ベイビーオペラ《ムルメリ》——0~2歳未満の赤ちゃんのための芸術
9月14日・15日・16日の3日間にわたって、東京芸術劇場でサラダ音楽祭のプログラムとして行なわれたベイビーオペラ《ムルメリ》。数十名の親子と、3人の歌手が絨毯の上に並び、至近距離で目を合わせて交流する音楽や声の芸術を、小学生の息子さんをもつ音楽ライターの室田尚子さんが体験レポート!
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
2歳未満の赤ちゃんのためのオペラとは?
東京都と東京都交響楽団が主催、東京芸術劇場が共催し、“赤ちゃんから大人まで”誰もが音楽の楽しさを満喫できる音楽祭として昨年スタートしたサラダ音楽祭。特に子ども向けの企画が好評ですが、今年は特に「赤ちゃん」をターゲットにした新しい企画が登場しました。それが30分間のベイビーオペラ《ムルメリ》です。
これは、2017年にスイスのバーゼル歌劇場で初演された作品で、対象は0〜2歳未満の赤ちゃんとその父母、祖父母。「ムルメリ」とは、アルプス山脈に生息するリス科の小動物で、日本では「マーモット」と呼ばれています。ムルメリたちが登場するオペラ、なんか面白そう!
公演は、9月14日・15日・16日の3日間、計8回。東京芸術劇場のシアターイーストに設けられた特設会場で上演されました。ただし、一般のみ及び2歳以上中学生以下の入場は不可という徹底した「赤ちゃん仕様」です。私は9月15日午前10:00開演の回を取材してきました。
徹底して赤ちゃんと親に寄り添う姿勢
開場時間の9時半を少し回った頃シアターイーストに到着。ホールの前にはすでにたくさんの赤ちゃんとママ、パパたちが。
入り口付近にベビーカーがザーッと整列しているのは「子ども向け」コンサートではよくある光景ですが、それらと大きく違っているのは、ロビーに大きな絨毯が敷かれ、赤ちゃんたちが元気に這い回ったり、おすわりして遊んだりしている光景です。
そうそう、この「待つ」時間こそ、小さい子どもをコンサートに連れて行ったときにいちばん困ることなんですよね。2歳未満では、まだロビーの椅子にじっと座っていられるはずもありません。その点、床を自由に動き回れるスペースは本当に貴重。
ちなみに「10:00」という開演時間も、赤ちゃん持ちにとっては納得です。だって、赤ちゃん、早ければ5時ぐらいから起きてますから。そして、普通のマチネの14:00って完璧にお昼寝時間ですから。うーん、この企画、赤ちゃんの生態を熟知している!
開演前に、バーゼル歌劇場の音楽教育担当の女性が注意事項をアナウンス。特に「赤ちゃんが何かを触ったり動いたりしても自由です。それを止めない方が、赤ちゃんは泣いたりしません」という一言は、ママ・パパに大いなる安心感を与えたのではないでしょうか。
アナウンスが終わると、いよいよホール内に移動です。廊下に描かれた小さな黒いムルメリの足跡をたどってホールに入ると、そこには、四方を板で囲まれた空間があり、全員、靴を脱いで入ります。
美術品が仕掛けに!
中には、水を張ったタライがあったり、石ころやマリモっぽい緑の玉が転がっていたり。すでに3匹のムルメリたち(ソプラノのカリ・ハードウィック、バリトンのディミトロ・カルムーチン、バスのポール=アントニー・ケイトレー)がいびきをかいて寝転んでいる周りに、赤ちゃんや大人たちはめいめい好きな場所に座ります。
やがてムルメリたちは目を覚まし、お互いに何かを呼びかわしながら石で遊んだり、その場に立ち上がってぴょんぴょん跳ねたり、声と体によるパフォーマンスが繰り広げられていきます。
赤ちゃんは総勢30人ぐらいいたでしょうか、最初からテンションマックスで会場中をグルグル歩き回る子、ムルメリたちに近づいて行って石をもらってはママに渡すのを繰り返す子、中には怖がって泣き出す子もいましたが、そのうちみんな、ムルメリの動きに夢中になっていきます。
やがて、石をマラカスのように振りながらムルメリが踊ると、赤ちゃんも大人たちも一緒になって踊ったり、手拍子を打ったりして、会場はとても楽しい雰囲気になりました。
スタッフの方に伺ったところ、大まかな進行台本はあるものの、具体的にどんな動きをしてどんな声を出すのかは、すべてその場の流れに任されているそう。つまりすべては「赤ちゃん次第」、というわけで、毎回毎回新しく生まれる「1回限りの作品」なのです。
最後は、タライの中に入った3匹のムルメリたちがみんなに水をかけたりして大盛り上がり、そして鈴のついた紐を引っ張ったところで終演となりました。終演後は写真撮影もOKということで、会場に残った親子が演者の人たちに声をかけて一緒に写真を撮ったり、なごやかに話したりする光景も見られました。
0歳と2歳では、発達段階に大きな差があります。実際、会場でも、歩き回るのが楽しくて仕方がない年齢の子どもが、寝っ転がっている小さい赤ちゃんのそばに近づいてしまう場面が多々ありました。私が感動したのは、そんなとき、パパ・ママたちがごく自然に、怪我などが起こらないようにお互いに気を配って動いていたこと。もちろん、演者たちも充分子どもたちの動きには注意していましたが、舞台も客席もないこうしたスタイルのパフォーマンスの場合、みんながパフォーマンスに「参加している」という意識がとても重要だと改めて思いました。
パパやママ、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に、赤ちゃんが人生の最初に体験したオペラ。もちろん、2歳未満だとまだはっきりと記憶に残る年齢ではありませんが、ここで触れた「音」や「言葉」や「動き」や「手触り」が、彼ら彼女らの中に何かの種をまいたかもしれない……そう考えるとなんだか幸せな気分になってきます。
目に見える「効果」だけが芸術の役割ではありません。子どもたちが何かを体験することの意味を《ムルメリ》は教えてくれました。
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