レポート
2022.01.30
日本×エチオピア民謡交換プロジェクト

エチオピアとつないでバーチャルで民俗音楽セッション! 新たなコラボが誕生した瞬間

一般社団法人エチオピア・アートクラブは、昨秋、日本×エチオピア民謡交換プロジェクト「Secret Art of ETHIOPIA Vol.6 10,000キロの距離を越え、繋がる日本とエチオピアの民謡」をライブ配信で開催。両国で伝承されている音楽を知る機会となっただけなく、遠隔でのライブセッションで新たな音楽が生まれる場となった。
その魅力と可能性について、インドのパフォーマー・カーストを研究していた音楽ライター・高坂はる香さんがレポートする。

取材・文
高坂はる香
取材・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

写真:高橋慎一

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等しく尊い音楽に、今だからこそ可能性がある

音楽に、高尚か否かの差はあるものなのか。

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筆者は学生時代、インドのパフォーマー・カーストが暮らすスラムの研究をしながら、クラシック音楽専門誌でアルバイトをしていた。初めて取材したイギリスのピアノコンクールでは、若いピアニストたちの演奏に魅了されると同時に、華やかなレセプション、彼の地ならではの上流階級の社交の雰囲気に圧倒された。

一方で、研究していたインドのパフォーマーたちは、カースト外のダリット(不可触民)に属す。しかし数世紀にわたり世襲で受け継がれた音楽には、比類ない魅力がある。彼らは楽器に触れる前、その職能を与えてくれた神への感謝を込め、水浴びして身を清めるという。

優れた音楽が持つパワーは等しく尊いというのに、やはり社会においては、そこに不文律の序列があるといえる。そしてこのコロナ禍で、最初にそのしわ寄せをうけ、公的な支援の対象から外されがちなのが、こうした民俗音楽の担い手だ。今、その意味で危機に瀕している音楽が、世界にどれほどあるだろう。

しかし昨今、ネット上のイベント視聴がより一般的になった今だからこそ、海外の聴衆が各地のそんな音楽を知り、むしろ外部者ならではの羽振りのいい聴き手になるという構造には、大きな可能性を感じる。

エチオピアの地域社会で聴衆と交流する吟遊詩人たち

その意味で、202111月に吉祥寺の「ワールドキッチン バオバブ」で開催された、日本×エチオピア民謡交換プロジェクト「Secret Art of ETHIOPIA Vol.6 10,000キロの距離を越え、繋がる日本とエチオピアの民謡には、大きな関心を持って参加した。

テーマは、「歌い継がれてきた民謡をこれからも歌い継ぐためのクリエイティビティ」。エチオピア伝統音楽研究の第一人者である川瀬慈さん、ワールドミュージックに造詣の深いピーター・バラカンさんによるトークセッションと、エチオピア現地からの音楽ライブ、そして会場での日本×エチオピア民謡ライブによるイベントが行なわれた。

世界のごはんとパクチー料理を提供する吉祥寺の「ワールドキッチン バオバブ」にて。
川瀬慈(いつし)さんとピーター・バラカンさん。このイベントはライブ配信で行なわれた。
壁には世界中の音楽のレコードが。
バーカウンターにはこれまた世界中のお酒やドリンクが並ぶ。

前半は、バラカンさんの問いに答える形で、川瀬さんがエチオピアの歴史、現在の状況、そして彼が研究していたエチオピアの吟遊詩人、アズマリについて解説する。

「エチオピアでは“音楽”と言ったとき、アーティストが創造するもの、自由な表現、というのとは少し違う認識があります。

エチオピア北部では、キリスト教の正教会の教えが人々の生活に大きな意味を持っています。その儀礼の音楽や賛美歌は、神様からの贈り物という意味の“ゼマ”と呼ばれ、神聖な音楽とされています。

それに対するのが、地域社会に密着した、主に流しの歌い手が担う“ゼファン”で、これは世俗的な音楽という意味です。その歌い手の仕事を代々継承している人たちが、アズマリと呼ばれています。5600年前には存在したという記録が残っていますので、実際にはもっと前からいた可能性もあります。古くはエチオピアの封建社会の中で、王様や貴族に仕えたり、戦場で兵士を褒め称える場で歌ったりしていました」(川瀬さん)

