インタビュー
2025.12.27
舞台人が語る「WE LOVE MUSICAL!!」第17回

松下優也の音楽性の原点はゴスペルやマイケル・ジャクソン~『クワイエットルームにようこそ The Musical』で松尾スズキ作品に挑む

注目の舞台人が、ミュージカルの魅力を語る連載。第17回は、松尾スズキさんが作・演出を手がけるダークでポップな新作ミュージカル『クワイエットルームにようこそ The Musical』に出演する、松下優也さんが登場。『キンキーブーツ』のローラ役、『ケイン&アベル』のアベル役などで活躍する松下さんが、舞台への思いや好きな音楽、人生を変えたミュージカルについて語ります。

取材・文
弓山なおみ
取材・文
弓山なおみ ライター/コラムニスト

フランス留学後、ファッション誌『エル・ジャポン』編集部に入社。その後『ハーパース バザー』を経て、『エル・ジャポン』に復帰。カルチャー・ディレクターとして、長年、映画...

写真:ヒダキトモコ
ヘアメイク:礒野亜加梨
スタイリスト:村田友哉(SMB International.)

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『クワイエットルームにようこそ The Musical』は、精神科病院の閉鎖病棟を舞台にした衝撃的なミュージカル。28歳のフリーライター・佐倉明日香(咲妃みゆ)は、バラエティ番組の放送作家で恋人の焼畑鉄雄(松下優也)と同居している。ある日、ストレスが限界に達した明日香は「クワイエットルーム」と呼ばれる閉鎖病棟で目を覚ます。突如として放り込まれた異質な環境に戸惑いながら、そこで出会ったクセの強い病院の人々と交流し、次第に閉鎖病棟に馴染んでいく。同時に日常から離れた明日香は、自身とその人生、鉄雄との関係も見つめ直し始める。

原作は、「大人計画」主宰・松尾スズキの同名小説。松尾自身が演出を担当し、音楽は日本の音楽シーンをけん引する宮川彬良が担当する。濃厚な人間ドラマに音楽とダンスが加わって、ポップなエンターテインメントとして生まれ変わる。2026年1月12日から、THEATER MILANO-Zaで上演される。

松尾スズキ演出への挑戦

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——2026年1月に開幕する、松尾スズキさん演出の『クワイエットルームにようこそ The Musical』。まず、出演が決まったときのお気持ちから教えてください。

松下 松尾スズキさん作品への参加は想像もしていなかったので、本当に嬉しかったですね。役もこれまでにやったことのないタイプですし、日本発のオリジナルミュージカルに出演できることにもワクワクしました。

——松尾さんは、『キンキーブーツ』『ケイン&アベル』の松下さんを見て、この役をオファーをされたとか。実際に松尾さんにお会いしたときの印象は?

松下 最初は、「人見知りな方なのかな」、という印象でした。でも、『キンキーブーツ』の公演を観に来てくださった際、終演後に楽屋でお会いしたら、『キンキーブーツ』のTシャツを着ていて、それを嬉しそうに見せてくださったんです(笑)。その姿がとても可愛いらしかったので、年上の方にこんな言い方も失礼かもしれませんが、チャーミングな方だなと思いました。

松下優也(まつした・ゆうや)
1990年兵庫県生まれ。2008年ソロアーティストとしてデビュー。2015年から5年間はボーカル&ダンスグループ「X4」としても活動。2020年からはYOUYA名義での活動を開始し、リリースしたほとんどの作品が海外のトップ製作陣との共作で生み出されてきた。2024年以降、音楽の活動名義を「松下優也」と改め、再始動。最新リリースとしては、2025年6月27日リリースのEP「W.R.B」がある。
俳優としては2009年にデビュー。卓越した歌唱力と表現力を武器に、ミュージカル『サンセット大通り』、『ジャック・ザ・リッパー』、『るろうに剣心 京都編』、『太平洋序曲』、音楽劇『浅草キッド』など、数々の作品に出演してきた。

——舞台は、フリーライターの明日香(咲妃みゆ)が、ある出来事をきっかけに精神科病院の閉鎖病棟「クワイエットルーム」に入院し、恋人との関係や、病院での出会いを通して自分を見つめ直す物語です。作品全体の感想はいかがですか?

