ワインにビールにツィンバロン。チェコフェスでの出会いから音楽や民話へ……これは恋かも?
音楽からイメージして楽譜の表紙絵を描くという、本間ちひろさんによる詩とエッセイ。アーティスティックな世界に往ったり、超現実の生活に戻って来たり……揺れ動く日常を綴ります。
第5回は、チェコフェスティバル2018(2018年9月28~30日/東京・原宿クエストホール)に行って、チェコの音楽を間近で聴いたり、アーティストと触れ合ったあと、民話や詩、チェコの音楽が生まれた当時の人々へも思いが至ります。
1978年、神奈川に生まれる。東京学芸大学大学院修了。2004年、『詩画集いいねこだった』(書肆楽々)で第37回日本児童文学者協会新人賞。作品には絵本『ねこくん こん...
野原に妖精があらわれて
羽の光が 音になってく
ツィンバロン
ポロロ ロロロ ロン
チェコフェスティバルで本場の音楽に触れる
森のなかで、昔話のお姫様に出会えそうな気がしてくる。チェコのボヘミア地方と、モラヴィア地方の歌。チェコのワインを飲みながら、エヴァ・ミクラスさんの歌を聴く。
エヴァさんのお話では、首都プラハのある西側の「ボヘミア地方」の民俗音楽は、リズムの正確なメジャー調の曲が多いのに対し、東側の「モラヴィア地方」の音楽は、ボヘミアと比べると古いメロディが残っていてマイナー調の曲が多く、歌詞にメロディを馴染ませるためリズムが不規則なところがあり、ルバートが多く見られるそう。
いままでチェコ音楽についての本で、「モラヴィア」という言葉に出会っても、いまいちピンとこなかったが、歌を聴いて、何かすとんとおなかに落ちた。
*
次は、モラヴィアのツィンバロンバンド「ストラージュニチャン」の登場!
ピアノの祖といわれる美しいツィンバロンと、楽しげなヴァイオリンとコントラバス。モラヴィアの歌が始まると、会場は大盛りあがり!
「チェコ人といえば音楽家である」という表現があるが、特にモラヴィアでは音楽への愛が深いという。リーダーのヴァイオリン、ヴィーチャさんは医師。ツィンバロンのマルティンさんは、モラヴィア地方で市長、他のメンバーもそれぞれ別の仕事もあり、司会の方によると「チェコでは、音楽と他の仕事をしていることは、よくあること。だれも驚かない」とのこと。
質問タイムに、「今弾かれている楽器は何歳ごろから始めたのですか?」とお尋ねしたら、「5、6歳から楽器を始めてずっと弾いている、モラヴィアでは人が集まれば演奏が始まるよ。昨日の夜も、みんなで飲みながら演奏して、楽しかった!」 とバンドの方々。
そう、メゾソプラノのエヴァさんも、チェコセンター東京支局長でもいらして、イベント会場ではプレゼンテーションや通訳などチェコセンターとしてもお忙しそうだった。そして歌も素晴らしかった。
なんだかとても、かっこいい音楽の人生だなあ、と思った。日本では(というと語弊があるが)「音楽家であること」や「演奏」を神経質に特別扱いしすぎていないだろうか。表現においての繊細さは大切だけど、音楽との付き合い方自体は骨太で、おおらかがいい。
曲がかわってポルカに。マルティンさんが踊りだす。ステージから降りたマルティンさんに、誘われて、私も一緒にくるくるまわる。
チェコ素敵! モラヴィア最高! 音楽は、楽しい。
右:モラヴィアのツィンバロンバンド「ストラージュニチャン」と一緒に。
エルベンの民話や詩集からチェコの音楽へ
そもそも、チェコの音楽に興味をもったきっかけは、友人のチェコ語翻訳者の木村有子さんから、ドヴォルザークは「ドヴォジャーク」のほうが、チェコの発音に近いんだよ、と教えていただいて、「かっけー!(かっこいい)」と、思ったこと。
そして、その木村有子さんが翻訳したエルベンのチェコの昔話集『金色の髪のお姫さま』(カレル・ヤロミール・エルベン/岩波書店)のあとがきに、ドヴォルザークの4つの交響詩《水の精》《真昼の魔女》《金の紡ぎ車》《野ばと》は、エルベンの詩集『花束』(Kytice/初版1853年)から着想を得た、と書いてあったこと。
『命の水 チェコの民話集』(カレル・ヤロミール・エルベン/阿部賢一訳/西村書店)には、エルベンの『花束』から、いくつもの作品が収められている。民話やバラッド(物語詩)の世界を感じると、その地の音楽や作曲家の抒情性により近づけるようで、嬉しい。
エルベンの詩集『花束』から着想を得たドヴォルザークの4つの交響詩《水の精》《真昼の魔女》《金の紡ぎ車》《野ばと》。
中学生のときだったか、合唱曲《モルダウ》を歌って、その頃からチェコの音楽家というと、なんとなく「モルダウおじさん(スメタナ)」と「ドボルザークのひげおじさん」のイメージだけはあって、その2人が「オレたちチェコ組!」と肩を組んでいる勝手なイメージがあった。
だが、チェコ音楽についての本を読んだら、実は「オレたちチェコ組!」というよりも、当時、スメタナ派と、ドヴォルザーク派で、激しい論争があったというのだ!! なんと~!
