2024年発売の「第九」録音~聴きたい理由がある4枚を音楽評論家が紹介
ひとつの作品が何度も演奏・録音されるのはクラシック音楽の特徴ですが、ベートーヴェンの「第九」ほどの名作になるとその数は膨大。サブスクサービスApple Music Classicalに登録されているだけで708録音(2024年11月現在)! 2024年に発売されたものだけでもかなり数になりますが、その中から音楽評論家・増田良介さんが「聴きたい理由がある」4枚をチョイス。それぞれの録音の背景や魅力を解説してくれました。
ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...
ベートーベンの交響曲第9番ニ短調《合唱付き》は、これまでに数え切れないほどの録音が出ている。そして、驚いたことに、現在も「第九」の新しい録音は現在も出続けている。名盤も多いんだから、今さら新録音なんて、という意見もありそうだが、それには反対だ。そのように演奏したい演奏家がいて、その演奏を聴きたいと思う人がいるならば、それは誰かにとって意味のある演奏だからだ。
ここでは、ここ1年ほどのあいだにCDが発売された、あるいはサブスクに出た演奏の中から、それぞれに聴きたい理由のある、そしてきっと誰かにとってかけがえのない演奏になるであろう「第九」をいくつか紹介しよう。
いま注目のマエストロの鮮烈な演奏だから聴きたい!
アントネッロ・マナコルダ指揮カンマーアカデミー・ポツダム
マナコルダはイタリア出身、今ヨーロッパでもっとも注目される指揮者の1人だ。彼はピリオド奏法の弦楽器、そして打楽器や管楽器には古楽器を使ったオーケストラを指揮して、さまざまなレパートリーを取り上げ、鮮烈で緻密な演奏で人気を集めている。このベートーヴェンも、引き締まったアンサンプルと前のめりの推進力に富んだテンポによって、迫力たっぷりの魅力的な「第九」を聴かせてくれる。
大ベテランの大胆な演奏だから聴きたい!
リッカルド・ムーティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
半世紀以上にわたって第一線で活躍する巨匠ムーティ(1941年生まれ)が、2024年5月、「第九」初演200年を記念する演奏会で指揮したライヴ録音だ。かつては、さっそうとした快速がトレードマークだったムーティだが、この「第九」は遅いテンポと重厚なサウンドの巨大な音楽になっていて驚く。また、第3楽章の終わり近くでは、音楽がかげりを帯びる部分をどきっとするほど強調していて、老境に入った巨匠ならではの大胆な表現に唸らされる。
Apple Musicでの配信のみ
映像配信
ウクライナ人によるウクライナ語の演奏だから聴きたい!
ケリ=リン・ウィルソン指揮ウクライナ・フリーダム・オーケストラ
ウクライナ・フリーダム・オーケストラは、ウクライナのトップレベルの音楽家を集めてニューヨークで結成された団体だ。発案者はウクライナ系カナダ人指揮者のケリ・リン・ウィルソンで、メンバーには、ウクライナ難民の音楽家たちに加え、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団、ベルギー国立管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団からも参加している。最初のコンサートは2022年夏に行なわれた。
この第九は、2023年8月、ワルシャワでのライヴ録音で、終楽章はウクライナ語で歌われている。優れた音楽家をたくさん輩出している国だけに、急ごしらえの感じはなく、つややかな音で一体感のあるアンサンブルが聴ける。この演奏会からさらに1年以上が経った今(2024年11月)、まだ「歓喜」は見えてこない現状を考えると、これをただ「楽しむ」という気にはなれないが、音楽を通じて、ウクライナという国のもつ底力が確かに感じられる「第九」だ。
秋山和慶の「第九」だから聴きたい!
秋山和慶指揮 中部フィルハーモニー交響楽団
1941年生まれ、日本の巨匠秋山和慶の「第九」だ。秋山はオーケストラ・ビルダーとしての手腕には定評があり、日本各地のオーケストラで、すばらしいアンサンブルを育て続けてきた。現在、日本のオーケストラはどこも本当にうまくなって、欧米に決して引けを取らない水準になっている。たぶんそれは、この人がいなければ実現しなかっただろう。
この「第九」は、そんな秋山マエストロが芸術監督・首席指揮者を務める、愛知県小牧市の中部フィルハーモニー交響楽団との演奏だ。正直、地元の人以外はなかなか聴く機会のないオーケストラかと思うが、オーケストラのサイトから自主制作CDが買えるし、サブスクでも聴ける。
とてもいい「第九」だ。中部フィルは音も美しく、アンサンブルにも安定感がある。そしてなんといっても、秋山マエストロの指揮がすばらしい。ちょうどいいテンポ、バランスが良くまろやかなサウンド、押し付けがましくない表現。聴いていてとてもほっとする。これぞ、日本人が長年愛してきた「日本の第九」だ。
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