松下 まず、原作小説を読んで、「この世界観をどうやってミュージカルにするんだろう?」と。その後、映画版を観たら、僕が演じる役を宮藤官九郎さんが演じていらして、官九郎さんと自分とは役者のタイプが180度違うので、「俺、この役できるかな」って、少し不安になりました(笑)。同時に、「このシーンはどこが音楽や歌になるんだろう」と考えながら観ていたので、稽古でそれを形にしていくのが楽しみです。

——明日香の恋人で同居人である「焼畑鉄雄」は、放送作家として働く、頼りないけれど憎めない男性です。この役の好きなポイントは?

松下 鉄雄って、一見、優柔不断でダメダメっぽく見えるんですが、実は優しいところがあるんです。そこが一番好きな部分かな。自分が鉄雄を演じるとしたら、そういった優しさはあまり意識しなくても、自然とにじみ出るんじゃないかな、と少し思っています。

——ヒロイン役の咲妃みゆさんとは、『ケイン&アベル』に続いての共演です。パートナーとして、どんな魅力を感じますか?

松下 ミュージカル界を代表する女優さんだと思います。周りへの気配りが本当に細やかで、その優しさがお芝居に出ていますね。

大劇場の作品に多く出演していると、僕たちはどうしても責任感が強くなって、相手役よりも客席や全体を気にしてしまうんです。でも、咲妃さんは常に相手役を見てくださる。そこが本当に素敵だし、松尾さんやKERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんなど、ミュージカル界だけでなく、演劇畑の方からも信頼されている。そんな方と再びご一緒できるのは心強いし、尊敬しています。

原作者本人が演出まで手がける

——鉄雄として歌う楽曲について、どんな魅力を感じていますか。

松下 今のところ、ソロ曲は1曲だけ届いているのですが、尺がけっこう長めで、展開も含めてとても面白くなりそうです。病院で明日香と再会して、「それまでどうしてたの?」というやりとりから、鉄雄が取り繕ったりするシーンがそのまま1曲になっているんです。ほかの曲はまだ想像もつきませんが、松尾さんが『キンキーブーツ』をご覧になったときに僕に歌ってほしい音楽が浮かんだそうなので、届くのが楽しみです。

——松尾スズキさんとの作品づくりについて、期待していることは?

松下 やはり、原作者ご本人が演出まで担われるというのが大きいです。『ケイン&アベル』や『マリー・キューリー』など、海外ミュージカルの日本版に出ることが多かったので、書いた本人が演出もしてくださるのは、とても贅沢に感じます。また、海外作品を翻訳したものではなく、日本語で書かれた台本なので、そういう意味でも楽しみですね。

——松下さんにとって、松尾さんの作品の魅力とは?

松下 『アンサンブルデイズ—彼らにも名前はある—』を拝見したのですが、どちらも面白かったです。登場人物それぞれの心情がリアルに立ち上がってくる一方で、コントのように大笑いできる場面もあって。ただ、表面的に“面白いこと”をやっているのではなく、人間の奥深さや切なさも感じさせてくれるところが、お笑い芸人さんではなく、役者が演じる意味なんだなと感じました。

——これから本格的な稽古が始まりますが、作品への意気込みをお願いします。 

松下 台本を読むと、「これ、どうやって舞台上で表現するんだろう?」と思うシーンが本当にたくさんあるので、絶対に面白い作品になるという確信があります。ここ数年、ありがたいことにさまざまなミュージカルに出演させていただいているので、自分の中にも“ミュージカル俳優としてのプライド”が強く芽生えています。だからこそ、松尾さんの世界観をきちんと体現したいし、高い完成度の舞台にしたい。ミュージカルが好きな方はもちろん、ストレートプレイが好きな方にも、ぜひ観に来てほしいですね。

転機は『キンキーブーツ』のローラ役

——もともとミュージシャンとして活動をスタートされた松下さん。近年は『ジョジョの奇妙な冒険』や『ケイン&アベル』など、話題のミュージカルにも続けて出演されています。そんな松下さんにとって、人生を変えたミュージカルとは?