国民音楽をめぐるチェコの3大作曲家
一八世紀末から一八四九年頃にかけて、ハプスブルク帝国内のチェコ地域では「民族復興(再生)期」と呼ばれる歴史上、最も重要な転換期を迎え、とりわけ祖国の文化的再生を意味するスラヴ民族の復興運動が生じていた時代であった。
——『チェコ音楽の魅力 スメタナ・ドヴォルジャーク・ヤナーチェク』(35ページ/内藤久子著/東洋書店)
1848年、フランスの2月革命など、ヨーロッパ各地で「諸国民の春」とも呼ばれる革命がおこった。オーストリア帝国支配下のボヘミア王国だったプラハでも、6月に革命がおこったが、鎮圧されて、さらに自らの民族文化を大切にしていこうとする機運が高まった。
当時は、学校や公の場ではチェコ語ではなく、ドイツ語がつかわれていた。エルベン(1811-1870)たちによるチェコの民謡や民話の収集、出版がどれほど意味をもっていたか、想像される。
そして音楽も、チェコの「国民音楽」の創造が求められ、チェコのオペラが求められた。スメタナは、国民的なオペラを創ろうとしたとき、ドイツ語で育ったために、チェコ語を学ぶところから始めたという。
スメタナは、ヨーロッパ水準での芸術音楽の形式をもったチェコの音楽を作るべきだと考え、風景や神話をテーマに作曲し、ボヘミア民謡からエッセンスを昇華させて作曲した。だが、わかりやすい形で民謡を引用したものこそ「国民音楽」と考える派の人々から、批判を受けたりもした。
晩年、病から難聴となるなか、連作交響詩《わが祖国》を書き上げる。1882年11月5日に全曲演奏され、大成功を収めたが、このとき、聴力は失われていたという。1884年に死去。
1946年からスメタナの命日5月12日に毎年開催される「プラハの春国際音楽祭」は、《わが祖国》で開幕する。
スメタナの晩年の作品、連作交響詩《わが祖国》(1874-79)。2曲目がドイツ語でいう〈モルダウ〉で、チェコ語では〈ヴルタヴァ〉。
ドヴォルザーク(1841~1904)は、チェコ語や民謡に慣れ親しんで育った。ボヘミア民謡や、特徴的なモラヴィア民謡の影響を受け、引用をし、そのスラブ風の彩色がわかりやすい曲を作った。チェコ国内のみならず、ヨーロッパ中で人気を博す。
だが、20世紀になると、そのような要素を「異国趣味」とみて、「真の国民音楽」を求める流れのなか、批判されるようになり、今度はスメタナが擁護されるようになる。そしてまたのちには、ドヴォルザークも擁護されるようになったり……。
ドヴォルザークの《スラブ舞曲集》第1集(1878)、第2集(1886-1887)
チェコの3大作曲家というと、もうひとり、現代音楽のヤナーチェク(1854~1928)がいる。
19世紀になり、モラヴィア民謡の収集家フランティシェック・スシル(1804-1868)の民謡集が出されたことを機に、モラヴィアの音楽遺産を、新たな音楽に活かしていくことに注目が集まるなか、ヤナーチェクは自身も民謡を収集し、また、音と言葉を探求した。
「話し言葉の抑揚は音楽となる」と確信し、「人間の言葉のリズムや鳥の鳴き声などを聴き取っては採譜」し、「発話旋律」などの独自の理論を打ち立てて作曲、数々のオペラを作った。※『チェコ音楽の魅力 スメタナ・ドヴォルジャーク・ヤナーチェク』(239ページ/前出)
今、南モラヴィア州の州都ブルノには、ヤナーチェクの名を冠したヤナーチェク劇場がある。
ヤナーチェク:オペラ《イェヌーファ》(1894-1903)
*
長く自由の制約された時代を経て、1989年「ビロード革命」により、ようやく民主化が成し遂げられた。このとき、人々とともに音楽と歌があったという。(参考:『プラハの春 チェコスロヴァキア音楽案内』木之下晃 写真/堀内修 文/音楽之友社)
