クラシック作曲家たちが音に刻んだ「戦争と平和」を聴くプレイリスト
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...
これまでに多くの音楽家たちが、戦争の苦しみや平和の尊さを表現してきました。終戦記念日にリリースとなるこの「戦争と平和」プレイリストは、作曲家が直接的に戦争の悲劇を描いた作品のみならず、平和に思いを馳せながらじっくりと聴いていただきたい作品も組み込んでいます。ゆっくりとお聴きください。
各曲の解説
アルノルト・シェーンベルク(1874〜1951):「地には平和を」op.13
無調音楽の開拓者として知られるシェーンベルクによる初期の合唱作品です。1907年に書かれた本作は、スイスの詩人マイヤーのテクストを用いています。
キリストの生誕に際して、天使たちは「地には平和を!」と願うが、愚かにもこの地上では流血の絶えない戦争が続けられている。「平和を!」という精霊たちの願いも届かず、人間の恥知らずな殺戮行為は続く。だが、いつの日か、平和の王国が築かれ、輝かしいラッパの音色が響き渡るだろう——。
シェーンベルクの複雑ながらも流麗なハーモニーが、この詩への共感を高めてくれます。
モーリス・ラヴェル(1875〜1937):《クープランの墓》より「メヌエット」(管弦楽版)
組曲《クープランの墓》は、ラヴェルの残した最後のピアノ作品です。クープランの生きた18世紀フランスの古き良き音楽へのオマージュであり、第一次世界大戦で命を落としたラヴェルの6人の友人に捧げられた組曲です。
1914年から17年にかけて作曲され、6曲のうち4曲が1919年にオーケストラ用にもアレンジされました。「メヌエット」は素朴で香り高く、どこか哀愁も感じさせます。
ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906 ~1975):交響曲第13番変ロ長調 op.113《バビ・ヤール》第1楽章
ショスタコーヴィチの交響曲第13番《バビ・ヤール》は1962年の作品。「バビ・ヤール」とは、ウクライナの首都キーウの峡谷の名で、同地ではソビエト連邦時代の第二次世界大戦中に、ナチス・ドイツによって3万人以上のユダヤ人の大量殺戮がなされました。
エフゲニー・エフトゥシェンコのテクストによるバス独唱と男性合唱、オーケストラによるカンタータ風の交響曲で、ショスタコーヴィチは反ユダヤ主義を厳しく批判する内容を掲げました。しかし反体制的であると糾弾され、当局により歌詞内容の変更も余儀なくされました。現在では、もとの歌詞で演奏されています。
上:1941年10月1日に撮影されたバビ・ヤール
ルイージ・ノーノ(1924〜1990):《生命と愛の歌〜広島の橋の上で》第1曲、第2曲
「広島」をタイトルに掲げた20世紀の前衛的な作品には、ペンデレツキ作曲の《広島の犠牲者に捧げる哀歌》(1960)も知られていますが、イタリアの作曲家ノーノによる本作は、ペンデレツキの作品の2年後、1962年に作曲されています。
ソプラノ、テノール、オーケストラのための作品で、哲学者ギュンター・アンダースと、詩人パチェコとパヴェーゼのテクストをもとに作られています。
鋭い音響が特徴的なこの作品によって、ノーノは「現実否定や現実逃避という意味ではなく、意識的なものとしての“生命と愛”」をテーマとしています。
モーツァルト=リスト:「アヴェ・ヴェルム・コルプス」(ピアノ版)
前述のノーノの第2曲は、ソプラノが歌う変ロ音で終わりますが(作品はそのまま第3曲へと続けられます)、このプレイリストでは、半音上のロ音で開始するモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」へと続けます。
モーツァルト後期の合唱作品ですが、ここではフランツ・リストがピアノ用に編曲したバージョンです。原曲はニ長調ですが、リストはロ長調に書き換えています(今回選んだ演奏者であるアイスランド出身のピアニスト、ヴィキングル・オラフソンは、オーケストラの序奏通りの音型を移調して開始しています)。
オラフソンの温かなタッチでお聴きください。
グスタフ・マーラー(1860〜1911):交響曲第3番ニ短調 第6楽章
マーラーの交響曲の中でもとりわけ長大な作品で、自然への愛をコンセプトに書かれた交響曲第3番。各楽章にはもともと作曲者自身によって標題が付けられており、最終楽章の第6楽章は、「愛が私に語るもの」とされていました(その後作曲者によって標題は外されています)。延々と続く美しい祈りの音楽です。
ジョン・ラター(1945〜):Look at the World
第二次世界大戦が終結した1945年生まれのジョン・ラターは英国の作曲家。とくに合唱作品で知られています。シンプルで澄み切ったラターの音楽は、翳りのない美しい世界への憧れを喚起します。
《Look at the World》は「世界はたからもの」という邦題で少年少女合唱団によっても取り上げられることがあるようです。
「世界をごらん たくさんの喜び、驚き、奇跡に満ち溢れている 大地をごらん 果実と花々に満ちているよ 四季折々の変化に恵まれている 創造主の神の恵みに感謝しよう……」
そう明るく歌われる世界は、冒頭のシェーンベルク作品で希求された情景そのもののように思われてなりません。美しい大地を次の世代へと受け渡していけるように——そうした強く優しい願いが、ラターのこの作品に刻まれていると感じます。
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