絵描きの音楽ノートno.09〈9月〉

都会の真ん中で聴く“静寂の音”——エストニア出身のマリ・ユリエンスの歌

レポート
2019.09.25

絵本作家の本間ちひろさんが綴る、詩とエッセイ。
東京・港区神谷町の一角にたたずむ光明寺で、エストニア出身のシンガー・ソング・ライター、マリ・ユリエンスさんの歌の世界に浸ります。

絵と詩とエッセイ
本間ちひろ 絵本作家・イラストレーター
本間ちひろ
絵と詩とエッセイ
本間ちひろ 絵本作家・イラストレーター
1978年、神奈川に生まれる。東京学芸大学大学院修了。2004年、『詩画集いいねこだった』(書肆楽々)で第37回日本児童文学者協会新人賞。作品には絵本『ねこくん こん...

コンサート   ほんまちひろ

寺の茂みの虫たちも 
今夜の歌を聴いてたかしら?
とてもやさしい声だったから
風の歌だと思ったかしら?

 

東京は、虎ノ門、神谷町駅前の光明寺。

ビルの狭間の緑のおへそのような境内に入り、階段を上ると、テラスに机や椅子があり、開演を待つお客さんたちがくつろいでいる。

夕闇の木々、お香のかおり、お墓。ビルの向こうには小雨に滲む東京タワーが見える。

「Kaks Kõverat Puud 2本の曲がった木」

 2本の曲がった木
 根をはって揺れている
 お互い
 いつも忠実に

 2本の曲がった木
 夜が来ると
 一緒に高くなりながら
 月を呑み込む

——「Kaks Kõverat Puud 2本の曲がった木」より抜粋(作詞作曲:マリ・ユリエンス/日本語対訳:石井沙希子)

テラスから続く引き戸がひらき、開場となる。阿弥陀さまのまつられた本堂に椅子が並べられ、マイクやピアノやスピーカーの準備が整っている。小雨がやんだのか、虫の声が聴こえてくる。ここで歌うことを、エストニアの歌手が面白がってくれたらいいな、と思う。

ギターを持ったマリ・ユリエンスが登場し、歌が始まると、やさしい空気に包まれる。

1曲終わり、会場に拍手があふれる。でも、最後の音のあとの静けさを、もうしばし愛おしんでいたい気持ちになる。音と静、有と無、アンビバレントなあの余韻。

「エストニアでは、街に住んでいても、森がすぐそばにあって、いつも森の静けさを想うことができる」

マリ・ユリエンスの歌は、森の静かな夢想の物語に入り込んでゆくようだ。

「エストニアでは多くの人が、歌が好きで、歌とともにあります。5年に一度行なわれる歌の祭典には、多くの人々が参加し、音楽でつながっていくことを、大切にしています」

そう、「歌う革命」と聞いたことがある。

バルト三国のエストニアで、80年代後半から非暴力で流血を避けた、歌による革命があった。

1988年、エストニアの首都タリンの「歌の広場」に集まった30万人が(当時の人口の4分の1)、当時ソ連によって禁じられていた「エストニア語によるエストニアの歌」を歌う、ということがあった。これにより、革命の気運がさらに高まり、1991年エストニアはソビエト連邦から独立をはたす。

今は、バルト海のシリコンバレー、IT大国として世界に名をはせるエストニア共和国。

首都タリンの「歌の広場」で5年に一度開かれる、歌と踊りの祭典は(Üldlaulupidu)、合唱の歌手に2万人、聴衆に10万人が参加。ユネスコ世界無形文化遺産となっている。

どのような背景があろうと、優しい人は優しいし、美しい歌は美しいわけだけれど、今、日本で、1988年生まれのマリ・ユリエンスが歌う柔らかなエストニア語の響き聴いていると、繋がりあう人の営みの、過去と未来と今を想う。