チェコは音楽だけでなく、絵本やアニメーションも素晴らしい。それは、言論を抑圧された時代に、それらの検閲がゆるかったからといわれる。人々はアートで表現し、アートが人々の心のよりどころであった。
チェコフェスティバルで、エヴァさんの民謡を聴き、ツィンバロンバンドの演奏でくるくる踊り、お話を聴いたら、ポルカの曲をたくさん書いたスメタナの思いや、ドヴォルザークやヤナーチェク、チェコの人々の音楽や芸術への愛の体温が、ふうっと私の中に入ってきた気がした。
目には見えないその温かさが教えてくれることの、かけがえのなさをお伝えしたくて、私はこの文章を書き始めたが、うまく言葉にできそうもない。なので、ただもう、心を込めて言おう。
「チェコフェスありがとう!」
1月にはプラハ交響楽団の連作交響詩《わが祖国》(全曲演奏/スメタナ作曲)のコンサート(武蔵野市民文化会館)に行く予定だが、交響詩の1曲目で描かれる、女神リブシェのお話の絵本などがあったら、どんなにステキだろうかと思う。
他にも、クラシックにつながる民話や民謡の本が、もっともっと出版されたらいいなぁ。(だれが、どこでこの文章を読んでくれるかわからないから、いちチェコ・クラシックファンの願いを、ここに書いておく)
『チェコ音楽の魅力 スメタナ・ドヴォルジャーク・ヤナーチェク』(内藤久子 著/東洋書店)
『チェコ音楽の歴史 民族の音の表徴』(内藤久子 著/音楽之友社)
出久根育 原画展 ナルニア国のクリスマス2018
2018年のクリスマスから年越しのナルニアホールは、画家・出久根育さんの2つの作品より原画展を開催。いずれもチェコの作家の本で、現代の作家による創作童話と、古くから語り伝えられた民話集。
会期: 2018年11月1日(木)~ 2019年1月14日(月祝)
会場: 教文館 6階ナルニアホール(東京都中央区銀座4-5-1)
作品:
『クリスマスのあかり ~チェコのイブのできごと~』(レンカ・ロジノフスカー 作/出久根育 絵/木村有子 訳/福音館書店)※展示期間は12月25日まで
『命の水 ~チェコの民話集~』(カレル・ヤロミール・エルベン 編/出久根育 絵/阿部賢一 訳/西村書店)※12月26日以降は『命の水』のみ展示
詳細はこちら
チェコの児童書の翻訳、講演等を通して、チェコ文化を日本に紹介している木村有子さんと一緒に、まるごと1冊『クリスマスのあかり』を楽しむ会。小さな男の子の心温まる冒険のお話をご一緒に!
ゲスト: 荒木たくみさん(山の木文庫・おはなしの会うさぎ)
日時: 2018年12月13日(木)14:00~15:30
会場: ナルニアホール
定員: 40名(大人対象)
参加費: 1,000円
詳細はこちら
『命の水』の翻訳をした阿部賢一さんのトークイベント。チェコのグリムとも評されるカレル・ヤロミール・エルベン。ボヘミア地方の民話を集めたり、詩を書いたりと多方面で活躍したエルベンの作品は、チェコの子どもたちに愛されているだけではなく、音楽家ドヴォジャークや映画監督シュヴァンクマイエルの創作の刺激を与えました。出久根育さんのイラストの魅力に触れながら、エルベンの豊かな世界をご紹介します。また、エルベンが好んだカッパのお話もする予定。
日時: 2019年1月14日(月祝)14:00~15:30
会場: ナルニアホール
定員: 40名(大人対象)
参加費: 1,000円
詳細はこちら
申し込み電話番号: 03-3563-0730(10:00~20:00)
関連する記事
-
熊本マリがいざなう音のスペイン旅~新譜でカタロニアの文化を伝える
-
初代マスター・オブ・ウイスキーのトークと演奏を楽しむコンサート「Classic ...
-
サントリーホールにまつわるクイズに答えて、豪華プレゼントに応募しよう!
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly