岡本太郎と共振するバシェ兄弟の「音響彫刻」がもたらす不思議な音世界
川崎市の岡本太郎美術館で、7月12日(日)まで開催されている『音と造形のレゾナンス─バシェ音響彫刻と岡本太郎の共振』。パリを拠点に1950年代からオリジナルの音響彫刻作品を製作していたバシェ兄弟による、巨大な金属のオブジェ「音響彫刻」5体が、50年ぶりに一堂に会する。1970年の大阪万博で発表された後解体されて眠っていた作品が、再びその魅惑的な音を響かせている。打楽器奏者の永田砂知子さんにこの不思議な彫刻の来歴を案内していただいた。
中学1年生のときにビートルズで音楽に目覚め、ドビュッシーでクラシック音楽に目覚める。音楽漬けの学生時代を経て、広告コピーライターや各種PR誌の編集業務などをする中、3...
楽器? オブジェ? 未知のアート作品?
私たちが日常的に接している「楽器」というものも、考えてみれば実に多種多様な形状をもっていて、先入観抜きにあらためて眺めると「どうしてこんな形になったのか」と思うようなものもある。もちろんそれぞれ「より優れた音を生み出す発音体」として発展してきた結果(または通過点)なのだろうが、「この音を理想としているからこの形になりました」というプロセスとは逆に「この形にしてみたらこんな音が出ちゃいました」という、ある種の偶然性を楽しむようなものもあるのだ。
その部屋に足を踏み込んでみると、実に不思議な形をした5体のオブジェが並び、背後(壁面)や周囲でそれらを見守るように配置された岡本太郎作のアート作品と共に、異空間を作り上げている。『音と造形のレゾナンス─バシェ音響彫刻と岡本太郎の共振』と題された展覧会は、コンテンポラリー・アートや現代音楽ファンなどの間でちょっとした話題となっていた。
コロナ禍の閉塞的な状況からやや解放された6月の中旬、会場となっている川崎市多摩区の岡本太郎美術館へ。木々の香りにあふれた生田緑地の中に建つ美術館の入口でマスクをした岡本太郎氏のパネルに迎えられ、いざ展覧会場へと足を踏み入れる。場内には、シュトックハウゼンの電子音楽に驚喜するようなリスナーだったら身を乗り出してしまうサウンドが鳴り響いており、不思議な形のオブジェ群に囲まれながらしばし呆然と立ち尽くす。
50年前の大阪万博で展示された伝説的なアート作品、バシェ音響彫刻
展覧会の主役はもちろん5体のオブジェたち。それが「バシェ音響彫刻」と呼ばれるものであり、50年前に大阪で開催された日本万国博覧会(EXPO ’70)を機に製作・展示された伝説的なアート作品なのだ。音を生み出すものであるから「楽器」だともいえるが、より本質に近づくなら「音響彫刻」「サウンド・オブジェ」といった呼称のほうがしっくりとくるだろう(万博開催当時は「楽器彫刻」と称されていたようだ)。
今回の展覧会は、大阪万博記念公園のEXPO ’70パビリオンや京都市立芸術大学、東京藝術大学の取手キャンパスに保存されていた5体が一堂に会しての開催。展示だけではなく実際に演奏を行なうコンサートなども予定されていたが、残念なことにほぼ中止となってしまった。
とはいえ、その展示を観ているだけでも十分にバシェ音響彫刻の異様な雰囲気は楽しめるし、岡本太郎氏の個性的な作品造形ともリンクする。中でも妖しく開いた花のような造形のオブジェは、岡本太郎氏がデザインしたことで知られる映画『宇宙人東京に現る』のパイラ人を想起させ、今にも音を出しながら迫ってくるような雰囲気も。いや、もしかすると閉館後の誰もいない空間の中で、このオブジェたちは会話を繰り広げているのではないかと思うほど、そこにあるだけで息づいているような生物的存在感さえおぼえるのだ。
ではいったい「バシェ音響彫刻」とは何なのか。「バシェ」というのはこうした音響彫刻作品を製作したアーティストの名前。ベルナール・バシェとフランソワ・バシェ兄弟のことである。
作曲家・武満徹が演出ディレクターを務めたパヴィリオン「鉄鋼館」
1950年代からパリのアトリエでユニークな形状の音響彫刻作品を製作・発表していた彼らだったが、それに注目したのが作曲家の武満徹。日本万国博覧会の開催時、武満は自身が演出ディレクターを務めることになった日本鉄鋼連盟によるパヴィリオン「鉄鋼館」でバシェの音響彫刻を披露することを思い立ち、弟のフランソワ・バシェが来日して17体の音響彫刻を製作したのだ。そしてもちろんその作品を使った音楽も生まれ、パヴィリオンの中で独特の音響空間を創り出したのである(それらの音楽は『スペース・シアター:EXPO ’70鉄鋼館の記録』というCDで聴くことができる)。さらには坂本龍一の『async』というCDでもバシェの音響彫刻を聴くことができるので、実は知らず知らずのうちに体験していた人も多いのだろう。
さて、バシェ音響彫刻とはどういう音(サウンド)を発するものなのか。残念ながら今回の展覧会では触ったり叩いたりすることができないため(本来は叩いて遊ぶものだが、今では貴重な文化財であるため仕方なし)、展覧会のイヴェントやコンサートなどを企画した打楽器奏者でバシェ協会の会長でもある永田砂知子さんに演奏をお願いした。
5体の音響彫刻にはそれぞれ「渡辺フォーン」「川上フォーン」「桂フォーン」「高木フォーン」「勝原フォーン」という名前が付けられていて、これはすべて製作時のアシスタントなど“お世話になった方たち”の名前だそう。「フランソワ・バシェさんはとても恩義に厚い方で、周囲の人たちとの信頼関係も強かったようですね」と永田さんも言う。
その永田さんが、さまざまな長さの金属棒が並んで骨格標本のような形状の「渡辺フォーン」(後方にある大きな金属のプレートが反射板の役割を果たす)を叩き出すと、実に多層的な倍音が心地よい「グオーン」「コワーン」という音が鳴り響く。赤と白の花びらを思わせる反射板が見た目にも刺激的な「川上フォーン」を演奏してみると、響きが演奏者の周囲を囲むように広がり「まるで音の森の中にいるような気分ですね」と永田さん。
ジブリ映画に出てくるような小さいグライダーを思わせる「桂フォーン」、水で濡らした指先でたくさん並んだガラス棒をこすって音を出す「高木フォーン」、そして宇宙空間に浮かぶステーションを連想させる形状で、たくさん張られた金属の弦をハープのように弾くなどして音を出す「勝原フォーン」。それぞれに特徴がある5体の音響彫刻だが、文字だけでどのような音なのかを伝えるには限界があるので、永田さんがそれぞれを演奏している映像をどうぞ。
五基のバシェ音響彫刻ダイジェスト版 演奏:永田砂知子
また合奏の映像は、武満徹がバシェ音響彫刻のために作曲した「四季」という作品を、こちらでどうぞ。
四季/武満徹(演奏:山口恭範、吉原すみれ、前田啓太、野尻小矢佳)
「桂フォーン」「渡辺フォーン」「高木フォーン」
演奏:「アンサンブル・ソノーラ」沢田穣治・渡辺亮 + 永田砂知子
2009年、永田さんはパリで90歳を過ぎていたお兄さんのベルナール・バシェに会い、その後は音響彫刻の修復や演奏にも尽力。今回の展覧会でもイヴェントやコンサートの企画ほか、開催に至るまでの準備段階から開催期間中にはプロモーションをサポートするなど、さまざまな場面で活躍している。「波紋音(はもん)」という名のオリジナルの楽器(スリットが入った、ちょっと神秘的な音のする打楽器)の演奏者でもあり、まさに音で空間を創造・演出する活動をしているクリエイターだ。
「万博から40年がたった2010年、鉄鋼館が『EXPO ’70パビリオン』という記念館として大阪の万博公園に蘇った際、開催当時に製作・展示されたバシェ作品が解体されて倉庫に眠っていることを知りました。バシェの製作アシスタントをした川上格知さんがボランティアで修復を申し出てくれ、さらなる協力者を得て一気に復活への道が開いたのです。ですから万博から50年、フランソワ・バシェさんの生誕100年という今年、コロナの影響を受けながらも展覧会が開催できたのは意義のあることでした。
本来は皆さんに触れていただき、自分の音を発見したり、子供たちにも音を探したり作ったりする楽しさを体験してもらうためのものなのですが、作品が50年経過し劣化していますので、それは叶いませんでした。それでも多くの人にバシェ音響彫刻のことを知っていただければ、次へつながると信じています」(永田さん)
バシェ兄弟の音響彫刻に興味をもった方、ぜひ実物を観に「岡本太郎美術館」へ。会場内では貴重な記録写真が壁面に投影され、バシェに関する映像(約30分)も上映。会期は7月12日(日)までで、最終日にはさまざまな音を創造し操る世界的なサウンド・パフォーマー、鈴木昭男によるバシェ音響彫刻の演奏も予定されている。実際の音が聴ける貴重な機会となるので見逃し&聴き逃しはもったいない。会場で入手できる展覧会の図録にもたくさんの貴重な写真や情報が掲載されている。
さらにバシェの作品についてもっと知りたいという方は、永田さんが会長を務めているバシェ協会のウェブサイトへ。さまざまな情報や貴重な映像などを観ることができるステーションだ。
日時 7月12日(日) 15:00~16:00
演奏 鈴木昭男(サウンド・アーティスト)
会期 2020年4月25日(土)~7月12日(日)
会場 川崎市岡本太郎美術館
開館時間 9:30~17:00(入館16:30まで)
観覧料 一般900(720)円/高・大学生・65歳以上700(560)円/中学生以下は無料 ※( )内は20名以上の団体料金
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