静かな、でも、元気が満ちるような「ボディ」についての歌があって、終演後、マリ・ユリエンスに尋ねると、「Ah, カラダ」と、笑顔で話をしてくれた。

「Keha 体」

 この体は単純じゃない
 水と肉の中心には骨が
 体は神々がつくった
 魂は触ること 見ることができる

——アルバム『27』〜「Keha 体」より抜粋(作詞作曲:マリ・ユリエンス/日本語対訳:石井沙希子)

「ふと気がついたときがあって……この体がないとなにもできない、体は大切だということ。魂の外がわ、内なる声を表現するためのものでもある。母になり、子どもを宿し自分の体から、もう一人の人が出てくることにびっくりして、すごいと感じたこともつながって、体のことを曲にしたいと思いました。普段、忘れがちな自分の体に、目を向けてみてほしい」

ファーストアルバムは、マリ・ポキネンの名前で22歳のときの『22』。

その後、結婚し、苗字を変え、子どもを産んだのちに、マリ・ユリエンスの名で、27歳で出したアルバム『27』について、彼女はこう紹介している。

「子どもの頃はいつ終わって、いつ大人になるのか? 『27』は、私の子どもと家族、そして私の幼少時代に捧げられています」

歌を聴いていると、子どもたちと、毎日歌い、遊んでいる様子が浮かぶ。

「毎日、いろいろな歌を歌います。料理をしているときは料理の歌。歩いているときは歩いているときの歌。歌うことが日常にあって、子どもたちと歌うのが楽しい。毎晩、眠る前に絵本や物語を読むのも、楽しみです」

「Kiigume 私たちは揺れる」

 見て、
 朝はどのように私たちの小さい目をみているのか
 見て、
 昼間どんな遊びを与えられ夕方へ移るのか 

 それまで昼間は約束する
 上へ下へ揺れて良い
 知って、私は明日もここへ来てあなたを待つ!

——アルバム『27』〜「Kiigume 私たちは揺れる」より抜粋(作詞作曲:マリ・ユリエンス/日本語対訳:石井沙希子)

アルバムでは、ブランコの音から始まる「私たちは揺れる」は、マリの強く深い愛が伝わってくる。日本版は対訳を読むことができる。

日本のファンにメッセージを、というと、彼女はこう語ってくれた。

「きっと、時間に追われて、忙しく過ごしている人が多いと思う。自分自身の生活に目を向けたり、自分が大切だと思うことに、時間を費やすことを、歌で届けたい」 

話し終わると、また、虫の声が聴こえてくる。

「夏の野外コンサートで、ステージにバッタがとびのってきたことがあったの。バッタと歌でのコラボはできなかったけど……(笑)」

帰り道、エストニアと日本のバッタが出会ったら、きっとお友だちになれるだろうな、と思いながら、神谷町の駅から地下鉄に乗った。

「Enne Und 眠りの前に」

 眠りの前
 私はあなたの近くにいる
 私たちに沈黙が来た  
 窓の向こう側で生命は穏やかな声で歌う
 私たちはたくさんの未知の前に

 眠りの前に
 あなたの傍らで私は歌を探しに行く

——アルバム『27』〜「Enne Und 眠りの前に」より抜粋(作詞作曲:マリ・ユリエンス/日本語対訳:石井沙希子)

静寂の音-Quietness-

1回目は2018年11月、山本能楽堂 (大阪市)。サーミに伝えられてきたの伝統唱法のヨイク。マリヤ・モッテンソン と、フローデ・フェルハイム のよる「ヨイク・ナイト」。

 

2回目は2019年1月、遊楓亭(兵庫県西宮市)。スウェーディッシュ・フルートのヨーラン・モンソンによる「ハヴェロの森」。

 

そして、3回目となる2019年8月30日の回が、光明寺(東京都港区)にて、マリ・ユリエンスの「エストニアの風を謡う -エストニア音楽祭2019-」であった。

光明寺の「神谷町オープンテラス」は、昼休みのサラリーマンがお昼を食べたりのんびりしている憩いの場にもなっている。お茶とお菓子のおもてなしもしているそう。(要予約。参考:http://www.komyo.net/kot/cat1/
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