レポート
2023.10.02
歴史と伝統、革新性を併せ持つコンクール

ブゾーニ国際ピアノコンクール密着レポ アルセニー・ムンが優勝、山﨑亮汰が3位入賞

ブゾーニの死後25年を記念してイタリア、ボルツァーノで始まったブゾーニ国際ピアノコンクールは、世界でもっとも古いコンクールの一つであり、かつ現代におけるコンクールのあり方を示唆する革新性を併せもっています。その第64回がこの夏開催され、日本からは山﨑亮汰さんが第3位に入賞しました。その模様を現地から密着レポート!

取材・文
恒川洋子
取材・文
恒川洋子 フランスPMI国際音楽記者協会会員(CIM/UNESCO)、ベルギー音楽評論家協会会員、琉球フィルハーモニック顧問

世界中の音楽家の架け橋として貢献し続けたい。獅子座、海外で生まれ育つ。現在も海外在住。物心ついたころからジャンルを問わず音楽が身近に存在。最近は現代音楽により関心が深...

第64回ブゾーニ国際ピアノコンクールの授賞式から(9月3日・ボルツァーノ・コムナーレ劇場)

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想いのこもったプログラムで臨んだムンが優勝

第64回ブゾーニ国際ピアノコンクール(8月23日~9月3日)では、アルセニー・ムン(24歳)が審査員全員一致で優勝。そして全員一致の時にしか贈られない15年ぶりのアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ賞を受賞した。

グランド・フィナーレでラフマニノフ《パガニーニの主題による狂詩曲》を演奏するアルセニー・ムン。ムンは1999年生まれ。サンクトペテルブルク国立音楽院でアレクサンダー・サンドラーに師事。現在はジュリアード音楽院のセルゲイ・ババヤンのもとで研鑽を続けている

「ラフマニノフ《パガニーニの主題による狂詩曲》はもちろんのこと、すべてのステージで音楽性豊かで説得力のある演奏。立派な賞に値する」とイングリット・フリッター審査員長は激賞。

そしてムンも受賞直後のインタビューで「信じられないほど幸せです。光栄ですし、夢が叶いました。これからのコンサートも楽しみですし、将来に向け曲のレパートリーの幅を広げたいです」とその細身の体からオーラを発し、瞳をイキイキと輝かせた。

予選の室内楽ラウンド後に、グランド・フィナーレの選曲について尋ねると「確かに初めて披露するにはリスキーな選曲ですが、曲に惚れ込みとにかく弾きたいです」と決意を示した。「これまでのプログラムもすべて聴いていただきたい想いのこもった曲ばかりです。このコンクールで準備されたピアノ自体が今まで弾いてきたピアノの中でもっとも素晴らしく、おかげで自分を自在に表現できて幸せに感じます。その上このボルツァーノの町は大好きな山々に囲まれ、インスピレーションも掻き立てられます」

アルプス山麓南チロルの豊かなワイン畑に囲まれたボルツァーノの街は、イタリア国内のドイツ語圏。ユネスコ音楽都市候補でもある

予選ソロで弾いたドビュッシー「前奏曲集第2集」の《花火》では、花火の持つ華麗な場面、遊ぶシーンから、突然切なく消えてしまうような、ムンの鋭い感性と芸術性で息を呑む演奏となった。

リストの《ハンガリー狂詩曲第2番》は、左手と右手に別の命が宿っているかのようで、それぞれが世界観を持つようにさえ感じる。粒の揃った美しく細やかな部分から、どんどん回転して巻かれていくような様子も、絶妙なペダリング、こだわり抜いたフレージング、そして息をのむような繊細な間の取り方で最後まで魅力的に弾き通し、サンクトペテルブルク音楽院出身のピアニストの多くに通じる、豊かで透明感溢れる音に久しぶりに触れた。

コンクールは鏡のように今の音楽事情を反映する

かつてはリパッティやミケランジェリも審査員として活躍し、そしてM.アルゲリッチ、A.ブレンデル、G.デムス等も受賞した歴史と伝統のある世界最古の一つに挙げられるこのコンクールは、芸術的多面性を尊重しながら前衛的に進化し続ける。

また世界的視野に立ち、メディアの活かし方や音楽祭のコーディネートにも工夫を凝らす(ブゾーニ国際ピアノコンクールの開幕前、ボルツァーノ音楽祭ではG・F・ハースの大作《11,000 Saiten》が世界初演され、50台のピアノと室内管弦楽団による総計11,000もの弦の極みを表現した)。

「世代や文化的背景の異なる審査員を慎重に選ぶことが重要。審査員たちに12日間を通して互いによく話し合い、同じプライオリティの元で審査していただく。

コンクールは鏡のように今の音楽事情を反映する、ある意味ではラボラトリーでもある。選曲にシュトックハウゼンやオノ・ヨーコを持ってきた者もいて、コンクールでありがちな偏ったプログラムも変わってきた。

