全国からプレイヤーの子どもたちが両国国技館に集結! 数千人が一体となって奏でるグランド・コンサート
2018年4月4日、楽器を手にした数千人の子どもたちが両国国技館に集った。スズキ・メソードで学ぶ子どもたちだ。スズキ・メソード創始者である鈴木鎮一氏生誕120年を記念したグランド・コンサートを取材した。
専門は学校音楽教育(音楽科授業、音楽系部活動など)。月刊誌『教育音楽』『バンドジャーナル』などで取材・執筆多数。近著に『音楽の授業で大切なこと』(共著・東洋館出版社)...
うららかな春の日差しに桜の花びらが舞う春休みの1日。東京・両国国技館に集まったのは、手に手にヴァイオリンやチェロなどを携えた数千人の子どもたちだ。両国駅に向かう総武線の車内から、楽器ケースを手にした子ども同士の目が合う。楽器をやっている者にとっては、駅などで楽器ケースを背負う人を見かけるだけでひそかな仲間意識を感じるものだが、この日は自分と同じ楽器を持つ仲間がこんなにたくさん!……ピアノなどと比べて演奏者人口が少なく、学校で同じ話ができる相手を見つけることも難しい弦楽器プレイヤーにとっては、それだけで特別な1日の予感に胸躍らずにはいられないはずだ。
日々の練習曲を大舞台で奏でる「グランドコンサート」
「グランドコンサート」とは、スズキメソードで楽器を学ぶ日本中の生徒が一堂に集まり、レパートリーを一緒に弾くという祭典。普段は各地の教室でそれぞれに研鑽を積んでいる子どもたちだが、メソードやテキストが共通なので、その日初めて会った者同士でもすぐに同じ曲が奏でられる。スズキメソードには大人の受講生も少なくないため、年齢層も非常に幅広い。子ども用の小さなヴァイオリンを構える未就学児と、ロマンスグレーの髪をなびかせるシニア層が、ともに並んで同じ楽器・同じ曲を奏でる様は、あらゆる人々がつながれる音楽の良さを体現しているようで、傍から見ていても幸せな気持ちになれる。
コンサートのオープニングは、ピアノ科の生徒による壮大なアンサンブル。国技館のアリーナに電子ピアノ20台を並べ、《動物の謝肉祭》をダイナミックに演奏。続いてフルート科の生徒たち数十名が登場、テキストから《メリーさんの羊変奏曲》などを。シンプルなメロディは楽器を始めたばかりの幼い子どもたちも吹ける一方、ハーモニーやリズムの変化、飾りの旋律が加わるなどバリエーションが付くことで、上級者の生徒も存分に腕を振るえる。経験が浅くても深くても、アンサンブルを一緒に分かち合える喜び……音楽のそんな根源的な楽しさにも思い至る。
チェロ科の生徒たちは《讃歌》(クレンゲル作曲)などを演奏。ソロやカルテット、弦楽合奏・オーケストラなど、1本~数本でのチェロの音色なら聴き覚えもあるが、約200挺のチェロが重なり合った音は、温かみとふくよかさに満ちた重厚なサウンド!
ヴァイオリン科の上級生約100名は、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲をみんなで演奏。この曲はヴァイオリンを学ぶ者が憧れ、長年の稽古の果てに辿り着く目標としても知られている。普段は各地のレッスン室でそれぞれ努力を重ねている生徒たちが、同じ曲で邂逅し、音を通して互いの積み上げた技術や努力を認め合う。それはどんな言葉よりも心を結びつけ、互いを尊敬し合うコミュニケーションになるのかもしれない。
9年ぶりのグランドコンサート、その間のエル・システマジャパンとの関わり
グランドコンサートが開催されるのは実に9年ぶり。本来なら2011年3月に開催されるはずだったのだが、その直前に発生した東日本大震災により中止となり、以来途絶えてしまっていた。その間に産声を上げ、被災地の子どもたちの心の支えとなったのが「エル・システマジャパン」。福島県相馬市や岩手県大槌町でジュニアオーケストラやコーラスグループをつくり、子どもたちに音楽と、それを通したコミュニケーションや学びを届けるプロジェクトだ。
南米・ベネズエラ発祥の「エル・システマ」は、生活に困窮する子どもたちに楽器と演奏技術、演奏の場と仲間を与え、生きる糧と将来への展望を授けようという社会活動だが、そのインスピレーションとなったのがスズキメソードだったという。第2次世界大戦後の貧しさの中で始まったスズキメソードが当時の日本の子どもたちに希望を与え、その子どもたちの姿が南米に伝わって「エル・システマ」を生み出し、さらに時を経て未曽有の大災害に見舞われた日本の子どもたちを励ます力になった。
この日のグランドコンサートには、相馬市と大槌町のエル・システマジャパンの子どもたちも参加し《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》などを演奏した。地球規模の数奇な運命でつながっているエル・システマとスズキメソードとの経緯と、その中で成長した子どもたち。いずれも音楽によって育てられ、心豊かな人生を歩んでいる。
「人と人とは音楽で分かり合える」を実感
後半には幼い頃からスズキメソードで学び、今ではチェリストとして世界で活躍する宮田大さんが登場、子ども時代の練習風景などを映像で綴った後に名演を聴かせた。憧れの演奏家が、自分と同じように無邪気な少年時代を過ごしながら練習に励み、今の活躍に至っていることが見て取れたことは、会場中の幼いチェリストたちにとって何よりの刺激になっただろう。
最後はヴァイオリン・チェロ・フルート科の生徒たちと、エル・システマジャパンの子どもたちなども加わり、2000名でフィナーレ。国技館の広いアリーナいっぱいに楽器を携えた老若男女が並んで《キラキラ星変奏曲》を大合奏し、どんな言葉で語りつくすよりも雄弁に、みんなで音楽を分かち合う喜びを体現した。
自身もスズキ・メソードで学び、現在ではスズキ・メソードを運営する才能教育研究会の会長を務める早野龍五氏は、かつて本ウェブサイトのインタビューでこう語っていた。物理学者として世界各国の人々と交流を持つ際、ヴァイオリンを嗜んでいるという共通項、そしてスズキ・メソードで学んだという話に行き着くと、途端に同じ曲について語り合えるようになり、楽器があれば一緒に奏でることすらできて、一気に通じ合えるようになるのだと……。「同じ音楽でつながっている」という絆の強さ、そのことで人と人とがわかりあえることの良さを、数千の楽器から鳴り響くサウンドで実感した1日だった。
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