったらおもしろいだろうと思っています。

田中 私は森が大好きで、子どもの頃はよく探検して遊んでいましたが、大人になるとなかなかそうもいきません。もっと気軽に森に遊びにいきたいと思っている大人は、少なからずいると思うのですけれどね。

小野 日本だと、森に行くということは山に登るというイメージがあって、朝早いし疲れるものだという感覚があるかもしれません。

でも、森に入るのは、必ずしも山頂に登る必要はないのです。気持ちの良い空間を見つけて、そこで本を読む、ただぼーっとするという目的で、どんどん来てもらいたいです。私としては、そういう「ぼーっとできるスポット」を、日本の森の中に増やしていきたいと思っています。

2021年5月4日みどりの日、北海道から屋久島まで各地の森で開催されたイベントを収録した動画(2022年も開催予定!

森でのコンサートを企画!?

田中 そのお話はクラシック音楽の世界とも重なりますね。知識を持ってコンサートに来ていろいろ考えるという楽しみ方もありますが、基本的には、何も考えず無の状態で聴きに来て、ただ音を浴びるという楽しみ方もおすすめしたいです。

あとクラシック音楽って、森の音から生まれたものが多くて、どこかに自然の音が紛れているように思います。森の中でコンサートをするのも楽しそうですよね。観にいらっしゃるみなさんにも、その辺りに寝転がって聴いてほしい。長年の夢のひとつです。

小野 そうなんですよ。私は以前から、彩子さんに森の中で歌ってほしいと思っていて、森に行くたびに、ここを舞台にするとちょうど良いかもしれないなんて考えていました!

客席にちゃんと音が響くようになっているコンサートホールと違って、森の中は音がどこかに抜けていってしまうかもしれませんが、それもまた響きの一つの形として捉えていただけたら素敵なのではないかと思うのです。風が入ってくることで起きる音、鳥のさえずりなど、いろいろな音がミックスされることで生まれる、森の音楽。同じ場所でも、春と枯れ葉の多い秋では、風の流れ、匂い、響きなどすべてが変わると思いますし。

……あと、彩子さんが森で歌ったら、鳥が輪唱してくるんじゃないかなって。

田中 そうなったらおもしろいですね。ディズニーの世界みたい!

小野 森に入るときは、熊など危険な動物が出てくる可能性もあるので、ラジオなどを鳴らしながら歩くことも多いのですが、以前、試しに彩子さんの歌を流していたら、仲間に「それじゃあ心地よすぎて、逆に熊が寄ってきそうだからやめて」と言われました(笑)。

田中 確かに私、動物に好かれるほうで、道端でも犬が足の上に座りにきたりするので、気をつけたほうがいいかもしれません(笑)。

田中 でも実際、森の中というのは危険も隣り合わせですよね。だからこそ、五感が目覚める感じがするのかもしれませんが。 

小野 自然は美しいものですが、怖いものでもあるということは知っておく必要があります。

森と音楽、触れているときの感覚は近い

田中 クラシック音楽を聴くのは、都会の暮らしのなか、身近で森の音が聴けないことの代わりというような感覚が私にはあります。森に行くと、普段使っていない脳が刺激されますが、音楽を奏でたり、聴いたりしているときの感じもそれに近いんですよね。

私は小さな頃から森で遊んでいたので、今でも何かに迷ったときは、ウィーンの森を散歩します。

田中さんがInstagramに投稿したウィーンの森の写真

 
 
 
 
 
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田中 なぎささんはクラシックがお好きで、普段から聴かれていると思いますが、いかがですか?

小野 私も、森に入るときの感覚と音楽を聴いているときの感覚は近いと思います。森に入って一番感じるのは、自分と向き合えるということです。今落ち込んでいるとか、気持ちが明るいとか、森の情報を五感でキャッチしていくなかで、自分を鏡に映すように感情を確かめるところがあります。

音楽も私にとってはそういうもので、気分が良いときにすっと入ってくる曲も、落ち込んでいるときには聴きたいと思わないこともあって、それで自分の気持ちを知ることもあります。

田中 自然の中に溶け込んだ状態で生み出される音楽、聴く音楽って、ホールで聴くのとは全然違うでしょうね

小野 そうでしょうね。企業の研修などをやっていておもしろいなと思うのは、森の中では普段使っていない感覚が使われることで、過去の記憶が蘇るという方が多いところです。

例えば、この青臭い匂いは、子どもの頃に田舎の裏山で嗅いだものと同じだという記憶から、おじいちゃんと過ごした嬉しい時間、カブトムシを探したワクワクした気持ちを思い出すというように。

昔の記憶というのは、自分の感性の中にあるものなので、その状態で職場の仲間と対話をすると、いつもと違う関係性になるといいます。お互いが本来の自分に戻っているからかもしれません。

森の課題に企業が気づき始めた

田中 なるほど、おもしろいですね。音楽家も森で遊んで五感を刺激し、自分を見つめ直して感性を磨いたら、すごくよさそうですね。

小野 そうですね。私は以前から感性ってなんだろうと考えていたのですが、いざ言葉で説明しようとすると難しいですよね。そして今は、感性とは、感覚と感情から導き出された個性だと思っています

感覚を使うと感情に響きます。匂いを嗅いだだけで、おじいちゃんの記憶が蘇って嬉しい気持ちになる、というのは、個性なんです。同じ匂いを嗅いでも、他の人はまったく違うものを感じているかもしれない。

そういうそれぞれの感性が尊重されて、それぞれがいいと思ったものをいいと言えるようになると、社会は変わっていくだろうなと思います。

田中 確かに、音楽家も、自分はこれが演奏したいんだという強い想いが個性になったりしますね。

小野 最近は、何かを変えたいという企業が社員に、スキルを身につけるだけじゃなくて、心を整え、新しい視野やアイデアを持てるきっかけを与えたいと、森での研修に関心をもってくださるようになりました

小野 こうした活動をはじめてもう15年ほどになりますが、当初は、心身への健康効果についてエビデンスを提示してお誘いしてきましたが、ごく一部の人にしか相手にされませんでした。

でも、世の中がだんだん、心を整えること、自然に触れることの大切さを見出すようになり、今の暮らし方を変えなくてはという流れになって、このままではだめだと思う企業が増えてきたようです。それに加えて、SDGsの動きで環境のことは必ず考えなくてはならない時代になったので、森は知っておくべき一つの課題だと気づいたのではないでしょうか。

私が提案していることはずっと変わっていないのですが、企業側が変わってきたという感覚があります。

田中 森のことを知ることで、また行ってみよう、もっと大切にしようと思うきっかけになりますね。今日は森についていろいろ勉強することができました。ありがとうございました!

対談を終えて

土や木の匂いを嗅いだときにふと思い出す、森で遊んだ記憶。昔の記憶とは感性の中にあり、感性とは、感覚と感情から導き出された個性という言葉に感銘を受けました。森や音楽を通して無の時間を過ごすことは、今の時代において特に重要だと感じます。貴重なお話をどうもありがとうございました。

日本の森が、よりよい形でもっと皆さんとコネクトできるよう、なぎささんのご活躍を応援しております!

田中彩子

記事で触れられていない対談の一部は動画でご覧ください!

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サステナブルな活動を模索する人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウィ...

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高坂はる香
司会・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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