8つの「眠れない理由」から選ぶジャズのプレイリスト
ジャズ・ベーシスト小美濃悠太さんが選んだ、さまざまな眠れない理由・シチュエーション別のジャズの処方箋。心地よい響きに包まれて瞼が重くなる? あまりの名演に興奮しすぎで眠らせてくれない理由になりそうだ。
1985年生まれ。千葉大学文学部卒業、一橋大学社会学研究科修士課程修了。 大学在学中より演奏活動を開始し、臼庭潤、南博、津上研太、音川英二など日本を代表する数々のジャ...
忌々しいこの情勢によって、ONTOMO読者諸兄のライフスタイルにも変化があったのではないだろうか。私はといえば、生活時間が90°くらい変化してしまった。何が90°なのか? 夜9時に寝て、朝4~5時には起きるので、アナログ時計でいうとちょうど90°の変化に相当する。
睡眠時間が伸びてわかったのだが、人は眠ったほうがいい。それぞれ体質や事情があるとは思うが、寝ないよりは寝たほうがいい。仕事にかまけて気づかないフリをしていたけれど、気づいてしまったらもう、この真理からは逃げられない。
とはいえ、眠りたくても眠れない夜は誰にでもあるもの。今回は、そんな眠れない理由にスポットライトを当て、そこから想起されるジャズの名曲・名演をピックアップしてみた。
気持ちが昂ぶって寝つけないから
ベッドに入る前まで考え事をしていた、夜遅くまで仕事をしていた、明日は遠足だ、等の理由で気分が落ち着かず、うまく寝つけないことがある。そんなときに聴きたいのが当代随一の名ピアニスト、林正樹のソロ作から「Lull」。
曲名は「落ち着かせる」、「なだめて寝つかせる」などの意味をもつ。静かで穏やかな高揚感。名演すぎて眠れないこと請け合いである。
危険だし寒いから
道ばたで寝込んでいる酔っ払いを見ることもなくなった。忘年会シーズンの風物詩なのだが、そもそも12月に路上で寝るのは危険だ。身の安全は保証されないし、第一寒い。眠るなら暖かく安全なところで寝よう。
というわけで、サスペンス映画「ローズマリーの赤ちゃん」から「Sleep Safe and Warm」。名演の多い曲だが、今回はポーランドのジャズ・ヴァイオリン・シーンの先頭を走るアダム・バウディフの名演を選んだ。
うるさいから
外を走る車の音、隣人の生活音、冷蔵庫のモーター音など、あらゆる方面からの騒音が眠りを妨げる。むくりと起き上がり、引き出しから耳栓を取り出し、両耳にねじ込む。静寂が訪れ、やがて眠りに落ち、朝を迎えるが、目覚まし時計の音が聞こえない。
名ピアニスト・ビル・エヴァンスは、どんな騒音に悩まされていたのだろうか。彼のキャリアの最後期の演奏から「Quiet Now」。この曲を書いたのはエヴァンスと勘違いされることが時々あるが、作曲者はピアニストであり精神科医でもあるデニー・ザイトリン。
ロミオが来るかもしれないから
ジュリエットが早寝早起きの生活習慣を厳格に守る人物であったら、恋は終わっていたかもしれない。いつロミオが来てもバルコニーに素早く出られるように備えておくことが、美しき愛を成就させるための条件である。
ジャズのプレイリストに入れていいものか悩んだが、北欧ジャズの巨匠アンダーシュ・ヨルミンのハーモニクス奏法が美しい「ロミオとジュリエット」。コントラバス奏者が聴くと、奏法のことが気になってしまうので眠れない。
寝かしつけてくれないから
「パパ、寝る前のお話を聴かせてよ」。そんな歌詞がつけられたハービー・ハンコックの名曲が「テル・ミー・ア・ベッドタイムストーリー」。たくさんのミュージシャンがカバーしているが、個人的なベストテイクは村上ゆきの、この歌唱。
誰にも寝かしつけてもらえない大人の疲れた耳に優しい声、後半のギターソロとも素晴らしい。眠らずに聴いていたい。
曲自体はロマンチックで美しいのだけど、演奏すると、ついついエキサイトしがち。4小節だけ挟まっている5拍子のセクションを使ってドラムソロになったりして(それがカッコいい)、寝かしつける気などさらさらないのである。
夜行列車は眠らないから
あいにく夜行列車に乗ったことはないのだが、あれは朝までゆっくり寝られるものなのだろうか。それが、あなたのもとへ向かう列車だとしたら、静かな喜びに満ちた夜を眠って過ごすことができるだろうか。
ポーランドのピアニスト、マルチン・ヴァシレフスキの代表曲「ナイト・トレイン・トゥ・ユー」。まさに旅のはじまりの静かな昂ぶりのような曲。ちなみにこの録音は抑制が利いているが、ライブではエグい演奏で聴衆大興奮の図となる(どっちも好き)。
実際に夜行列車に乗るとしたら仕事の移動で乗ることになりそうだが、楽器から目が離せないのでたぶん眠れない。デカい楽器の宿命である。
もう朝になっちゃったから
この原稿を書いている今、まさに眠れないまま朝を迎えようとしている。床に入るのが早すぎて、夜中にスッキリ起きてしまい、そのままキーボードを叩き始めて今に至る。この時間になっちゃったら寝坊が怖くて眠れないのだ。明日(というか今日)朝早いんだけどどうしよう。
今年1月に亡くなったチェロ奏者デビッド・ダーリングの、多重録音による作品から「ニュー・モーニング」。夜明けの爽やかさ、というテイストはない。諦めというか、朝を受け入れざるを得ないようなダークさが、眠れなかった夜にはぴったりだ。
完全に余談なのだが、ダーリングが参加している「ザ・シー / ケティル・ビヨルンスタ」というアルバムは、私の音楽観を変えた一枚。ダーリングの演奏が気に入った方は、ぜひこちらを真っ暗な部屋で聴いてみていただきたい。泣けます。
月明かりがまぶしいから
カーテンの隙間から月明かりに、なぜか目を奪われて、そのまま眠れなくなることがある。カーテンを閉じればいいだけの話なのだけど、そうさせない妖しい光が月の魅力でもある。
妖しい魅力と言えば、チャーリー・ヘイデンがキューバ音楽に取り組んだアルバムから「ムーンライト」。ジョー・ロヴァーノの太くてウォームな音色が、南米の湿った夜を思い起こさせる。
それでも眠れないあなたに(私に)
眠れない理由にこじつけて、ここまで8曲を紹介してきた。なんだかんだ言っても、聴いていれば最終的には心地よい睡眠が取れるプレイリストになっている……と思うのだが、最後に自分が眠れるように選んだ一曲をご紹介したい。
ブラジルのシンガーであるタチアナ・パーハと、アルメニア出身のピアニスト、ヴァルダン・オブセピアンのデュオで「ザット・ナイト」。ポーランドのベーシスト、ダレク・オレスの曲をカバーしたもの。オレスの演奏も素晴らしいのだが、このデュオは曲の魅力をさらに引き出している。
それでは、おやすみなさい。
眠れない理由から選ぶジャズのプレイリスト
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