映像人類学者で、国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授の川瀬慈さん。エチオピアの楽師、吟遊詩人の人類学研究、民族誌映画制作に取り組む。

実際に歌い手の映像を観ながら、その歌詞とパフォーマンスについて解説される。 

「今、一人のアズマリがアコーディオンを弾きながら歌っている映像を観ていただきました。彼は、聴衆の中の誰かを褒めたりけなしたりする内容の歌を歌い、その後、聴き手が積極的に、歌詞の内容を投げかけていくと言う展開があります。たとえば、隣にいる仲間を褒める言葉、ジョークでけなす言葉を言うと、歌い手はそれを一字一句変えずにそのまま歌にして、聴衆みんなに聴かせる。すると聴衆がわーっと盛り上がるんです。

歌い手が淡々と一方的に歌いかけるのではなく、我々も語りかけ、歌い手を介して会場にいる人と交流することになるので、メディア的な役割もありますね。こうした演奏に対して、聴衆はおひねりとして、紙幣を歌い手のおでこにペタッと貼ったり、首元にねじ込んだりします」(川瀬さん)

日本とエチオピアを結び、音楽を共有する

続けて紹介されたのは、日本とエチオピアの民謡交換プロジェクトで作成された、宮城県民謡「大漁唄い込み」エチオピア・バージョンの映像。

日本とエチオピアの民謡には、「五音音階」「侘び寂び」「コブシ」など多くの共通点があるといい、それに着目する形で実現したのがこのバーチャル・セッションだ。エチオピアの楽師たちは、日本民謡のメロディとリズムに自然となじんだ様子でマシンコ(一弦リュート)やクラール(竪琴)を爪弾き、ワシント(竹笛)を吹き、カバロ(太鼓)を叩いている。

バラカンさんも周辺地域の音楽との関係や、政治的な問題を提起していく。

中盤では、「大漁唄い込み」を受け継いでエチオピアチームが歌う。川瀬さんの解説によれば、これは「旅にでよう、魚を食べに行こう」という詞にはじまり、湖のある街の名前を歌い上げていくという、いわゆるアンサーソング的なものだったらしい。

エチオピアからの配信によるライブパフォーマンスも披露された。なかなか見る機会のない美しい楽器を携えたミュージシャンたちが、その場の空気を読んで音楽を生み出してゆく。こうして旅がしにくい状況でも、遠く離れた場所でリアルタイムに音楽を共有できることの不思議とおもしろさをかみしめた。

宮城県民謡「大漁唄い込み」エチオピアの MOSEB CULTURAL MUSIC GROUP と日本の民謡こでらんに〜による

地球上の知らなかった文化に出会い、交流する機会に!

後半は会場でのライブ。

日本の民謡演奏集団「こでらんに〜」が登場し、福島県民謡「相馬盆唄」、岐阜県民謡「郡上節」、秋田県民謡「ドンパン節」など、日本各地の民謡を歌いあげてゆく。明るく、時に悲しげで、滑らかな歌声、心地の良い合いの手に、自然と気持ちが高揚する。

会場でのライブをする民謡ユニット、こでらんに〜の4人。

続けて披露されたのは、和楽器による演奏とエチオピア人ダンサーのコラボレーション。和楽器がエチオピア民謡を奏で、そのリズムにあわせて、シンプルながら躍動感あふれる踊りが続く。

さらには、四季折々の大漁を祝う新潟県民謡「出雲崎おけさ」とダンスによるセッションも繰り広げられ、その自然な調和に、人類が幸せな日常を祝福するときの音楽には、地球上どの場所でも共通するものがあるのだと感じた。

日本の民謡とエチオピアのダンスのセッションに、熱気を帯びる。

まだ自分が知らない土地はたくさんあり、そのそれぞれに人が長い時間をかけて受け継いできた、すばらしい音楽と文化がある。すべての場所に足を運んで生で体験できたらいいけれど、もちろんそれは不可能だ。それではせめて音源や映像で、と思うとき、このコロナ禍でオンライン視聴が一般化したことが、知らなかった文化に出会う機会を一層増やしてくれた。

シンプルに、エチオピアの音楽文化のエネルギーと魅力を味わえたことに加えて、制限があるからこそ広がる可能性に期待を抱くライブイベントだった。

取材・文
高坂はる香
取材・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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