プレイリスト
2023.05.25
『ラヴェル ピアノ曲集』校訂・監修のペルルミュテールのコメント付き

ラヴェルのピアノ名曲を直弟子の言葉とともに楽しむ~《水の戯れ》や《ソナチネ》など5選

フランスの作曲家の中でも特に人気があるモーリス・ラヴェル。「管弦楽の魔術師」の異名をもつラヴェルは、ピアノ曲にも素晴らしい傑作を残しました。今回はその中から5曲を選び、ラヴェル自身からピアノ作品の指導を受けた名ピアニスト、ペルルミュテールの言葉とともに紹介します。

ONTOMO編集部
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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

1914年に撮影されたラヴェル

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ペルルミュテールが聞いた「ラヴェルの言葉」

フランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875~1937)は、1888年にサン=サーンスの交響詩《ヘラクレスの青年時代》をピアノ用に編曲し、初めてピアノ曲に取り組みました。「管弦楽の魔術師」の異名をもつラヴェルですが、彼の作曲技法や彩り豊かな音楽は、ピアノ作品にも存分に発揮されています。

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今回は、《水の戯れ》《ソナチネ》《亡き王女のためのパヴァーヌ》《鏡》《クープランの墓》の5作品を、ラヴェルから直接ピアノを師事したピアニスト、ヴラド・ペルルミュテールによる解説の一部とともに紹介します。

ヴラド・ペルルミュテール(1904〜2002)は帝国時代のロシア(現リトアニア)に生まれ、フランスに帰化したピアニスト。モシュコフスキーやコルトーに師事し、1925年から2年ほどラヴェル作品をラヴェル自身の前で演奏、師事した。

音楽之友社刊行の『ラヴェル ピアノ曲集』は、ペルルミュテールが校訂・監修を務め、実際にラヴェルが自作をどのように語ったのか、青字で添えられています。

ラヴェル《水の戯れ》

パリ国立音楽院の作曲科に在籍中の1901年に書かれた作品。フランス語の原題Jeux d’eauは「噴水」のこと。たしかにjeuxは戯れ、eauは水の意を含みますが、《噴水》というタイトルだったら印象が変わっていたかもしれませんね。

楽譜の冒頭には、20世紀初頭のフランスでもっとも重要な象徴派詩人と謳われたアンリ・ド・レニエの詩集「水の都市」の中から、「水にくすぐられて笑う河の神」という一節が掲げられています。

この曲のおしまいで、多くのピアニストたちは水のしずくがしたたるように最後の楽句を遅くして弾いておりますが、ラヴェルは疑問符(クエスチョンマーク)のようなニュアンスで止めることを望んでいました。

ラヴェル《ソナチネ》

この曲の第1楽章は、ラヴェルが1903年に英仏の音楽雑誌「ウィークリー・クリティカル・レビュー」が主催する「75小節以内のピアノのためのソナチネの第1楽章」のコンクール応募のために作曲されました(偽名「Verla」で提出しようとしたとか……)。

その後この出版社は倒産してしまい、ラヴェルは第2、3楽章を書き足して「ソナチネ」として完成させました。

「小さなソナタ」を意味し、学習者向けの作品が多いソナチネ(詳しくはこちらの記事)ですが、ラヴェルの作品はそこまで楽に弾けるようには思えませんね。

(第3楽章について)ラヴェルはこの楽章を非常に速く弾き、生き生きと光り輝いて、心の内は歓喜に満ちたニュアンスを際立たせるよう望んでいた。

ラヴェル《亡き王女のためのパヴァーヌ》

ラヴェルが1899年に作曲し、翌年にはオーケストラ用編曲も施しています。

パヴァーヌは16世紀から宮廷で踊られていた、ゆったりとしたダンスのこと(詳しくはこちらの記事)。原題のune infante(ユヌ・アンファント 王女) défunte(デファント 故人)は韻を踏んでいますね。

infanteは「スペイン王国における(幼い)王子・王女」を指し、パリ・ルーヴル美術館が所蔵している、ベラスケスがスペイン王宮の2歳のInfanteを描いた絵画を思い出してしまいます。

ディエゴ・べラスケス作『マルガリータ・テレサ王女』(ルーヴル美術館)

ラヴェル自身はこの作品を評価していなかったようですが、初演当時から大変人気があった曲のようです。演奏回数が多いぶん、思うところもあったようで……。

曲の性格について——「この曲は〈王女のための、死んだパヴァーヌ〉ではありませんよ。」ラヴェルはあるピアニストがこのパヴァーヌをとてもゆっくり弾いたのでこのように言ったそうです。

ラヴェル《鏡》

1904年から1905年に書かれた《鏡》は第1曲「蛾」、第2曲「悲しき鳥たち」、第3曲「海原の小舟」、第4曲「道化師の朝の歌」、第5曲「鏡の谷」の5曲からなる組曲です。

曲はそれぞれ、当時ラヴェルが所属していた芸術サークル「アパッシュ」のメンバーに献呈されています。「アパッシュ」はもともと「ごろつき、ならず者」といった意味で、お互いをニックネームで呼び合い、新しい芸術を推し進めていました(ラヴェルのニックネームは「ララ」)。

《鏡》というタイトルは、ラヴェル自身がシェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』の中のブルータスのセリフ「目は、己を映す鏡を見つけなければ自分を見ることはできない」(原語ではMiroirsの部分はReflection)に触発されたと語っています。これらの曲は、アパッシュのメンバーを映す鏡なのでしょうか?

(第2曲「悲しき鳥たち」について)私はこの曲から、夏のいちばん暑い時間に非常に暗い森のなかで無気力になっている鳥たちを想起する。(ラヴェル)

第2曲「悲しき鳥たち」を献呈されたのは、ラヴェルと同い年の親友で、この作品を初演したピアニストのリカルド・ヴィニェス。ラヴェルが彼に捧げた「鏡」には、どんな意味があったのでしょうか。

ラヴェル《クープランの墓》

《クープランの墓》は、ラヴェルが第一次世界大戦への従軍から戻り、母を亡くした頃に書き進められたピアノ組曲です。フランス・バロックの鍵盤音楽を思わせる「プレリュード(前奏曲)」「フーガ」「フォルラーヌ」「リゴドン」「メヌエット」「トッカータ」の6曲で構成され、各曲は大戦で亡くなった友人・知人に献呈されています。

原題の「Tombeau トンボー」は、一般的には「墓」の意味ですが、音楽用語では17世紀~18世紀に流行した「故人を偲ぶ器楽曲」という楽曲ジャンルです。

《クープランの墓》初版の表紙。碑文のように書かれたイラストと題字は、ラヴェル自身の手によるもの。

ラヴェルの『自伝的素描』によれば、「Tombeauによる敬意は、クープランその人に捧げられているというよりはむしろ、18世紀フランス音楽に捧げられている」。

ラヴェルはタイトルに、フランス・バロックに対する敬意と、戦死した友への追悼、二重の意味を込めたのかもしれません。

ちなみにペルルミュテールは、第1曲「プレリュード」の解説に、ラヴェルと親交のあったもう一人のピアニスト、ロベール・カサドシュ(カサドッシュ)の名前を挙げています。

このプレリュードを奏する際には非常にむらのない(均等な)タッチが要求される(カサドッシュのように)

カサドシュの演奏も併せて聴いてみましょう。

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