インタビュー
2020.10.06
東京芸術劇場主催ミーツ・ベートーヴェン・シリーズVol.3開催記念対談

ベートーヴェンのジャズ魂とは? ジャズピアニスト・山下洋輔×ベートーヴェン研究者・平野昭

ジャズピアニスト・山下洋輔のベートーヴェン像に、ベートーヴェン研究者が迫る!
10月16日に東京芸術劇場で開催されるミーツ・ベートーヴェン・シリーズVol.3で、ベートーヴェンの名曲をふんだんに盛り込んだプログラムを披露する山下洋輔。ベートーヴェンとジャズの共通点、そしてベートーヴェンと山下洋輔の共通点とは……?

対談した人
山下洋輔
対談した人
山下洋輔 ジャズピアニスト

1969年、山下洋輔トリオを結成、フリー・フォームのエネルギッシュな演奏でジャズ界に大きな衝撃を与える。国内外のジャズ・アーティストとはもとより、和太鼓やシンフォニー...

平野昭
平野昭 音楽学者

1949年、横浜生まれ。武蔵野音楽大学大学院音楽学専攻終了。元慶應義塾大学文学部教授、静岡文化芸術大学名誉教授、沖縄県立芸術大学客員教授、桐朋学園大学特任教授。古典派...

写真:各務あゆみ
編集協力:長井進之介

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ジャズピアニストとして世界の最前線で活躍する山下洋輔がベートーヴェンのピアノ・ソナタに交響曲など、多種多様なプログラムを演奏するという、非常に注目度の高いコンサートの開催が迫っている。もちろん、楽譜通りの演奏ではなく“山下流”のベートーヴェンに出会うことができる。

一体どんなことになるのかすでに期待が膨らむが、今回の公演やベートーヴェンに対する想いなどを、日本を代表するベートーヴェン研究家である平野昭との対談形式で伺った。

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三連符がスウィング風に……?! ベートーヴェンとの思い出

平野 今年はベートーヴェン生誕250周年ということで、世界中でさまざまな企画が練られていましたが、すべて中止になってしまいました。その中でも、こうしてこの公演が実現できることを私も嬉しく思います。そもそもベートーヴェンは根強い人気で、日本も過去、さまざまな危機をベートーヴェンと共に乗り越えてきた感があります。山下先生にとってベートーヴェンとはどのような存在ですか?

山下 偉大な人物……というのがまず浮かびますが、実は私の人生に大きな関わりがありました。まず、小さい頃からレコードでベートーヴェンの音楽はたくさん聴いていたのですが、特に《田園》交響曲の途中、ミニマル・ミュージックのような出だしが鮮烈な印象として残っています。

交響曲第6番《田園》

山下洋輔

山下 あとは音大受験で、今回も演奏するピアノ・ソナタ第6番を演奏しましたし、《第九》交響曲の合唱に参加したこともあります。

三連符が多いピアノ・ソナタ第6番のジャズ性

平野 第6番のソナタは受験のとき、ご自分で選ばれたのですか?

山下 いえ、当時習っていた先生が選んでくださいました。展開部の三連符の部分が油断するとスウィングのようになってしまうのですが(笑)、なんとか弾いて無事に入試に合格できましたね。

平野 そもそもベートーヴェンの作品には三連符がたくさんありますが、どれもスウィング的なノリになってしまいがちですよね。ピアノソナタ第32番の第2楽章など完全にそうですよね。

ピアノ・ソナタ第32番より第2楽章

山下 たしかに! よく言われていますよね。今回の演奏会のお話をいただいたとき、まず思いついたのがピアノ・ソナタ第6番だったのです。ただし今回は、楽譜通りではなく、山下流で勝手に弾きます。60年ぶりの、副題「復讐」です(笑)。今回は展開部も遠慮せずスウィングしたいと思っていますよ。

ピアノ・ソナタ第6番

ベートーヴェンに見るジャズの精神

平野 ベートーヴェンはクラシック音楽の代表として挙げられますが、意外とジャズの要素もたくさんあるんですよね。ベートーヴェンは若い頃、ウィーンで即興の名手としてその名をとどろかせていた時期があるんですよ。

山下 なるほど……たしかに惹かれる部分は多いんです。ニューヨークでも音楽仲間とよく話しているんですよ。「ベートーヴェンはアフリカ人なんじゃないか?!」なんて。あくまでもジョークではあるのですが、それにしてもあの不思議なリズム感はかなりクラシックから外れてますよね。シンコペーションの使い方も面白いですし。

平野昭

平野 満を持して書いた最初の交響曲だって、主調はハ長調なのに、冒頭はヘ長調の属七、コードでいえばC7で始まって、すぐにFになってしまうんです。そのあとはG7からAm……という具合に、なかなかハ長調にならないのです。

交響曲第1番第1楽章

山下 驚かしてやろう、何かやってやろう、というのはジャズの精神にも通じるところがありますね

平野 ハイドンやモーツァルトなど先輩を尊敬しつつも、新しいことをやってやろうという意志はかなり強かったですね。

あの名曲のメロディを山下流に

平野 さて、10月16日のミーツ・ベートーヴェン・シリーズVol.3で演奏される曲ですが、名曲が勢ぞろいですね。ピアノ・ソナタをはじめ、《運命》交響曲に《第九》交響曲まで!

