「ピーターと狼」〜作曲家プロコフィエフが創った物語は音楽を超え絵本にも
飯尾洋一さんが毎回一作のおとぎ話/童話を取り上げて、それに書かれた音楽作品を紹介する連載。第7回はロシアの作曲家プロコフィエフが子どもたちのために作曲した傑作「ピーターと狼」。実はこのお話、プロコフィエフ自身が書いたものなのです! 音楽から生まれた「童話」をご紹介します。
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...
作曲家が「創った」物語が普遍的な童話に
これまで当連載で扱ってきた音楽作品は、いずれも既存のおとぎ話や童話が題材になっている。みんなが知っている物語を使って、作曲家が曲を書いた。ところが、プロコフィエフの「ピーターと狼」は事情が異なる。なんと、作曲家自らがオリジナルの物語を作って、これをナレーター付きの音楽作品として上演しているのだ。
それだけではない。「ピーターと狼」が広く親しまれるようになった結果、この物語は絵本としても出版されるようになった。CD付きの絵本や楽譜付きの絵本だけではなく、音楽の添えられていない純然たる絵本まであるのだ! 作曲家の創作した物語が、音楽を離れて物語だけで自立しているような例がほかにあるだろうか。これは物語がすぐれているなによりの証拠。シンプルだけど普遍的で、みんなの心に残るなにかがあるということなのだろう。「おとぎの国のクラシック」のなかでも、プロコフィエフの「ピーターと狼」は特別な存在なのだ。
登場人物を楽器で表現! 子どものための最高のオーケストラ入門
主人公の少年はピーター。おじいさんと一緒に住んでいる。おじいさんはピーターに狼が森からやってくるから、ひとりで外に出るなと注意する。アヒル、小鳥、猫といったサブキャラも登場するのだが、アヒルはさっさと狼に食われてしまう。ホラー映画の最初の犠牲者みたいな役どころだ。ピーターは勇敢な少年なので、小鳥と猫と協力して狼捕獲作戦を遂行する。狙い通りに狼を捕まえたところで、大人の猟師たちがやってくる。狼を動物園に運ぶべく、みんなでいっしょにパレードに出発する。おしまいで狼のお腹からアヒルの鳴く声が聞こえる……。
狼も含め、登場人物のだれも命を落とさないハッピーエンドにはほっとする。それぞれの登場人物には特定の楽器があてがわれる。小鳥はフルート、アヒルはオーボエ、猫はクラリネット、狼はホルンといったように。子どものためのオーケストラ入門として、これ以上よくできた作品もないだろう。
ナレーターにはしばしば著名なタレントやミュージシャン、俳優が起用され、LP/CD時代には多くの「話題盤」が制作されてきた。
デヴィッド・ボウイ版
プロコフィエフの最初の妻、リーナ・プロコフィエワ版
スティング版
マリインスキー劇場上演のコンスタンチン・ハベンスキー版
プロコフィエフはアヒルがお好き?
それにしても、プロコフィエフはこの物語をどうやって思いついたのか。元ネタが「ロシア民話集」あたりにあるのかと思えば、そうではないようだ。プロコフィエフに作品を依頼したのは、モスクワ児童音楽劇場創設者のナターリヤ・サーツ。ソビエト児童演劇の草分けとされる人物である。
劇場で子どもたちがなにを求めているかを知り尽くしているサーツは、プロコフィエフとのたびたびの話し合いで、おとぎ話で楽器の紹介をすることや、おじいさんキャラを導入することなど、具体的なアイディアをいくつも提案した。作品に名前はクレジットされていないものの、「ピーターと狼」の物語は実質的にサーツとプロコフィエフの共作のようなものだったかもしれない。
上: モスクワ児童劇場の建物(画像は劇場創設以前、1901年のポストカード)
もし「ピーターと狼」から連想する既存の物語をあえてひとつ挙げるとすれば、「赤ずきんちゃん」だろうか。狼に食べられるがお腹のなかで生きていたというプロットや、猟師の登場などが共通する。「赤ずきんちゃん」が女の子とおばあさんの話であるのに対して、「ピーターと狼」は性別が反転しており、男の子とおじいさんの話になっている。もっとも、「ピーターと狼」で狼に食べられるのは男の子ではなくアヒルだが。
ところでプロコフィエフは「ピーターと狼」よりもっと前に、「みにくいアヒルの子」という歌曲を書いている。こちらはおなじみ、アンデルセン童話にもとづいている。
アヒルといえば「ピーターと狼」でも大活躍する。「ピーターと狼」と「みにくいアヒルの子」はプロコフィエフが書いた二大アヒル名曲だ!……と言いたいところだが、みにくいアヒルの子は本当は白鳥なので、そうは言えないのだった。
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