松下 たくさんありますけど、やっぱり、『キンキーブーツ』です。出演が決まったときは、ここまで自分を変えてくれる作品になるとは正直、思っていませんでした。僕が演じた主人公のローラは、日本と韓国以外のステージではアフリカ系の俳優が演じることが多い役で、自分の音楽的なルーツのR&Bやヒップホップと、相性が良かったんです。

周囲の反応も、自分自身の感覚もガラッと変わりましたし、今までの良い経験も、うまくいかなかったことも、すべてがローラにつながっていたと感じるほど、やりがいのある役でした。自分のターニングポイントになった作品です。

——表現者として大きな魅力になっている「歌」についても伺いたいです。小学生時代はゴスペルを歌っていたそうですね。そうした体験は今の歌い方にどのように生きていると感じますか。

松下 自分はブラック・ミュージックから入っているので、ジャズ的な要素や、アドリブを入れる感覚は、大きな強みだと思っています。『キンキーブーツ』でも海外キャストのパフォーマンスを観ていると、全員がそれぞれ違う“型”とアプローチで歌っていて、アドリブやフェイクの入れ方も本当にバラバラなんですけど、それがすごくカッコいいんです。

僕自身は、昔からそういう歌い方を自然にやってきました。中学生の頃に参加していたゴスペルクワイアは100人くらいメンバーがいて、ときどき指導者から「じゃあ今日はお前!」と突然マイクを渡されるんです。楽譜どおりでも、教わったフレーズの丸暗記もダメで、その場で即興で歌わなきゃいけない。振り返るとそのときの経験が、今の舞台にすごく生きていると感じます。

ジョン・ケージから受けた衝撃

——そんな音楽的バックボーンをお持ちの松下さんが、普段よく聴いている音楽や、特に影響を受けたアーティストは?

松下 一人だけと言われたら、マイケル・ジャクソンですね。自分は歌って踊ることが大好きで、子どもの頃から「歌って踊るアーティストになりたい」と思っていたので、その理想像がマイケルでした。今、実際に歌って踊る仕事をさせていただいているのは、本当に幸せなことだと感じています。マイケルの楽曲は全部好きですし、彼の表現や存在そのものが世界を変えたと思っています。

——クラシック音楽など、ほかのジャンルの作品でお好きな曲は?

松下 いわゆる現代音楽の曲では、ジョン・ケージの“無音の音楽”《4分33秒》には衝撃を受けました。もともとアートが大好きで、アーティストだとマルセル・デュシャンが特に好きなんですが、彼のコンセプチュアル・アートをきっかけにジョン・ケージにも興味を持つようになったんです。

最初に作品を聴いたときは、「何だこれは!」と、戸惑いました(笑)。実際、演奏家が演奏をしないわけです。でも、客席からの咳払いやざわめきは聞こえてきて……。これを「音楽」という、新しい概念に感動したんです。たとえばクラシックって、自分のような人間からすると、どこか堅苦しいイメージもあったし、僕は自分をストリート系の音楽だと感じていた。けれど、この曲を知って、「極限まで突き詰めていくと、ジャンルは違ってもみんな同じ地点にたどり着くのかもしれない」と思わされたんです。そんなふうに、いろいろと考えさせてくれるところも好きですね。

——今日はいろいろなお話をありがとうございます。最後に、今後、挑戦してみたいミュージカル作品を教えてください。

松下 出演したいのは、『ハミルトン』です。アメリカ建国の父の一人であるアレキサンダー・ハミルトンの人生をヒップホップで描くんですけど、ミュージカルの王道的な魅力と、現代的な要素を備えた作品です。白人の物語を白人以外の俳優が演じているところも魅力的だし、細部まですごく考えられている。上演から10年が経った今でも、「やっぱり、『ハミルトン』はすごい!」と感じるので、いつか挑戦したいですね。

公演情報
『クワイエットルームにようこそ The Musical』

【東京】

日程: 2026年1月12日(月・祝 )~ 2026年2月1日(日)

会場: THEATER MILANO-Za (東急歌舞伎町タワー6階)

【京都】

日程: 2026年2月7日(土)~11日(水・祝)

会場: ロームシアター京都 メインホール

【岡山】

日程: 2026年2月22日(日)・23日(月・祝)

会場: 岡山芸術創造劇場 ハレノワ 大劇場

出演: 咲妃みゆ、松下優也、昆 夏美、皆川猿時、桜井玲香、
池津祥子、宍戸美和公、近藤公園、笠松はる、
りょう、秋山菜津子 ほか

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弓山なおみ
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弓山なおみ ライター/コラムニスト

フランス留学後、ファッション誌『エル・ジャポン』編集部に入社。その後『ハーパース バザー』を経て、『エル・ジャポン』に復帰。カルチャー・ディレクターとして、長年、映画...

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