物語の宝庫『平家物語』が生んだ怪談〜語り物のプロたちが創る新たな舞台『琵琶法師耳無譚』に注目
舞踊・演劇ライターの高橋彩子さんが、「音・音楽」から舞台作品を紹介する連載。今回は、数々の名作を生み出した『平家物語』から生まれた「耳なし芳一」に基づき、俳優の金子あい、文楽太夫の豊竹芳穂太夫、文楽三味線の鶴澤友之助がタッグを組んで創り上げる新作にフォーカス!
早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...
タイムマシンがあったら、と夢想したことのある人は多いだろう。過去の時代の空気を吸い、景色を目に焼き付ける。それは、その時代についての膨大な知識・情報をもってしても到底敵わない、特別な体験になるに違いない。残念ながら、実際にこの願いを叶えた人に、少なくとも私は出会ったことがないが、日本の語り物は、それに少し近い経験をさせてくれるところにロマンがあると思う。ある程度変化してはいるにしても昔を偲ばせる言葉や言い回しでもって、人々の思い、感情、美学を、今に伝えてくれるのだから。最たるものは琵琶法師が伝えた『平家物語』だろう。今回は、その『平家物語』から生まれた作品をご紹介。
物語の宝庫、『平家物語』
隆盛を誇りながら、源氏に追い落とされ、最後は西海に沈んだ平家。「祗園精舎の鐘の声、 諸行無常の響きあり」の冒頭も有名な『平家物語』は、源平の争いの中での人々の生き様死に様をつぶさに描写した珠玉の名作だ。その特長は、勝者ではなく敗者に目を向けた点。歴史は勝者によって作られるとされる中、この物語は敗者の歴史を、それも庶民が琵琶法師の語りを通じて育み伝えた。
この『平家物語』から、能『八島(屋島)』『敦盛』『清経』『船弁慶』『熊野』ほかが作られたし、文楽と歌舞伎の『義経千本桜』『一谷嫩軍記』『平家女御島』など、実に多様な派生作品が生まれている。織田信長で有名な「人間五十年~」も、幸若舞『敦盛』の一節だ。時代は進んで、昭和に生まれた演劇史に残る名作『子午線の祀り』も、『平家物語』の世界であることは、以前の連載でご紹介した。
なお、今年は、吉川英治作『新・平家物語』に基づき川本喜八の人形で90年代に製作された『人形歴史スペクタクル 平家物語』が再放送されたり、
昨年製作されたTVアニメ『平家物語』が地上波で初放送されたりと、この物語の魅力を再発見させられる年となった。
そんな“物語の宝庫”たる『平家物語』が登場するお話、つまりは『平家物語』からの派生作品の一種とも呼べる怪談が、『耳なし芳一』。小泉八雲が日本各地に伝わる伝説、幽霊話などをもとに著した『怪談』に『耳無芳一の話』として収められて知られるようになった話だ。
平家を祀った赤間関の阿弥陀寺に『平家物語』の弾き語りが得意な盲目の若き琵琶法師・芳一が住んでおり、毎夜、侍に呼び出されて大勢のやんごとない人々の前で『平家物語』を語って聞かせていたが、実はその相手というのが、なんと平家の亡霊たちだった。事態に気づいた寺の住職は、このままだと芳一が幽霊に取り殺されてしまうため、彼の全身に般若心経を書いて守ろうとする。果たして、迎えに来た霊は経を書き忘れた耳だけひきちぎって持ち帰ったため、芳一は命を拾った——。皆さんもご存知の話だろう。この一件で芳一は耳を失ったが、琵琶法師としての評判は大いに高まり多くの客を得たとして物語は結ばれる。『平家物語』を当事者たちが聴いて感涙するという趣向には、『平家物語』がどれだけ彼らに寄り添い、その悲劇を事細かに描いているかが表れていると言えるだろう。
語り物のプロたちが送る新たな“耳なし芳一”
さて、語り物の傑作と言うべき『平家物語』から生まれたこの怪談が12月、語り物の担い手たちによって新たな舞台になる。俳優の金子あい、文楽太夫の豊竹芳穂太夫、文楽三味線の鶴澤友之助がタッグを組む『琵琶法師耳無譚』だ。構成・演出が金子、脚本・作詞が野澤千佳子で、金子、芳穂太夫がさまざまな人物や情景を語り、友之助が三味線でこれを彩る。全体的に三者の共同作業的な色合いが強いと見られる。
金子は2002年に『平家物語の夕べ』に出演したのを皮切りに、04年からは前述の『子午線の祀り』に出演するなど、『平家物語』との縁を重ねてきた。11年には演出・主演で『平家物語』を語るシリーズをスタートさせ、鉄のスリットドラム“波紋音”のソリスト永田砂知子と全国で公演。20年からはジャズベーシスト須川崇志と『平家物語~語りと弦で聴く』シリーズの公演や映像収録を行なう。
また、朗読教室「声に出して読む平家物語」など朗読指導にも力を入れている。
芳穂太夫は国立劇場の歌舞伎俳優研修生として学んだのち、文楽の世界へ。歌舞伎で培ったよく通る美声と恵まれた体格で、大きさのある語りに期待が寄せられている太夫だ。今年は若手三味線弾きの鶴澤燕二郎と共に大曲に挑む自主公演“みのり会”もスタートさせるなど、さらなる飛躍を目指して鋭意研鑽中。
その芳穂太夫が歌舞伎俳優研修生だった時期に文楽研修生だったのが、三味線弾きの友之助。ジャズピアニストの父とヴァイオリニストの母を持ち、自身もギターやベースやコントラバスを弾き、ベーシストになるつもりだったと言うが、音大入試の前日に盲腸が破裂して受験できず、以前から興味を抱いていた文楽の研修生に応募し今に至る。近年は作曲を手掛ける機会も増えてきた。
芳穂太夫と友之助が共演した、横浜市栄区の文楽ミニ公演と解説の映像
ではどのような舞台になるのか。12月20日(火)の公演に向けて鋭意製作中なので、本番を楽しみにしたいが、原作にはいない美しい女性が登場するなど、官能性が増しそうだ。さらに、芳一が亡霊を相手に理想の語りを追究する姿も描かれ、芸道に生きる者の姿が投影されている。金子、芳穂、友之助もその一人であることは言うまでもない。
また、節付けを手掛ける友之助は今回、琵琶の音源を研究し、その旋律も取り入れるという。三味線で琵琶の音を出す“琵琶駒”も用いるそうなので、要チェック。
今回、三人は大きく動かず、銕仙会能楽研修所の舞台に座って語り、演奏する。主に聴覚的に豊かな体験が待っているに違いない。能舞台という特別な空間に響く、昔の人の声を、思いを、味わいたい。
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