山下 飛鳥ストリング・カルテットにお願いして、パーカッション付きのピアノ五重奏の形で演奏します。どの曲についても、結局は私流になってしまうのですが、ベートーヴェンも自由な発想で作曲していたというお話を伺ってホッとしました。書法の上でも精神性でも、ジャズにつながる部分がたくさんありますね。

《運命》と《田園》は二卵性双生児のよう!? 2つの交響曲について語るお二人

平野 演奏曲についてもう少しくわしくお伺いさせてください。まずは《悲愴》ソナタの第2楽章。これはポピュラーでもよく編曲されていますね。

ピアノ・ソナタ第8番《悲愴》より第2楽章

《悲愴》ソナタのポピュラーアレンジ曲

山下 そうなんです。それもあって選びました。調も変イ長調からヘ長調にして、旋律を主題に、あとはアドリブで変奏していこうかなと。

平野 それは非常にベートーヴェン的ですね! ベートーヴェンは1790年代に、交響曲や弦楽四重奏曲を書く前、当時流行していたオペラの旋律を使ってたくさんの変奏曲を書いているんです。これが大いにアピールになっていたのですが、まさにそれに近い試みですね。

山下 誰もが知っている旋律をアレンジして演奏するのは、ジャズの醍醐味であり伝統ですからね。「エリーゼのために」もそういった観点から選んでみました。みなさんの大好きなあのメロディが一体どうなってしまうのかをぜひ楽しんでいただきたいです。

モーツァルトのオペラ《フィガロの結婚》のアリア〈もし伯爵様が踊るなら〉による12の変奏曲

ベートーヴェンと山下洋輔の共通点は「即興」!

平野 そして、《第九》の第2楽章はどのようなことになってしまうのかとても気になるのですが……。

山下 これは初めて聴いたとき、本当に驚きましたよ。「なんて刺激的なリズムなんだ!」って。スピード感もあり、クラシックの楽曲とは思えないあのビートを思い出して、今回ぜひ入れたいと思ったんですよ。

交響曲第9番《合唱付き》より第2楽章

山下 《第九》も面白いですよね。第4楽章も第3楽章の余韻の中から、いきなり不協和音から始まるじゃないですか。そして歌が始まると、いきなり歌詞で「その音ではない」といいますよね

平野 これは、第3楽章までの苦悩に満ちた音楽を否定し、「歓喜の歌」を導く役割を果たしています。この歌詞はもともとあるものではなく、ベートーヴェンが付け加えたものなんです。そんな仕掛けもしてしまうような人なんですよね。

山下 ベートーヴェンのやることって物語性に満ちていますね

平野 そうなんです。意味のないことは絶対にしない

第九のリズム、不協和な部分のおもしろさを語る

ジャズピアニストと似ているベートーヴェンの人間性

平野 山下先生はベートーヴェンの作品に向き合ってみて、改めて彼との共通点など何か感じるところはございますか?

山下 彼の即興、変奏に対する強い情熱というのは、ジャズマン精神をくすぐられるものがありますね。それに、お話を伺っていると、彼の創作の根底に「即興」が息づいているのではないかと思うのです

平野 そうですね。それは大きなキーワードになると思います。少ない素材からさまざまなものを導き出していくのが非常に得意でしたから。もう1つキーワードを挙げるなら、「ファンタジー」でしょうか。日本では「ファンタジー=幻想的」と思われますが、ドイツ語では「想像力を豊かに」という意味になります

山下 イマジネーションは本当に音楽においてなによりも大切なものになりますからね。ベートーヴェンとジャズにたくさんのつながりを改めて感じることができました。

取材を終えて〜山下洋輔とベートーヴェンの共通点

山下洋輔さんには、「なんでもやっちゃおう」という気概が感じられました。あらゆる規則を守らなくて、自分のイメージでどんどんいく。ベートーヴェンに通ずるものがありますね。

 

それから、しっかりとした理論や土台をもったうえでの自由さ。ベートーヴェンは革新的でびっくりさせるような仕掛けを施しますが、基礎がしっかりとあるから理論的です。基礎的なデッサン力をもっているので、でたらめではないんです。

平野昭

公演情報
ミーツ・ベートーヴェン・シリーズVol.3 山下洋輔

日時: 2020年10月16日 (金)19:00開演(18:00開場)

会場: 東京芸術劇場コンサートホール

曲目: ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第6番 へ長調 op.10-2 第1楽章、ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 op.13「悲愴」第2楽章、エリーゼのために、ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 op.27-2「月光」第1楽章、山下洋輔/オマージュ、ベートーヴェン/交響曲第9番 ニ短調 op.125 第2楽章より*、交響曲第6番 ヘ長調 op.68「田園」第1楽章より*、交響曲第5番 ハ短調 op.67「運命」第1楽章より*(*編曲:櫛田哲太郎)

出演: 山下洋輔(ピアノ)、八尋知洋(パーカッション)、飛鳥ストリング・クァルテット(ヴァイオリン:マレー(金子)飛鳥、相磯優子 ヴィオラ:志賀恵子 チェロ:西谷牧人)

料金: 一般5,000円、高校生以下1,000円

問い合わせ: 東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296(休館日を除く10:00~19:00)

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山下洋輔
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山下洋輔 ジャズピアニスト

1969年、山下洋輔トリオを結成、フリー・フォームのエネルギッシュな演奏でジャズ界に大きな衝撃を与える。国内外のジャズ・アーティストとはもとより、和太鼓やシンフォニー...

平野昭
平野昭 音楽学者

1949年、横浜生まれ。武蔵野音楽大学大学院音楽学専攻終了。元慶應義塾大学文学部教授、静岡文化芸術大学名誉教授、沖縄県立芸術大学客員教授、桐朋学園大学特任教授。古典派...

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