一方で、今の世代の若者はソーシャルメディアの“いいね”の判断で生活を営むことに慣れ、この先例えば10年後はどんな解釈がなされるのか」とカインラート芸術監督は話す。

「今年は生中継されるアジアとの時差を念頭に、コンクール本選の開始時間を決めたことにも注目していただきたい」。イタリア時間では日曜日午前10時と早かったが、それでもチケットは完売となった。アジアのタイム・ゾーンを意識して開催されることに、時代の価値観の変動を肌で感じる。

パンデミック、ウクライナ侵攻……国際コンクールが直面する新たな課題に独自のアイディアで向き合う

今回審査員の一人を務めたドイツ・グラモフォン社のクレメンス・トラウトマン社長は、伝統を重んじてきた同社に、配信サービス「ステージプラス」という新しいプラットフォームを築いた。このコンクールも早速「ステージプラス」とコラボ。

第64回ブゾーニ国際ピアノコンクールの入賞者たち。今回、室内楽ラウンドとグランド・フィナーレがステージプラスで生中継された。ドイツ・グラモフォンのクレメンス・トラウトマン社長は次のように語る。「今般のパンデミックは大きく音楽との距離を変え、究極の“quality”へのこだわりを徹底させた。このたびDGの保有している歴史的なアーカイブとあわせ、今回のコンクールのような新しい演奏を、プラットフォーム“ステージプラス”を立ち上げて発信し、とことん物事を極める日本の音楽ファンに幅広く届けていく」

コンクールの合間には「将来のアーティスト」と題した公開Zoom会談が行なわれた。総合音楽マーケティングの最前線を担うトラウトマン社長、国際コンクール世界連盟会長であり、クラングフォルム・ウィーンやトランスアートマルチ芸術祭などを始めとするフェスティバルの芸術監督を担うカインラート氏と、アジア事情に精通する香港のティサ・ホ氏が参加。会場のコンテスタントたちの積極的な発言も交え、「スター」や「アーティスト」について意見を交わした。

パンデミック、そしてロシアによるウクライナ侵攻の影響を受け、多くの国際コンクールが新しい課題に直面。そんな中、このコンクールは独自の新たなアイデアで、グローバルとローカルを併せたグローカル・プロジェクトを立ち上げた。

隔年開催のこのコンクール。64回目はまず2022年に、このグローカル・プロジェクトを実施。600名以上の応募者の中から110名に絞りこまれたコンテスタントが、12の都市にあるスタインウェイのスタジオでプレ審査を受けた。

そして2023年8月23日に、そのうち31名でコンクールがスタート。出場者の国名ではなく、出生地や音楽歴等が記されていることにも配慮がみられた。

「音楽的に僕にしかないものを伝えていきたい」(山﨑亮汰)

現在アルセニー・ムンは、アメリカでセルゲイ・ババヤンの元で学ぶ。第2位のアンソニー・ラティノフ(24歳)、第3位の山﨑亮汰(24歳)もアメリカ在住。イェール大学化学工学科で優秀な成績を納めたラティノフは、「学業とピアノを両立してきましたが、現在は完全にピアニストとしての道を選択し、迷いもありません」と述べる。

室内楽ラウンドでイジドール弦楽四重奏団と共演するアンソニー・ラティノフ。フランク「ピアノ五重奏曲 ヘ短調」を、知的で品のある、そして燻しがかったニュアンスでバランスよくまとめた

また、山﨑は現在ロサンゼルスでファビオ・ビディーニに師事。「音楽的に自分に合っていて、たった1回受けたレッスンに感動し、留学を決意しました」と話す。「セミ・ファイナルで選曲したブゾーニの『悲歌集』からの〈子守歌〉は、自分にしっくり、ピッタリ合っていた。音楽的に僕にしかないものを伝えていきたい」

グランド・フィナーレでチャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」を演奏する山﨑亮汰。「たくさんの方に出会ったり、ハプニングを含めさまざまな経験ができたことが、何よりの財産になりました。この経験を糧に、今後も自分の音楽を追求していきたい」

それぞれが育った巣を離れ、新たな環境で模索する。ムンは「自分は半分韓国人。訪れたことはありませんが、その日を楽しみにしています」。コンクールはそんな人生の旅に、思いがけない形で機会を創ってくれる。

第64回ブゾーニ国際ピアノコンクール審査結果

第1位    アルセニー・ムン

第2位    アンソニー・ラティノフ

第3位    山﨑亮汰

第4位    アントニオ・チェン・グアン

第5位    ロン・マクシム・フアン

第6位    ズィトン・ワン

取材・文
恒川洋子
取材・文
恒川洋子 フランスPMI国際音楽記者協会会員(CIM/UNESCO)、ベルギー音楽評論家協会会員、琉球フィルハーモニック顧問

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